38話
クロードと対峙する、ナックの横顔めがけてウムの放った矢が飛んでいく。
ナックがそれを視線も移さず剣で叩き落とすと、少し遅れてクロードの掌から、缶コーヒー位の氷柱が5発ほど同時に発射されてナックを襲う。
ナックの左手にはいつもはめられている盾がない。剣だけは辛うじてサリューが持ち出しナックに渡していたが、盾まで持ち出す暇はなかったみたいだ。
ナックは舌打ちすると、半身に構えて生身の腕を盾にした。
しかし、小さな氷柱がナックの左腕を貫く寸前、ルーフェンは少し離れたところから面にした剣を激しく振り下ろす。
氷柱は、その剣から出された風圧で軌道を反らして、俺のボディに当たって砕けて散った。
「…ルーフェン10日間ご飯抜き……」
レヴィの低い呟きに、今のは許してやろうと慰める…。
サリューは素早い弓捌きで、カシルに向かって次々と矢を放っていた。
カシルは素早い動きでサリューの狙いを翻弄するが、同時にそれ以上のことが出来る余裕も無さそうで拮抗している。
見かねたクロードがサリューに向かって魔法を放つが、それに対してサリューは一瞬たりとも気を逸らさない。これが背中を預けるって奴なんだろうか?サリューの信頼を裏切ることなく、クロードが放った魔法は尽くルーフェンによって迎撃されていた。
戦場で飛び道具が厄介なのはどの世界でも変わらないようで、更には様々な補助魔法なんかも織り交ぜるクロードは、ナッサルの一番の標的になっている。
魔法を放った後というのは、ほんの僅かな時間だけど術者の集中力を散漫にするらしい。
サリューは当然その瞬間を逃すはずもなく、クロードに向かって矢を射掛けるが、クロードを守るロースがそれを許さない。
今度はその事によって自由になったカシルが素早くサリューに接近する。
ルーフェンは阿吽の呼吸でカシルの前に出ようとするが、そのルーフェンの動きをセリンが阻み、更にそれをナックが阻むと、そのナックに向けてウムの矢がまた放たれる。
そんな堂々巡りのような戦いが、無力に泥に埋まった俺の目の前で繰り広げられている。
ナッサルは、なんだかんだと熟練の連携を見せている。しかし、流石に3対5と言う人数差が響いているんだろう、決定打に成るような攻撃が出せないようだった。
そんな中で眼を見張るのはルーフェンだ。
セリンと対峙し、カシルやウムの動きを牽制しながら、クロードの放つ攻撃魔法を完全に阻みきっている。
今まで見たナッサルの戦闘は、どれもこれもアッサリと勝ていたので気が付かなかったが、今のルーフェンの動きを見る限り、ここに居る誰よりも頭一つも二つも飛び抜けている事が素人目にも良く分かる。
いつまで続くかわからない様な拮抗した戦い。
遂にそんなルーフェンの一撃で大きく動いた。
サリューがクロードを狙った瞬間を狙って動き出したカシルを阻もうと動いたルーフェンを阻むために大きく動いたセリンが突如足を止めたルーフェンに斬られて上下が分離した。
息継ぎすることなく捲し立てたが、それぐらい一瞬の出来事だったと理解してほしい。
「「セリン!!!!!」」
クロードとウムの悲痛な叫びが同時に響く。
阻む者のいなくなったルーフェンは、そのままカシルの正面に回り込むと、渾身の力で巨大な剣を振り下ろす。
声こそ出さなかったものの、相応の動揺は合ったんだろう。一瞬足の止まったカシルは、アッサリとルーフェンに先制を許してしまう。
結果、2本の剣を交差させて受け止めようとするも、そのまま剣諸共ヘソの辺りまで両断された。
クロードを守るロースは、ナックのギアを上げた猛攻に気を散らすとこも許されない程追い込まれている。
そして、その隙きに放たれたサリューの矢は、遂にクロードまで送り届けられる。
「あっ……」
自分の心臓付近から生える矢を見て、クロードは力なく膝から崩れ落ちた。
「いやぁぁぁ、クロードォォォ」
ウムは悲痛な叫びを上げながら、手にした弓矢を放り投げ、腰から抜いた短剣を手に走り出した。
「ギャァ!」
だが、ほんの数歩走った所で、ウムは先ほどとは違った悲鳴をあげて激しく転倒する。
ウムの両太腿は、サリューの放った一本の矢で縫い付けられていた。
「…………。」
「…………。」
そんな様子が目に入ったのか、対峙していたナックとロースの手が自然と止まる。
