3話
「ふぁぁ、有難うございます!!」
再びちょこんと正座して、今度はハンドルに向って頭を下げてくれる。
サラサラの髪が頬をなぜ、こそばゆい。
車を反転させた所で出口を見つける、木々の間を徐行しながら抜けて行く。
「えっと、今は南を向いてるから…こっちの方にお願いします」
方位磁石でも持っているんだろうか、向かうべき方向を指示してくれる。
獣道も存在しない森の中なので速度は出ないが一時間程で街道に出るだろうと彼女が言った。
「ごめんなさい、まさかこんな事になるなんて…どうしよう…」
高揚のない彼女の声から動揺が伝わって来る。
出発してから3時間、未だ森から抜け出せていない。
出発して直ぐに小さな異変は起こった。
方位磁石がフラフラと頼りなく彷徨い出す、
とはいえこれは、小さな地波(地面から湧き出る魔力の波)の乱れで、よくある事らしい。
通常は一度針が安定する所まで戻り、正しい向きを見据えて進む事で突破可能なんだと言う、所が今回は一向に突破できず、遂には針がクルクルと回り出す。
仕方なくバックで元の場所を目指すがそれも叶わない。
降り積もる枯れ葉は柔かく、踏まれても直に元に戻るため轍も残っていなかった。
日が暮れて森は闇に包まれだす、ライトを付けて更にゆっくり進むんでいるうちに、しとしととまた雨が降り始めた。
「本当にごめんなさい、ずっと移動してもらってお疲れじゃ無いですか?良ければ日が昇るまでここで休みませんか?」
少しは落ち着きを取り戻したようで、小さく鼻をすすりながらも俺を気遣ってくれる。
『機械の体だから疲れなんて無いよ』
なんて言いたいが、実際はクタクタだった。
何というか精神的疲労が半端ない、生まれ変わったら軽トラだった衝撃が、自覚よりも応えてるのかもしれない。
お言葉に甘えて車を止める。
「乗せてもらって本当に助かりました、有難うございます、一人で歩いて来てたかと思うと…」
小さな呟きはやがて寝息に変わる、限界だっようだ。
彼女も魔物から逃げ惑い、迷い込んだ森で変な車に出会って、心身共に疲れたんだろう。
軽トラの狭さが申し訳無い…。
俺も大概疲れているが眠る前に確認だけしておきたい。
『状況確認』
心の中で呟くと黒い板が目の前に現れた、やっぱりこれがステータスウインドウなんだろう。
車名:スカル
型式:T1-AT
駆動方式:4WD
排気量:658cc
最高出力:48ps/6400rpm
最大トルク:5.9km/6000rpm
燃料(FULL):35.6L/(37)
燃料回復量:0.3L/h
燃料消費率:18km/ L
強度:100
オプション:パワステ・パワーウィンドウ・オートA/C
OP:10022
数値が僅かに変わっている?
燃料が減っているのは当たり前としてOPが増えている、何だろう…?
答えはロム(車を制御するコンピューター)漁ったら直ぐに出た、オドメーターの数値と一致している。
たいした行動はしていないのでこれが正解だろうと当たりをつける、明日の移動中確認すれば裏は取れるだろう。
次に各項目を確認していく、web知識から行くとこの項目をタッチすれば良いのだろうがあいにく俺には手も指も無い、ボディーで触れるかと少し前進してみたが、進んだ分だけ離れていった…
ならばと項目に注視する、2秒ほどして小窓が現れた、正解だ。
車名:※当車両を製造販売しているメーカー名
型式:※上記メーカで製造しているモデル名。
そんなありきたりな説明が表示される、この当りはまぁ予想通りだ。
燃料(FULL):※動力の媒体となる魔力の残量()内は保存できる最大量
ここでファンタジー用語の登場、一先ず媒体がガソリンでない事に安心する。
燃料回復量:※時間当たりの魔力の回復量、LVによって変動する
燃料消費率:※リッター当りの走行可能距離、使用条件によって値は変わる
強度:※車体の衝撃等に対する抵抗値、値が大きいほど破損し難くなる、改造・LVによって変動
OP:※オプションポイント、このポイントを消費してオプションの購入、車体改造、修理、成長等を行う。一部を除き金銭での購入も可能。
これもまぁ、予想通りの回答だ。LVという項目に無い単語が出たが、今後検証していけばいいだろう。
最後は気になるオプションだ、この項目は注視すれば説明は無く4項目が現れた。
オプション
改造
修理
購入
オプションを選ぶとツリーが拡がる
オプション: ラジオ 2000OP/PS
カーナビ 10000OP/PS
フロアマット 1000OP/PS
スモークウィンドウ 8000OP/PS
ジャンボキャビン 15000OP/PS
荷台(幌) 6000OP/PS
荷台 11000OP/PS
ブルガード 3000OP/PS
ブルガード(角) 6000OP/PS
ブルガード(刃) 6000OP/PS
PSと言うのは金銭単位だろうか?
