◆また独り
やがて条件反射のように、言葉が口から滑り落ちた。
「……あー、用事思い出したから帰る」
「そっか。じゃあ少し屈んで」
俺の言葉にユラはつま先を伸ばし、後ろからジャケットを着せてくれる。ゲーセンも厳密に言えば風俗だし、過剰なまでのサービスだってその一部なんだろうが、にしたってワンコインで到底受けられるようなもんじゃない。むしろコイツならもっと払ってでも率先的に接待を受けたいって奴もいるだろう。それとも俺が居ない間に他のヤツが……いや、普通そう考えるほうが自然だ。
何だこれ……雑念ばかりが増えてく、煩わしい。さっきのゲームで俺の中の現実が見えた途端、悪い方にスイッチが入ってた。これがぼっちの習性ってやつで、だから俺はさっさと家に帰って独りになりたいと思っている。開いた穴を泥で埋めたいと願っている。
一種の病気みたいなもんだ。どこかに考える時間や気持ちを整理する空間が無いと落ち着かない……というより他人との距離を明確に線引できる孤独を補充したくて気が済まない。多分他の人にはこの感覚はわからないだろう。で今俺は逃げたくて白ける自分を隠しながら笑ってユラに向き合い、千円をチップとして前に出している。
「ありがとうな、また来る」
「いらない」
でもヤツは前に出された千円からすぐ視線を外し、嫌そうな顔をヘルメットで隠した。そうか、こういうのは嫌がられるか。好意でしたつもりだったが下心丸出しだったってわけだ、マズったな。でも間違ってないんだよ、俺は自分の居た堪れなさに耐えられなくなると、必ずどこかで空気を壊す。そういうヤな奴ってのを自分でばらしてしまいたかったんだ、相変わらず拗らせてて笑えねぇ。
「……悪かった」
自分の都合で引っ張り出したエグい金を財布に戻し、そのまま何も言わずにドアへと向かった。結果だけ見れば謎のゲームでもって俺の妄想は現実へと放たれてる。だからもうここに来る意味も無いかも知れない、なんて居心地の悪さから逃げる言い訳を考え始めた。しかしノブに手をかけた瞬間待ってとユラから声がかかる。
「駄目。ドアを開けて送るのはボクの仕事だから、取らないで」
「……は?」
「シンジくん、今開けるからドアから少し離れて下さい」
「あ、ああ……」
「……はい、それではどうぞ。
お帰りの際はどうぞお気をつけて」
ユラは表情を見せずにドアを開き昨日の様に見送ろうとしていて、俺は今更ながらまた混乱する。一言で表すなら自身の存在に行為が釣り合ってなくて、粗暴な態度の俺とぞんざいでないユラからの扱いに疑心が生じていた。
こいつの心の中には何があるんだとか、金かそれとも別の何かかとか、疑いだしたらキリがない。それに荒唐無稽なゲームとも呼べない機械と、この部屋の支配人という肩書も、疑念を増幅させている。……おい俺、何かに騙されてないか? と自分に聞く。でも答えは俺から返ってはこなかった。
「……さっきの、お金をせびってる様に見えてたらゴメン。
でも絶対集ってた訳じゃないから、良ければまた遊びに来てっ」
ユラはホクロを人差し指で押さえ、遠慮気味に苦笑いしてみせる。ああ、そうか。表情が日常にビビる俺と重なって見えたせいか、途端にいくらか肩の荷が下りた。
「……あれは俺が自己満足でお前に小遣いやりたかっただけなんだ。
こっちこそ急に変なことしちまった」
「……そうなの?」
「ああ。でも出した金引っ込めるってのも結構情けなくなる。
だから次は、あの金で豚汁でも食いにいくか?」
「……うん、一緒に!」
要するに俺は自分に何にも期待してなくて、でもユラはビビった表情でもまた来てと言える前向きさがあるだけ。それでも凄えよ、俺には中々真似出来ない。非常階段に出るといつの間にかゲーセンは開店していて、けたたましい音を鳴らしていた。
家に帰るとベッドに座り、ろくなものが見えない窓の外をぼぉっと眺める。すると、自分の小ささやバカっぽさが透明なガラスに写り込んでいた。多分俺って人間は一生拗らせたままで、何したって胸の中で咲きやしない。それに自分トコの会社壊したのだって思いつきだし、ハッキリこれは現実だって分かってて壊して尚、心にプラスにはならなかった。
意味なしオチ無し。
じゃあ俺は何がしたい? 今のままじゃ精々俺を馬鹿にするなってちっぽけなプライドを誇示する程度だ。そんな眼でまわりをずっと警戒して歩いてるから、疲れ果てては孤独が欲しいなんて内に籠もり気味になってる。……じゃあいっそ、人に好かれるような顔に整形するか? そういうのも案外面白いかもな……と鼻で笑った丁度その時、知らない番号から電話が掛かってきた。
「はい」
「本社の平沢と申します、支店勤務の鳥越さんですか?
今日は早退なさったようなので、今後についての連絡にと電話しました」
多分女性事務員の人だろう。それにしてもやけに声から冷たい印象を受けた。本社の人って言ってもこんなもんか。
「ありがとうございます。それで僕はどうすればいいでしょうか?」
「はい。とりあえず一般社員の方々は自宅待機、という形になるらしいです。
その間は有給扱い、ということになると言ってました。
今後早急に事を決め、一週間内には連絡を入れるらしいですね」
……らしいらしいって、なんだこいつ。本社務めだからってえらく他人事だ。俺はちょっと試してみたくなって余計に一言喋ってみることにする。
「わかりました。でも出来れば今どういった状況か
ここだけの話で良いので個人的に聞かせてほしいんですが」
「……ハァ。
そういった話は私では致しかねますので他の人に当たって下さい。
では」
そして俺がありがとうございましたと言う前に、会社からの電話は切れてしまった。うん、要するに平沢さんは俺のこと特に可哀想とも同僚とも思ってなくて、だから自分の仕事だけを今パパっと終わらせた訳だ。ふーんと来たもんだった。
まあ、支店が2つも使い物にならなくなって、人が余って仕事が溢れて本社じゃてんやわんや、余計な仕事が増えて今日は残業憂鬱だなってので不機嫌だったんだろう。もしそうなら同情しないまでもないな……せめて俺が心ばかりのお手伝いをしてあげてもいいかもしれない。