◆再びゲーセンへ
扉は開いただけで、後は元々電源なんか入ってなかったんだと言わんばかりにウンともスンともしてくれない。それで俺は、触れると開くタイプの自動ドアに初めて遭遇した昔の事を思い出した。あの時は何だこの反応の悪さ? ってドアの前で暫く止まったり大きく体を動かしたり、手元の字も読まず間抜けなことをして、後で滅茶苦茶恥ずかしい思いしてたっけなぁ。
でどうやらこの右手が、開ける事に関しては作用するものの、逆に閉めたりとかには使えない事が分かる。それでも昨日ユラがゲームの蓋を戻した時は勝手に閉まってたし、実は能力で開けてはいるが事象としては違ってるとか? ……なんて店の内側からドアを押して無理矢理閉めながら推測する。
しかし開店30分前なのに人が全然居ないってどういうことだ、なんて吹き抜け構造を見上げ思った。最初は店の中に顔だけ入れて様子を伺ってたが何の気配もないし、俺が開けた手前、中に入って自分で締めちまった……とそこで突然、館内放送が鳴り響く。
「あー、テステス。不法侵入者さん聞こえる?
誰かに怪しまれる前に、今すぐ昨日の場所に来なさーいっ」
「……っつぁ!!」
ビックリした俺は変な声を上げる。不法侵入がバレた! とアタフタして辺りを探った。でもすぐに遠い頭上から赤く淡い光を放つ防犯カメラを見つけて……ああアレか、と何故か変にホッとする。よく考えたら今のはユラの声だ。でもなんで朝からあいつの声が? なんて後から疑問が追いついてくる。ここに住んでるとか? んな訳ねぇか、でもそれなら学校は? ってか親はコイツに何も言わないのか。
……まあ人のことなんか言えないよな。だって俺不法侵入者だし。防犯カメラでこっちが分かったからこその、昨日の場所に来いって言葉なんだろう。もうオドオドしてても仕方がないと、俺は力を使って地下へと降りていった。
「あ、不法侵入者だ。じゃあ……えいっ!」
地下ゲーセンに入った途端、俺の手にワッパが掛かる……オモチャのやつだけど。見るとユラはズレたライバンのサングラス越しから嬉しそうな顔をして、手錠をかけた所を眺めてた。で、昨日に引き続き今日の服装がまた飛び切り変で、警察のコスプレ? とにかくどう判断して良いのか、触れることすら躊躇うコーディネートだったので頭が沸いた。
まず頭にはテッペンが平たく六角形のアメリカンな警察帽。次に二の腕丸出しな短い袖の、青くピッチリめなポロシャツ。左腕の袖にはピンセットでSMATの腕章が留めてあり、襟には金糸で出来たループタイ、左棟ポケットにも同じ色の保安官バッヂが付いている。
で腹には何故かミリタリー用の黒いチェストリグがぴったり巻き付けてあり、ポーチの中は絶対使わないポンマグ、バッジに当たって邪魔だから外したのだろうストラップは右肩分だけで、お決まりの様に無線機のマイクが掛かっていた。
下はまた浅いダブル仕立ての紺色トラッドなショーパンだが……これは昨日と違って丈まで短く、折れ目を残すのみの一分丈。黒いベルトとは別に、斜めに掛かったブラウンのレザーベルトには、左右それぞれ短い木製警棒とウッドグリップのストームリガーMKIがホルダーに入っ……なんだそのチョイス。とにかく安全対策なのか銀色の鎖が銃と胸ポケットとで繋がっていた。プラスチックの玩具だから軽いんだろうが何で胸ポケットに繋げた。
最後に足元、黒の生地と白いゴムでパーフェクトスターをパクったみたいな、膝上まで丈があるスニーカーブーツ。んでもって両膝にはRTAKのニーパッド。よく見れば右肘にもサポーター越しにエルボーパットが付いてて……うん、一体どこを目指したらそうなる? ホクロの上に絆創膏もよく分からんし、とツッコミどころ満載だった。
「……すいません出来心だったんです」
「ゆるさないでーす。貴方にはこれから尋問の為カツ丼の刑に処します」
「カツ丼の刑って何? なんか混ざってない? 色々と」
「犯人クンがカツ丼を奢る刑だよ!」
雰囲気を出すために下手に出ると、やってたコスプレを人に見せれたユラはやたら興奮している様。俺はというと頭が溶けかけてて、中のコスチュームプレイという概念がヤバイことになっていた。色々考えて盛ってたりしてると最終的に訳分かんないことになるよねーマンバギャルとかー。
「いきなりだな、飯食ってないのか」
「さっき起きたばっかりなんだ、シンジくんは?」
と奴の質問で溶けかけてた頭が急に固まる。
そうだよな……やっぱ普通なら、いい大人が朝っぱらからゲーセンかよってなるわな。いや違うんだよ昨日のテンペストってゲームが気になって……なんてのも体のいい言い訳だって俺が一番分かってるし、当然言葉にも出来ない。とか、とか、とか……不意に今の状況を客観視しちゃって、頭の中で色々巡るものもあって、アレコレ考えてたら急になんか虚しくなった。
「……」
「……どうかしたの?」
「……いや、何でもない。
じゃあ今からカツ丼食いに外に出るって事か。
ゲーセン、もう開店時間だけど大丈夫な訳?」
……それで色々考えはしたものの、結局の所はとにかく今日って日は長くなるだろうし、ゆっくり行こうと思った。
「ゲームセンターは今日お昼まで半休だよ」
「……成る程。で、その服装はそのまま?」
「あっ! 着替えるからちょっと待ってて」
俺に言われて気付いたユラは、昨日の部屋に戻りアクセサリーと上半身だけを脱いで、半裸のまま紫のパーカーを手に持って走ってきた。で目の前で忙しそうにチャックも開けずに裾からパーカーを着て、膝下までブーツの生地を折り返し、足の曲げやすさを確認した後、サッと手ぐしで髪を戻し、最後にビシッと敬礼して笑う。
「じゃ、行こ」
俺は今更ながらその言葉に、よく考えりゃ半日前にあったやつと外で飯かーとか、俺が奢りかーとか、なんか楽しそうでいいよなーなんて、急に憎可愛らしくなって悪戯心をくすぐられた。しかも奇遇なことに、奴の顔にはさっきから気になるものがあったので、丁度良いとホクロのあたりに付いた絆創膏を思い切り剥がしてやる。
「っきゅ! 痛い! なにするのさ!」
案の定怪我なんかしてないし、面白い声が出た。
「ップ! きゅ、だってよ! 何だそれ、イッヒヒ!」
「あ、今は刑の執行猶予中なのに!
これでお味噌汁付きの実刑に変わったからね!」
「イッヒヒ! 味噌汁なんか好きにしろって」
「駄目、犯罪者クン! これ以上罪を重ねるのは止めなさーい!」
俺達は軽いコントのようなやり取りを交わし合いながら外へと出る。気づけば心もいつの間にか少し軽くなっていた。さっきみたいに余計なことばっかり考えなくて済むような、そんな今が長く続けばいいのになぁ。