◆計画
目が覚めると時間は夜中の3時半だった。ぐうっと体を伸ばしてまだ日の出ていない外の様子を窓越しに眺める。思い出した……切られた電話の後考えるのに疲れて、バタンとベッドに倒れ込んだんだっけか。思ったより疲れてて寝ちゃったんだな。
さてと、普通の会社員ならここで、中途半端な時間に起きたーってもう一度寝直すんだろうが……最早世捨て人の俺は違う。起き上がってシャワーを浴びた後、パソコンの電源を入れ調べ物を始めた。ホームページを検索……地図を参照……住所登録……。
調べ物が終わる頃には時間も始発に迫っていた。俺は時計を見つつ、いつもの背広に着替え外へと出かける。目的地は昨日半壊させた支店、駅を調べ電車に乗り込む。
太陽へと向かう様に電車の外、遠くからは茜色が滲み始めた。それでも車内はまだ明かりがついていて、早い時間でもチラホラいる人たちに妙な仲間意識をくすぐられてしまう。それとも朝帰りってやつだろうか、どちらにしてもおつかれ様と言ってあげたい。
下車。歩く道のりはキタノブルーに染まっていて、目覚め間近の道路を行き交う車の音さえ褪せて聞こえる。湿り気のる冷ややかな風を躰に受けながら目的地にたどり着くと、途中買い物をしたコンビニ袋からソーセージパンを取り出し、口に放り込んだ。
ジャンクな食い物って本来粗末である事が前提にあるのに、何で時々懐かしくなって口にしたくなるんだろう。包みを袋に戻し、今度はコーヒー牛乳をストローで味わう。眼の前にした別の支店は、画面で見ている時よりヒビの入り具合がわかって、ちょっと想像すれば併設する建物の管理者から苦情が出てそうなのが想像できた。
どこから現れたのか、お爺さんが遠くで道路を掃除し始める。世界はゆっくりと回っていて、俺だけが止まってる様に感じた。じゃあもう俺は死んでるのかも知れない。
ヒビの入った建物はもう使えないんだ。でもそれは万物の宿命なのかも知れない。どんな理由があるにしろ、求められる用途に達しないものは不要なものなんだ。あっても意味なんか無くて、寧ろ邪魔なだけ。
……邪魔、か。俺がそう感じるぐらいなんだから、俺を見る目だって同じに違いない。どんなに悟ったって、相手に気遣ったって世界が変わらない理由は俺自身にあるんだ。俺の心づもりでもない、俺の生き方でもない。要するに俺っていう存在にタグ付けされた属性に、もうゴミって書いてあるんだから、そんなの拾う奴なんかいる筈もない。手に残った小さいビニール袋みたいに、ポイってされる時代なんだ。
昨日電話で聞いたあの冷たい声を思い出す。建物の前には赤いコーンと注意看板で進入禁止と書いてある。……これ以上入ってくるな、ね。補修するにしたって壊すにしたって急には無理だろうし、今日も苦情やら対応やらで忙しいだろうな。いつのまにか俺の肩は光がかかっていて、朝が、町が、自我が覚醒し始めた。
……じゃあもしみんなゴミになったら俺はどうなるんだろう。
……こんなの理屈にさえなってないおかしな考えだったが、ゴミがゴミを作るシステムが世界を分けているんじゃないかって思った。腐った林檎は周りも腐らせる、だから良い林檎と腐った林檎を分ける。じゃあ全部腐ってたら? 全部同じ様に壊れてたら? 世界ってのは自分だ、だから全ての人間が己を腐ってると自覚する世界、そんな未来が少し見たくなった。
林檎を分けてる奴は誰だ? 見えないお前も一緒に腐れよ。
俺は自分の生きがいを見つけたような気がして、駅へと身体を向けた。多分廃墟の持つ趣って、自身の心に訴えかけるものがあるからなんだろうな。自分が壊したものだからと何となく足を運んだけど、同じように壊れたものが俺の気を晴らしてくれたのは間違いない。