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◆昨日の話

 まあ昨日の話なんだが、歓楽街前のゲーセンに寄った。


 時刻は夜、酒は飲んでない。服は背広のままで手にはビジネスバッグ。誰がどう見ても普通のサラリーマンです。本当に有難うございます。


 一階のクレーンゲームをサッとのぞき見てまずは興奮する。プライズなのにクオリティ高ぇなぁ。二階に行ってメダルコーナーにつくとババアがカップに物凄い数のメダルを持ってやがる。こんな夜中に何してる。そして三階、平日のカラッカラな対戦格闘コーナーに上がるとお目当ての物を見つけた。


 新作の格闘ゲーム「ソニックムーブ」は気○いじみたスピードと、それが体感できる程の広大なフィールドで戦う、ヤ○チャ視点な2D格闘ゲーム。近づくとか離れるとかがボタン操作で、十字キーが「避ける」だから内容もかなりド変態。ベータテスト映像じゃお互いすれ違い合うだけのナニコレ状態だったのに、よく可動したなと冷やかす為だけに俺は来ていた。


 だから金は入れない。だってそんな所にぶち込むぐらいならスナック菓子と酒買うし、それだって多少ケチって生きてるんだから。


 ……なのに金貯まんねぇし日々イライラしっぱなしだし、ゲーセンの百円ケチって我慢して生活する日々。でもこれで遊んだって何にも残らないんだよ。それに十回遊んだら千円だぜ? ちょっと良い燻製ベーコン買って炙って、酒のいい充てに出来ちまう。昔こんな風に考えて遊びたいゲーム通り過ぎた事なんか全く無かった。


 何なんだろうなもう、余裕がない。明日に希望がないし生きてて楽しくない。俺っていう時間に充てがわれた、ちっぽけで適当な価値に悩んじまう。単純に言うと金持ちが羨ましかった。


 んで、こんな所でグズってるなら何処かで更にバイトすりゃ良いとか転職すればいいとか、んなこと横から言われたって良いビジョンが見えないから動けないんだよな。転んだらどんどん下に落ちていくだけだし、皆自分視点で勝手に無責任な事を言うだけ。それで言い切った後はスッキリしてドヤ顔のまま眺めちゃハイ終わりってなもんだ。後は全部自己責任です私は知りませんよーだから、堪んなくなって俺も例に漏れず内に籠るしかない。そしたら被せるように上から目線のお決まり文句で皆同じだ腐るなよとトドメが来る。俺とお前が同じな訳ねぇだろ。控えめに言ってタヒね!


 頭の中で愚痴りながらデモ画面を眺め続け、ようやく気が済んだ。ゲームーオーバーの文字も見えたし大体分かったし……ああ、でも遊びてぇ。無駄を気にせず金が使えたら、と我が身の情けなさを嘆きながらふと思い留まった。


 あれ、デモ画面ならプリーズインサートコイン……とかだよな?


 俺は振り返って台の反対側にまわる。すると、今しがたまでそこに居たと思われる半袖の紫パーカー少年がフードを被って奥へと歩いて……非常口のドアを開けている。


 関係者か。でも残念な俺って奴はこのゲーセンに長く通いつめておきながら、場の交流が一切ない。てか寧ろ対戦台にポンポン金入れたりオンラインゲームに突っ込む奴らなんかとつるんでられねぇってビビってるぐらいだ。それでも、あコイツまた来てる程度の認識はあるが……関係者って割には見たこと無い奴だった。経営者の息子とか?


 とにかく、こんな夜中まで遊ばせて親は何考えてんだ。んでお帰りは非常口からってか、親がそっちで待ってるとかか? なんて考えてると開いた非常口はそのままになってる。閉めて帰れよ。


 俺は何となく非常口に寄って、とにかく閉めてやろうとノブを掴みつつ、中に少しばかりの興味が湧いて覗いた。すると見えた階段は外でもなく同屋内に出来ていて、各階にたった一本しか無い蛍光灯が下へと誘う様、上から順番にテン……テン……テン……と順序良く消えてはまたついてを繰り返していた。


 何故かゴクリと喉が鳴る。まるで中に吸い込まれそうで、でも関係者以外お断りだし、足を踏み入れない程度に覗き込み、探りを入れたりする。そしたら消えた蛍光灯の明かりが戻るタイミングで突如、さっきの子供が目の前に現れた。


