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◆ゲーム開始 即終了

「わぁ、ホント短いね」


 お礼ぐらい言えよなぁ……それともコイツにネクタイ結ぶトコまでで、ようやく1プレイ無料だったか。言われて結んでやったネクタイは、基が太かったのもあって結び目もかなり大きく、そしてビックリするぐらい短い。具体的に言うと首元から10センチぐらいしか伸びて無くて、それでも嬉しそうに眺めていた。というかそのブレードにデカデカと刺繍してあるマーク何だよ。


「えらく気に入ってるみたいだけど?」


「あっそうだ! シンジくんありがとう。

 イカリのマーク好きなんだぁ。どう? 似合ってる?」


 いや、知らねぇけど。でもやっぱソレ、錨のマークのつもりで買ったんだな……。


「ちゃんと結べてるか気になるなら、そこのアクリル壁にうっすら映ってないか?」


「……あ、映る映る!

 へぇ、凄いね。これからネクタイはシンジくんに結んでもらおうかな」


 独り言だよな? 毎日俺が結ぶなんてのゴメンだよ。てか自分で支配人とか言ってたけどこの地下ゲーセンいつ開けるんだ。今んトコ誰も来てないみたいだし、大体入り口だって関係者以外お断りって書いてある非常口からしか入れねぇ。よく考えると訳わかんねぇな。


「はい、これで一回だけタダで遊べるよ。じゃあどうぞ」


「ん? ああ」


 ちょっと考えてる間にユラは手袋を外した手でテーブル下のメンテナンスドアを開き中のクレジットボタンを押していた。パタンと閉めて今度は鍵も掛けず立ち上がったので、俺は不思議に思いコンソールに戻るついででその場所を靴の先っぽでつついてみたものの、もう閉まっている。見ると鍵穴は確かに存在するが、一度締めると自動にロックするシステムなんて金のかかる鍵をたかがゲームの筐体に……いや、どうでもいいか。


「んで、どうやって遊べばいいんだ?」


「まずはスタートボタンを押して下さい」


「分かった」


 そして言われたとおりにボタンを押すと、テーブルの内側にあったワイヤーフレームの地形が突如ガラスの外側へと飛び出して俺の目の前に顕れる。


「何だこれ!?」


「フフッ。 さぁっ、ゲームの始まりですよー!」


 突然レッドアラームが鳴り響いた。アクリル張りになった向こう側の大型コンピューターファンがウネリを上げ、LEDが今まで以上に激しく点滅する。そして同時に部屋の天井から格子状の赤い光線がまっすぐ落ちて、俺の体を抜けていった。


 その様はまるで全身を弄られているみたいで気持ち悪い、なんて思ってたら次は何処からか別の青い光が俺の目に向かって一直線に飛んでくる。ビビって姿勢を変え避けても光は俺の左眼を追う様に乱反射して、最後瞳孔へと繋がった。


「あっつっ!!」


 目が焼かれる! クッソ……痛くて涙が止まらねぇ。もしかしたら血とか出てんじゃ、今袖で拭いちまったよ。会社に着てく用って見栄張って買ったコートに汚れが……。


「はい、まずは登録完了です」


「……へ?」


「じゃあコート、お預かり致しますね」


「あ、ああ……」


 気がつくと目の痛みは消えて、その代りなんだか体が火照って仕方無かった。言われるままにコートを預かってもらったが、それでもまだ何か体がバチバチする。……後、目の前に広がってたワイヤーフレームの地形がいつの間にかすげーリアルに写ってて……。


「……何だこれ?」


「貴方は今、別世界に移動しました」


「は?」


「この部屋ごと異世界に行ったんですよ」


 いつの間にかアラート音は消えていた。何言ってんだ馬鹿馬鹿しいと思ってユラを見る。するとヤツの右眼奥から渦巻く銀河の様に無数の光が蠢いていて、我を奪われかけた俺はハッとアクリル越しに光の当たった左眼を見た。……俺の眼もヤツと同じ様になっている。なんだこの眼、ヤツのだってさっきまでは変な風になってなかったぞ。


「……どうなってる?」


「目のこと? それとも目に見えてるもののこと?」


「今俺達は異世界に行ってるって言ったよな?」


「はいっ」


「……」


 何からどう聞けばいいのか随分悩んだ。でも何聞いたって納得出来る気がしない。だからそれ以上言葉にならなかった。……ていうかゲームするのと俺が異世界に部屋ごと飛ばされるのって何がどう関係してんだ? もう訳わかんねぇからいっそ理解するのを諦める。


「……いいや。ユラくん好きに説明して」


「はいっ! では……このゲームの除幕を口上で説明させていただきますね」


 そしてやっとゲームの始まりが見えた。


「昔この世界に神は居て、驕る人間に神罰を与えていました。

 神とは人を救う存在ではなく、人を律する存在だったのです。

 しかし今はどうでしょう。神は居らず、世は無法の蔓延る煉獄と化しました。

 そして! そんな世に変わる未来を神は予言していたのです!」


 駄目だ、やっぱ聞いてても分かんねぇな。主人公も居ないし先が見えねぇ。


「力だけを残し、神は次に託しました。

 正しき怒りで煉獄の世を治せるのなら使いなさい。

 己を律し、神になることを恐れぬのなら人を律しなさいと!