これはほんの一例だが、こんな項目ずらりと並んでいる、オプションなのか?と突っ込みたい部分もあるが、まぁ言っても始まらない。
続いて改造ツリーを見てみると
改造: 駆動系
動力系
制動系
空力系
特殊
このように分かれている、更にそこから、例えば制動系を選択すると
制動系:パット 4000OP/PS
ローター 12000OP/PS
キャリパーO/H 2000OP/PS
キャリパー2P 8000OP/PS
キャリパー4P 26000OP/PS
キャリパー6P 44000OP/PS
と言った具合だ、これもまたほんの一例で各項目に無数の改造が存在してる。
出来ないことは無いんじゃないだろうかと思えるほど多岐にわたる改造が用意されているが、中には軽トラには付くはずがないものも含まれているので、その辺りは今後検証していく必要がありそうだ。
修理はともかく、特殊や購入も開いても何も書かれていない、いずれ解放されるパターンだろう。
車に興味が無ければサッパリだろうが車好きとしてはたまらない。
同時に、知ってるから解るかかる費用の途方もなさに気が遠くなる。
生まれ変わってまでこれで良いのかと思いながらも、生き生きと改造に金をつぎ込む自分が容易に想像できて少し笑えた。
移動距離以外で何をすればOPが増えるのか解らない限り、今ある10万OPの価値が解らない、必要に迫られるまでは消費を抑える事に決め眠りに付いた。
その夜の夢
{佐々さん佐々さん、地獄の者ですが、こちらの手違いで送る世界を間違えてしまいましました。一応その世界でも通用する様、能力を与えておきましたので達者でお暮らしください、その代わりと言ってはなんですがこの事はくれぐれもご内密に、それでは失礼します。}
『ちょっとまったぁ!送る場所間違えたんなら戻してくださいよ!』
{…一応直ぐに死んで頂ければ対応は可能ですが、戻りたいですか?}
『そりゃそうですよ、いくら車好きだと言っても軽トラは流石に…』
{あぁ、その姿は変わりませんよ?そういう審判が下りましたから}
『え、軽トラは間違ってないんですか?』
{はい、誕生する世界を間違えただけなので}
『因みに、本来産まれる予定だった世界はどんな?』
{生前貴方が暮らしていた世界です}
『え…あの世界の軽トラに魂宿るって普通なんですか…?』
{勿論ですよ、形あるものに魂が宿るのは当たり前の事です。同じ様に作られた品物でも個性がありませんでしたか?}
『いや、まぁ車にも当たりとか外れとか有りましたけど…』
{そういう事です、あちらの世界が良いのでしたら3日以内に死んで下さい、その際は係の者に青に面会したいと言って頂ければ取次いでくれますので。くれぐれも大王様に面会はしないで下さいね、今回の失敗がバレたら減俸されてしまいますので。そうなったら恨みますからね?この次の転生の際に仕返ししますからね?因みに3日過ぎると書類の関係でやり直せませんので、地獄落ちを免れた今生を頑張って生きてください。}