7話
『そうそう、急がなくていいから。先ずはアクセルとブレーキの感覚を覚えてね』
速度は5~10km/h程、初めての運転がこんな森の中というのも可哀想だが、本人は非常に楽しそうだ。
前傾姿勢でハンドルにしがみ付き、瞬きも忘れて前を睨む。
木を避けて軽くスラロームする度に「ふぅ~」と、息を吐き口角が僅かに上がる。
その姿を見て俺もニヤニヤが止まらない。
ドンッ!
突然車体に衝撃が走る。
『しまった!レヴィ大丈夫か?!』
レヴィの顔ばかり見ていて、前を見れていなかった。
「う、うん大丈夫。ごめん私ぶつけちゃった???」
状況を理解できていないレヴィを不思議に思い、前を確認する。
『あれ?レヴィ何にぶつかったか解る?』
車の前には何も無い、しいて言えば、僅かに木の根が盛り上がってる程度だ。
ドンッ!
再び車体が揺れる。
『後ろ?!オカマ??どういうことだ?!!』
二度目の衝撃は後方からのもだった。
視点を俯瞰に切り替えて後ろを確認する、ついでにナビにも映し出しておく。
『…いのししか?』
顔周りは俺の知る猪っぽいが、身体のサイズは俺の知る猪よりも大分でかい、そして身体を覆う毛はハリネズミを連想させる
「アラシシシだ!」
叫ぶと同時にレヴィはホーンを鳴らしながらアクセルを踏み込む、さっきまでより倍近い速度で木々の間をすり抜ける。
『やばいのかあれ?』
「戦闘系の冒険者ならともかく、私じゃ厳しいよ」
アラシシシは希少で食用肉として価値が高い。攻撃方法は突進と身体の針を飛ばす中距離攻撃、この針からは麻痺毒が分泌されていて掠っただけでも効果があるそうだ。
魔物討伐を生業としている者たちからすれば垂涎ものの獲物らしいが、運送屋のレヴィには荷が重いそうだ。
ドンッ!
斜め後ろから追突される、車体が軽くスリップし慌てたレヴィがブレーキを踏む。
その目前をアラシシシが通り過ぎていく。
『二匹目かよ、希少なんじゃなかったのか?!』
通り過ぎたアラシシシが向き直り、蹄をかいている。
後部にぶつかって来たアラシシシは身体の針を立たせ飛ばしている。
”キンキンキンコンキン”
針はボディに弾かれる
『針は何とかなりそうだ、レヴィ運転代わる。口閉じてしっかり捕まっとけよ!』
「う、うん」
レヴィが両手でシートベルトをギュッと握る。
四輪が土を巻き上げ車を加速させる、木々をすり抜けながら僅かな直線を見つけ更に加速する。
土と枯葉の路面にラジアルタイヤではグリップが心もとなさ過ぎる。
オーバー気味に車体をスライドさせ、四つの駆動輪で強引に路面を掴む。
時には木の根を踏んで車体が弾かれる、実際には一秒にも満たない飛行時間だが、中で乗る者にとってはゾッとする瞬間だ。
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
例に漏れずレヴィもギュッと口を閉じながら悲鳴を上げる、ここで口を開けたら舌をかむからね、いい判断だ。
スピードは40km/hも出ていない、それでも森の中では十分に速すぎる速度だ。
『乗れてる、スンげー乗れてるよ俺!』
路面も、加重の僅かな変化も、数値に出ないようなフレームの軋みも、シャフトのほんの僅かな捩れすらも、全てを手に取るように感じ取る事ができる。
文字通り車体と一体化した俺は、手足のように車を操る事が出来ていた。
『くそ、離れねぇ』
そんな状態も振り切る事ができない、直線部で僅かに差が開くが少しの減速で直ぐに詰まる。
ミスして姿勢を崩したところに横からぶつけられたら簡単に横転してしまう、ましてやここは森の中でミスしなくても姿勢が崩れる要因は無数にある。
『レヴィ、動き止めたら止め刺せるか?』
「え、うん。一匹ずつならそれくらいは」
『よし、それじゃぁ何時でもいけるように準備しておいて』
そう言って俺は速度を落とす、アラシシシの走る速度を見ながら目の前まで後部を寄せる。
強制的にテールtoノーズの構図を作り出す。
届きそうで届かないその距離にアラシシシが興奮する。
『よいしょぉぉぉぉ!』
大木に向かって真直ぐ進み、直前で減速することなく急ハンドル、車体はバランスを崩し片輪を浮かせるが、カウンターを当てながら素早くサイドブレーキを使いスライドさせる。
車体は180°向きを変え停止した。
アラシシシは突如目前に現れた大木に衝突し目を回している。
『レヴィいけるか?』
「大丈夫!」
車から素早く飛び出し、腰から取り出した短刀でアラシシシの首を突き刺した。
真っ赤な鮮血が噴出すのを確認して、俺は一人で走り出す。
残る一頭が振り返りこちらに走ってきているからだ、向かってくるアラシシシの鼻先目掛けてアクセルを踏み込む。
ズゴーン!
フロント硝子に亀裂が走る。
衝突の衝撃で僅かに跳ね返される、その勢いをそのままに後退し距離を開けてから再び突進する。
ドーン
一度目の衝突で動きを止めていたアラシシシに、二度目の体当たりが突き刺さる。
「ビーちゃん大丈夫?!」
駆け寄ってきたレヴィが素早く止めを刺してくれた。
『おぅ、ひどい顔になったけど何とか動けそうだ。』
軽く前後に動いて確認する。
「よかったぁ」
レヴィがホッと胸をなでおろす、そんな仕草もいちいち可愛い。
ボディの凹みなんて苦にならない。
「おーい大丈夫か?」
木々の間から3人の男が姿を見せる。
「物凄い音がしたから様子を見に来たが、どうやら終わったようだな」
駆けつけた男達は手にした武器を収めながらレヴィに視線を送る。
「でかいアラシシシだな、嬢ちゃん一人でやったのか?」
男の一人が腰に手を当てて感心したように言う。
「あ…えっと…」
突如現れた男達に、戸惑いながらもレヴィは警戒を崩さない。
「あぁ、すまない。俺たちはナッサルという護衛系のパーティーだ。仕事を終えて、拠点に戻るため街道を歩いていたらすごい音がしたんで見に来たんだ。勿論獲物を横取りするつもりも無いから安心してくれ。嬢ちゃんのように馬車を持たない俺たちじゃ運べないからな」
「運べるなら盗る気かよ!」
仲間の男に突っ込まれて、ハッハッハッと気さくに笑う真ん中の男がリーダーのナック、右に並び突っ込みを入れた弓を持つ男がサリューで、左側の両手剣を持つ男がルーフェン。
三人合わせてナッサルらしい。
残念ながらポーズは撮ってくれなかったが、暑苦しさの中に憎めない何かがあるというのが、第一印象だ。
「すごいセンスだね…」
レヴィが小声で俺に同意を求めた。
『そ…そうだな…』
レヴィさん。君が言っちゃぁ駄目だと思う。