 その力がこのゲーム……テンペストなのです!」


 ……あ、終わったか。


「なんだ? 異世界とか何とかって言ってたけどさ。

 要するにこの機械使って好きな所に雷落とすってゲームか?

 何が面白いのそれ?」


「えー?

 神様になって気まぐれに建物破壊したりって、スッと気が晴れません?」


 ああ、成る程なと思った。言われてみりゃそんな風に暴君にもなってみたくはある。普段会社でも随分やられてるしなぁ。しかしそれをゲームの中でやれってんだから……まあ、オママゴトだよな。だからこそ異世界だとか仮想空間用の設備に凝ってるのかも知れないけど。


「大体分かった。

 とりあえず天罰で燃やしたり壊したりして、スッキリするって内容なのな。

 で、目の前に見えてるのがマップと。

 この景色めっちゃ日本の歓楽街だけど」


「はい、その映像はこの歓楽街の外を映してます。」


「マジか。

 異世界とかって言ったからてっきり魔物とか悪魔の巣を叩くのかと思ってた」


「この世は煉獄ですから、悪魔なら現代にも居るんじゃないですか?」


 口を抑えてウシシと笑うユラに、ああコイツの口上にもそれなりに役割があたんだなと理解する。要するに異世界で魔物殺すより、ムカつく上司の写真貼り付けたサンドバック殴るほうが楽しくねって言ってる訳だ。だから目の前の映像も現代日本って事な。まあ、ヤクザが町で周りをシメめてくゲームもあるぐらいだし、怪獣映画を見てる時なんか俺の会社も壊してくんねーかなーとか思ったこともある。つまりそういう事だ。


「じゃあ手元のは、

 場所の移動とか地図の拡大縮小をコントロールするコンソールか」


「そうですそうです!

 やったぁ、始めてで伝わるか心配してたけどボクって説明が上手い!」


 自分で言ってりゃ世話ねぇ……。とにかく百円分遊んでさっさと帰っちまおうと思った俺は何となくでボタンを操作してあちこち地図を見て回る。途中ウィンドウが開いてタッチパネル方式で操作できたり。ナビ検索みたいなのが利用できるのも解ると、俺は何となく一つの地点に場所を合わせた。ま、俺が仕事してる社屋なんだけど。


「壊したい場所を指定してOKしたら天罰が落ちるんだっけ?」


「はい! カバーを上げて赤いボタンを押して下さい」


「んじゃ押すわ」


 どうぞと差し伸べられた手もあまり見ず、俺は軽い気持ちで押した。ボタンの見た目はロケット発射ボタンみたいで物々しいけど、それだって雰囲気作りの一環だろうし、なにより気に入らない物をぶっ壊そうって発想を聞かされた時点で、俺は幾らかの妄想によってある程度スッキリしてたから躊躇がなかった。


 すると黒と黄色の警告模様が立体モデルを囲い、ビープ音に合わせて部全体が黄色く染まる。目の前に表示されたリアルな社屋は、すぐに大きく激しく揺れて、スピーカーから轟音が鳴り響いたかと思うと、まるで積み上げたブロックの塔を赤ん坊が手で倒しちゃったかのような呆気なさでドーン。


 でも終わってみるとなんか虚しいと言うか、ああ俺って幼稚だなぁと客観的に思ってしまった。これで百円か。まあ、リアルな3Dモデルの制作に金が掛かってる分呆気ないってのもあるんだろうし、これから体感アミューズメント施設としていっぱい人を入れて回す事を考慮してるからアッサリしてるのかもと思った。んでユラはやってみてどうだなんて聞いてくるけど、どうもこうも……ゲームじゃねぇか。


「……まあ、気が向いたらまた遊びに来るかも」


「あ、そう言ってくれると嬉しいです」


「ってことでじゃあ、そろそろ帰る」


 俺の言葉にユラは笑って、またのお越しをお待ちしていますと甲斐甲斐しく俺にコートを着せた。袖にはシミの跡もないから眼も怪我して無かったんだろう。床に置いてたビジネスバッグを持つと、ヤツがドアノブをひねって少しドアを開く。すると部屋の気圧に変化が起こってトンネルを抜けたバスみたいにキーンと耳鳴りが起こると同時に、左目がヒュっと寒くなった。耳より変だった感覚に眼を押さえると、残った右目にユラの表情が映る。奴の目にも光は消え、元の色を取り戻していた。


「バイバイ、シンジくん」


 またまたホクロを押さえる仕草、癖だな。奴を後に一階非常口から抜けると、ゲーセンはもうほぼ全ての電源が落ち、入り口へと向かう灯りだけが点いてる状態だった。この店は11時閉店だから家に帰る頃には多分もう明日一歩手前、後は風呂に飯に……なんだか気が重くて仕方ねぇなんて、俺はいつの間にか日常に還っている。


 つまんねぇなぁ人生って……なんて、さっきの虚しい行為で余計思わされたが、朝起きて見たニュースから現場の確認に到る一連の流れで、俺の頭はこれが現実だと一気に冴える。

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