036.師匠は多分マッドサイエンティストって奴です
「ふむふむ、成る程ね」
そもそも再利用しようと思った事なんて無かったわ。件のハンドクリームを見せるついでに、どうして作ろうと思ったのかを説明したら、そんな返事が返って来た。
まあ、アイビン先生は貴族な訳だし、勿体無いとかそういう事を思う世界に生きていないんだろうけど。
「後は再現性ね。乾燥させた薬草からでも出来るのかも有るわね。マリア、材料の用意をお願い」
そう言えば、一般的には乾燥させた薬草を、薬研で粉にして使っているんだった。
まあ、アイビン先生が下級回復薬程度で手こずる事なんて有る訳無くて、準備が出来たらあっという間に出来上がっていた。
「で、ろ過して残った薬草の滓を磨り潰して、蜜蝋に魔力で馴染ませれば良いのね」
ふむふむ。と頷きながら、手早く調合を済ませてしまう。
「乾燥した薬草を使った方はちょっと見た目が悪いわね。……取り敢えず、魔道具でも調べてみましょうか」
とアイビンさんが目配せをすれば、マリアさんがさっと動いて回復量を測る魔道具を、作業机の上にセットする。
ちなみに乾燥した薬草の滓を混ぜた方は、薬草がペーストになるんじゃなくて粉末に近かったから、ハンドクリームの中で点々が残っていると言うか、何かそんな感じになっていた。
「両方とも下級回復薬に満たないと。デイライト君が持って来たハンドクリームも同じみたいね。薬草を乾燥させずに使った方は二個目の魔石が薄く光っているわ。……乾燥させた方は一個目が光っているだけね」
どうしてかしら?とアイビンさんは首を傾げる。
「多分、乾燥させている方は薬研でかなり細かくしているので、中身の成分が押し出されやすくなっているからですわ」
出来上がったクリームを詰めた瓶の間を、擦り抜ける様に泳ぎながらゾーイが言う。
「回復薬を漉した後の残滓に、粉々になった方は薬効が残っていませんもの」
失敗した時のために残してあった薬草の残り滓の、乾燥して粉々になった方をゾーイが突く。
回復薬を作る時に、通常煮出す時間も乾燥した薬草を使った方が短くて済むのも、そういった理由なのだろう。
「そうなのね。じゃあ後は、私が作った物も同じ様に効果が有るかどうかね」
魔道具で回復成分が有ると出ていても、使用した時に効果を発揮しなければ意味がないものね。アイビンさんは調薬用の薬草を処理するナイフを取り出して、ちらりとこちらを見て来る。
「えっ?」
俺ですか? 目が合って、思わずごくりと唾を飲み込む。
「ふふ、冗談よ。デイライト君に傷を付けたら、タダじゃ済まなさそうな子達が沢山いるわ」
怖い怖い。そう笑うと、アイビンさんは止める間も無くナイフで自分の指先をさくりと切った。
「あら、ちょっと切り過ぎたかしら。まあ良いわ。効くか効かないかよく分かるって事よね」
血の滲む指先をハンカチで押さえ、先ずは俺が持ち込んだハンドクリームをそっと塗る。
「無茶しますね」
マリアさんが無茶苦茶焦ってますよ。と言えば、だって立場を笠に着て傷を付けるなんて、そんな事は出来ないわと答える。
「ああ、ほら。ちゃんと治るわ」
指先に薄く線が残っているが、血は止まり、傷口は塞がっている。
「残りの二つもやってしまいましょう」
と言うや、またもや止める間も無くさくさくと、二本の指をナイフで軽く撫でるようにして切り傷を付けてしまう。
「うーん。私が作った方でも乾燥させていない方はちゃんと治るわね。乾燥させた方はやっぱりと言うか血は止まったけど、傷は治らなかったわね」
確認する様に指先を軽く擦り合わせる。
「まあ、検証は薬師ギルドの方でもするでしょ。……私は製法登録のための推薦状を今から書くから、デイライト君は製法と登録の申請書を書いてしまいなさいな」
とアイビンさんは手早く作業机の上を片付けると、隣の執務室に戻って書類に手を付ける。
マリアさんが応接テーブルに書類と筆記具一式を用意してくれたので、そこに座って俺も書類を仕上げる事にする。
「アイビン先生、この利益の受け取り方法ってのは何ですか?」
お金の受け取りはギルドの口座に振り込みとかじゃ無いのだろうか?
書かれている項目の意図が分からなかったので、手っ取り早く知っていそうな人に質問する。
「ああ、それね。……先ずは製法を公開するかしないかでも変わるんだけど。どうするつもりかしら?」
と聞いて来るので、勿論公開するつもりだと答える。
「公開するとなると、製法の使用料が発生するから、その利益に付いての受け取り方を決める必要があるの。使用率の低そうな製法なら、使用権自体をギルドに売って、利益を一括で支払って貰う感じね。儲けが見込めそうな使用率の高そうな製法なら、利益の内の何割かを貰うっていうのも出来るわ。取り分に付いては、どちらもギルドと交渉になるけれど」
「それなら、俺の取り分は少な目にする代わりに、店で売る価格を抑えて貰う様な条件を付ける事は出来ますか?」
「あら。お金儲けしたくないの?」
「そういうんじゃ無いんですけど」
串焼き屋のおばちゃんに言われた、駆け出し冒険者の事を話す。
「これが出来たのも、偶々だったにせよ苦労もしていないし、そんなんで大儲けして目立っても良い事無いような気がするんですよね」
のんびり暮らして行きたいのに、出る杭だとばかりに打たれるのは困るのだ。
「そうねえ、じゃあ買い取りにして貰って、販売額の上限は一瓶当り半銀貨一枚ぐらいにしておくのが妥当かしらね?」
そう言ってアイビンさんは、推薦状の末尾に書き足した。
「それはそうと、実はこのクリーム、顔に塗るとシミとかしわが取れるらしいんですけど、それも効能として追加しておいた方がいいでしょうか?」
自分で使っても分からないから、おばちゃんに言われるまで分からなかったんですけど。
「ええっ? ……うーん、それは言わない方が良いかも……。王都中の女性の分を賄えるような生産体制を作るのは無理だと思うのよね……。下手すると暴動が起っちゃうわよ……」
私は聞かなかった。とアイビンさんは両手で耳を塞いでしまったので、この件について関わると碌な事が無いと本能が警鐘を鳴らしている俺も、同様に目を逸らす事にした。
乾燥した薬草の方が扱いが楽だし、加熱時間も短くて済むのですが、乾燥させていない薬草の方が回復量が多い物が作れるので、丁寧に作っている薬師さんもごく少数ですがいる訳です。
大きな工房などはハンドクリームの売り上げと素材の切り替えによる手間とを秤に掛けて、利益の出る方を選択するでしょう。
読んで下さってありがとうございます。
この前ついに初雪が降りました。寒い……!
腸が弱いので冷やすとてき面やられるんですよね……。気を付けなければ!
皆さんもお気を付け下さい。
ブックマークや評価や感想など、毎回ありがとうございます。やる気、やる気が凄く出ます。