「……ロース…もう良いだろ…?」
ナックが終わりを告げると、ロースは剣と盾を地面に落とし、俯きながら小さな返事を返した。
「…はい………」
ナックはすれ違いざまにロースの肩を軽く叩くと、そのままクロードの下まで歩いていって膝をつく。
「……やっぱり…先輩たちは強いですね………」
ヒューヒューと喉を鳴らしながら何とか絞り出すクロードの声を、聞き逃さないように耳を近づける。
「当たり前だ、一人前になったお前らに対して出来ることと言ったら、いつまでも目標で居る事だからな。」
「ハハハッ……いつか先輩たちを追い越して…感謝の…印にしようと頑張ってたのに…それじゃぁキリがないじゃないですか…」
「キリなんてあるかよ。だから俺達もお前たちも強くなっていけるんだろ。」
「そんなふうに考えられれば……でも…悔しいなぁ…闇ギル…は…こ…でも…暗殺…Bラン…貰っ…る…すよ…」
「ハハッ、頑張ったな。どおりで手強かったはずだよ。」
「俺…強…な…ましたか?」
「あぁ、強かった。こんなに苦戦したのはマジで久しぶりだ…何回本気でやばいと思ったことか…ホントお前ら…よく頑張ったよ…」
「…………………」
「ツ………。」
ナックは脱力したクロードの首筋に手を添え脈をとり、暫くすると、何かを噛み殺しながらクロードの瞳を優しく閉じた。
「……ロース、すまなかったな…今も言ったとおり本当に手加減できる余裕なんてなくてな」
静かに立ち上がったナックは、ロースや俺達に背を向けたままそう声を掛けた。
「謝らないでください。先輩たちが本気で立ち会ってくれたからこそ、クロードもこの顔で逝くことができたんですから…」
ロースはそう言ってクロードの安らかな顔に視線を送ると、そのままゆっくりと歩き出し、
子供のように泣き叫ぶウムを抱き上げると、再びクロードの下まで戻ってきた。
「ほら、いつまで泣いてないでちゃんとお別れしないと。」
「ふぇ~ん…やだよぉ~クロードォォ~…」
ロースが優しく語りかけるが、ウムの耳には届いておらず泣き叫び続ける。
それを見たロースは、しょうがないなといった風に小さく息を吐き、ナックに向かって声をかけた。
「先輩すいません。ちょっと宥めようと思うんですけど…流石に聞かれるのは恥ずかしいので少し離れてもらってもいいですか?」
苦笑いを浮かべながらそういうロースの言葉に、ナック達は素直に下がって俺の横まで戻ってくる。
厳密に言えば今まで敵対していた相手に、そんなスキを与えるのは危険なんだろうけど、誰の目にもなにか企んでる様には思えなかった。
ロースは二言三言ウムに話しかけると、再びこちらに視線を戻して話しかけてくる。
「先輩。最後にお願いなんですが、俺達の亡骸はここに捨てておいてください。」
「はぁ?何いってんだ。手伝ってやるから、お前等がカンパニアまで連れて帰ってやれよ。辛いとは思うが、ずっと一緒にやってきたお前等がそうするのが一番だろ?」
「いえ、こればっかりは…皆で闇ギルドの仕事を達成した最初の日に決めたことですから。自分勝手な都合で人の命を奪った俺達に、弔われる資格は何処にもないって。」
「ってかお前、さっきから自分も死ぬような事言ってるが、自殺なんて認めねぇぞ?後を追いたいなら、それこそコイツラの家族に、コイツラの最後を伝えるべきだろ」
「あ~耳が痛いです…でもすいません、これ特級の仕事だったんですよ。だからって先輩達にそんな事まで頼みませんから安心してください。」
「ちょっと待て!お前闇ギルドの特級って!!!!」
「先輩方、本当にありがとうございました。この依頼僕たちの敗北です。」
その瞬間、”バシュッ”っと音を立ててロースとウムの頭部が破裂する。
そして、少しの時間差の後、既に事切れていたクロード、カシル、セリンの頭も破裂した。
ずっとクロードの横で泣いていたウムは、その衝撃でクロードの上に覆いかぶさり、ロースは胡座をかいた姿勢のまま、首から吹き出す血で身体を赤く染めていた。
ブクマ有難うございます。
まだまだ手探りで書き進めていますので、忌憚のないご意見ご感想、お寄せいただければ幸いです。
稚拙な文章で読みにくいとは思いますが、生暖かく見守って頂けますようお願いします。




