1話
ゆっくりと目を開けると、俺は森の中にいた。
『すげぇ、マジで生き返った……けど…ここ何処だ?』
キョロキョロと辺りを見回す、見たところ森のようだが、ここだけぽっかりと開いている。
後ろを振りかえ………れない…
『体が動かない?』
意識してみると、顔はおろか手も足も動かない。
しかし、地面に触れている感触だけは手足にはしっかりと伝わってくる。
地面を感じるのは掌と足の裏だけ…視界の向きからブリッジしている訳ではなさそうだから、立位体前屈の姿勢だろう。
俺は何でこんな格好を?????
そう考えてよぎるのは、脊髄損傷、全身麻痺…
『いやいや、閻魔様は車に関らしてくれると言ってたはずだ、全身麻痺は流石に無い……ないよな?……言ってなかったか???ともかく鏡か何かで自分の状態確認し…』
言い終わる間もなく目の前に黒い半透明の板があわられた。
車名:スカル
型式:T1-AT
駆動方式:4WD
排気量:658cc
最高出力:48ps/6400rpm
最大トルク:5.9kgm/6000rpm
燃料(FULL):37L/(37)
燃料回復量:0.3L/h
燃料消費率:18km/ L
強度:100
オプション:パワステ・パワーウィンドウ・オートA/C
OP:10000
『何だこれは?どこから出て来た?型式T1と言えば確かスカルの軽トラの型番だ、それもあの最終型。仕様表?』
スカル自動車が作った伝説的軽トラ ”サウザー” 自動車全体としても珍しいRR(リアエンジンリアドライブ駆動)方式や軽トラでは異例の四輪独立懸架を採用している車種だ。
農道のポルシェなんて呼び方をされていた事もある、過去俺も持っていた事はあるが、それが今、何の関係がある???
そんな事を考えていると、ポツリポツリと雨が降り出した。
頭の先から尻の先まで満遍なく雨粒を感じる。
『冷た!もしかして裸か俺?!!!ってか髪の毛はどこに行った?!!』
雨粒が頭皮に当り弾け飛ぶ、そこに髪の毛の干渉は感じない。
雨足は見る見る強まり激さを増す、雨の中全裸で立位体前屈したまま固まる自分を想像して死にたくなる。
ガサガサガサ
木々に絡まる蔦を掻き分けながら何かが姿を見せる。
「キャーまってまってまって~」
大雨の中を少女が両手で鞄を抱きしめながら走ってきた。
歳は15~16歳位だろうか?
ひと目で分かる美少女だ。くりくりした大きな瞳が活発そうで可愛らしい。
踝を隠す程度の登山靴っぽい革靴に、ミニスカートにも見える焦げ茶色のカーゴパンツ、ベージュのワイシャツに、黒っぽい革のベストといった姿だ。
腰まである黒髪が雨で体にまとわりつき、艶かしい。
いい年したおっさんが10代の少女に見惚れてる、駄目だと想いつつも目が離せない。
エロ目線ではない事だけは確かだ、何かあたたかな気持ちが俺の胸を締め付ける。
一目惚れってこういう事なんだろう。
「あ、馬車だ!すいませーん雨宿りさせてくださいーーい」
少女は俺の前に立ち頭部を覗き込むように話しかける、その様子から身長は160センチ位だろうか?スラリと伸びた白い足が水に濡れ、目の前に並ぶ。
すごくイイ…とか言ってる場合じゃない。
『あ、あのこれはですね…』
全裸で立位体前屈しながら10代の少女を見つめる中年、通報間違い無しの状況だ。
生き返って直ぐ逮捕とか…何とか誤解を解かなくては…
「誰も乗ってないみたねぇ…ちょっとおじゃましまーす」
そう言いながら少女は完全に俺の声を無視して、横に回りこみ、俺の脇を掴む。
ガシャ
ほのかに漏れ出た俺のいい声をかき消すように、俺のわき腹が開かれた?
バタン
聞き覚えのある音が俺の頭に響く。
同時にやわらかい何かが肩に乗る。
「ふぁ、変わった馬車だねぇ。こんなの見たこと無いや」
少女の声が頭の中に響く……。
俺の鈍感な直感が先程の板を思い出させる。
『俺、軽トラに産まれ変わったのか…』
稼いだ金は殆どレースに消えるので、金のかからないweb小説には大変お世話になった。
転生ものや召喚物は好きだったのでよく読んだし、憧れたりもした。
そのせいかどうかは知らないが、別の生物に生まれ変わる事に意外と違和感を覚えない。
だからと言ってこれは無いんじゃないだろうか…軽トラって……どうしろと…
意識してみると車内の装備が俺の身体のどの部分に成るのか感じる事ができる。
サスリサスリと少女がハンドルをなぜる感触が俺の両頬に伝わる、ハンドルの上部が額で、下部が顎に割り振られている、ハンドルを一週撫ぜると俺の顔が一週撫ぜられる。
シートは左右の肩に当るらしい、肩に座る少女の感覚…悪くない。
ウィンカーレバーは右耳、ワイパーレバーは左耳、グローブボックスはへそを開かれる感覚だ、へそを開く感覚とか意味が分からないが、考えたら負けだと思った。
シフトレバーは……右手の親指に割り当てられているようだ…少し惜しいような、安心したような…
因みにサイドブレーキは左手の親指だ、どういう理屈で割り当てられてるか知らないが、
でもまぁ、うん…意外と軽トラ、悪くないかも知れない…。
「ホント変った馬車だなぁ、カチカチ音が鳴ったり、前を照らせたり、見たこと無いものも一杯ある」
ウィンカーを出したり消したり、ヘッドライトを点けたり消したり、あちこち触られて、声が漏れそうになる。
「うぅ寒いなぁ、布か何かないかなぁ」
そう言いながら少女は再び車内を探る。
ヒーターを点けてやりたいが実車のようにキーがONに成らなければ作動しないようだ。
鍵は刺さってるが、どうしたものか…
考えてるうちに少女は腰を浮かし背もたれの後ろを覗き込む、柔らかい少女尻が俺の鼻をギュッと押す。
”ビーーーーーー”
安っぽいシングルホーンが鳴り響く
「キャッ!なになになになに、怒った?もしかして怒ったの?!」
慌てた少女は膝を曲げ横を向いて小さくなるまるまる、側頭部に触れる少女のふくらはぎがすごくイイ。
とか浸ってる場合じゃない、意思疎通のチャンスだ。
”ビッビッ”
俺はホーンを軽く二度鳴らす、怒ってないよー(NO)のつもりだ。
「なになになになに?!!!……もしかして誰か居るんですか…?」
自信なさげに少女が呟く。
”ビッ”(YES)
ビクッと少女は小さく跳ね、固まる。
やがて小さく唾を飲み込んで声を出す。
「この音、返事ですか?」
すごいこの子、頭がいい。この僅かなやり取りで理解してくれた。
”ビッ”
「はい、って事ですか?」
”ビッ”
「この音しか出せないんですか?」
”ビッ”
「じゃぁいいえは、、、」
”ビッビッ”
「ですよね……。えっと、もう少し雨宿りさせてもらってもいいですか?」
”ビッ”
「ありがとうございます、もし良かったら…何か身体を拭く物ありませんか?」
”ビッ”
そんな感じで、少し警戒しながらも少女は工夫を凝らして俺の言葉を引き出してくれた。
「ここですか?」違います「ここですか?」違います「ここですか?」そこです。
そんな感じで一つ一つ部品をさわり、YES,NOだけで成り立つよう工夫してくれた。
時間はかかったがようやくエンジンがかかりヒーターを点けてあげる事ができた。