「どうも♪」


「うわっ!!」


 今のどんなイリュージョンだと驚いて、転んだ俺を見下ろすその顔を見た。目にかかる程の長い前髪はラブラドライトみたいに青黒く、光のせいか所々鈍く透き通って見える。その髪から色が流れ混じって紫と黄色に映るアメトリン模様の大きな目。びっしりな睫毛、鋭い目尻。左口角から少し離れた白肌に、浮いて見える小さなホクロが印象的だった。


 なんて俺がじっと見ていると少年はクスリと笑い、人差し指でホクロを隠すとにっこり笑った。


「あのゲームね、ボクが無理言って入れてもらったんだぁ。

 稼働日に見に来るなんて、オジサンも相当マニアックだね」


「……え?」


「気になってたんでしょ、ずっと見てたけど……結局遊ばなかったねっ」


「あ、ああ……」


 コミュ障の俺。貧乏サラリーマンが平日のゲーセンに遊ぶ訳でもないのに来てるなんて唯でさえ情けないのに、見られてたという事実が更にプレッシャーとなって追い打ちをかける。


「結構面白かったよ、どうして遊ばなかったの?」


「いや、金が……きょ、今日は持ち合わせがなくて」


「ふーん……。

 ま、隣のコンビニでお金を下して遊ぶほどでもなかったってことかなぁ?

 そっかそっか……フフ、じゃあアレはハズレってことだ」


 このゲーセンの経営にでも関与しているのだろうか。当てが外れたといった感じの割には軽く笑って流すように答える。ともあれようやく自分から注目が外れたので立ち上がろうと思った時、少年がホクロを隠していた方の手を俺に差し伸べた。


「フフ、ほおっててゴメン。今起こしてあげるね、オジサン」


「ああ。あり、がとう……」


 なんかヤバイ、笑うオトコの子のホクロが気になって仕方ねぇ! ていうか普段人一倍警戒心の強い俺が差し伸べられた手を思わず掴んでた事に驚く。なんかこの妖艶なオーラ、実は女とかか? でもそんなら俺はもっと困るんだが!! と、とにかくだ。


「ああ、どうも起こしてくれて。でもさ、あの女の子がこんな夜遅くに」


「アハハ、ボク男です。夜更かし大好き」


 と相手の素性に探りを入れつつ話しかけて、案の定すぐ遮られる。


 少年はまた指でホクロを隠し、下からニコリと笑った。何でこんな馴れ馴れしい、せっかく来たんだから金落として行けっていう営業スマイルか? ならさっき突っ込み入れられたし、仕方なく百円使って遊ぶしかねぇ。なんて狼狽えてると、俺を見る目が怪しげに光って言葉を投げかけられる。


「ねぇ。下にもっと、最高に面白いゲームがあるんだ」


「……は?」


「そのゲームで遊ばない?

 きっと普段の憂さも晴らせて、百円の価値があると思うよ」


 何かに操られたかのようだった。日常の鬱憤が渦巻く脳、少年の話に返事もなく、潤いを求めるように渇きが勝手に足を進めてしまう。途中で客観視を始めた自分さえも、百円ぐらいならと言い訳を始めた。


 そして案内されるがままに一階を過ぎ地下一階。こんな所があったのかと敷き詰められた古いアーケードポスターをキョロキョロ見回しながら、純喫茶風の扉に辿り着いた。少年は今まで隠していた右手をポケットから取り出し、付けていた黒い皮手袋を取ってドアをひねる。


「……それ、なにか意味があるの?」


「うん。この扉は特別なお客様用で、こうしないと開かないんだぁ」


 特別……俺が? なんか少年の手と触れたノブの隙間から共鳴っぽい虹色の光が漏れてるし、プレミア予告みたい。てか黒いセールスマンの漫画みたいな世界観だな。じゃあ俺は最後闇に落ちていくに違いない。ああ、でも今だって十分絶望してるから変わらねえ。てか今何時だ? 明日休むか? でも連絡入れるの気が重い。なんて考えていると、カランという音がして扉の向こうから独特のピコピコ音と光が瞬いた。


「さぁこの奥ですよ、では生きましょう。夜は楽しいですねぇ、フフ」

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