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「次ぎ入れ~」
真っ赤な肌に黒髪アフロ、頭から角を生やした筋骨隆々な男が、異常発達した犬歯を光らせながら俺に合図する。
言われるがままに扉を開け入った部屋は、思わず息を忘れてしまいそうなほど荘厳な空間だった。
直径一メートル以上ありそうな太い柱が何本も立ち並び高い高い天井を支えている、その奥には美術品の様な木製の机が一つ置いてあり巨大な髭もじゃの男が座っている。
太い眉毛の下にある鋭い目が俺を見ている。
「早く行け」
アフロの男に急かされて先に進む、髭もじゃ鋭い眼光が俺を指す、目を離す事が出来ない。
一歩一歩進むごとに俺の顎は上がっていき、「止まれ」といわれた時にはほぼ真上を向く形だ。
噂に違わぬ巨大さだ…。
「佐々隆盛35歳か、貴様も随分罪を重ねとるのぉ」
髭もじゃの言葉に目を丸くする。
「いや、罪ってそんな大それた事してませんよ」
殴り合いの喧嘩くらいはしたことあるが、それでも相手が入院するような怪我はさせたことが無い。
ドロボーはおろか万引きもしたことないし、大それた嘘もついた記憶が無い、職質すら受けた事が無く、運転免許だってずっとゴールドだ。
「馬鹿たれ、ワシが誰だか解っておるのか?」
「えっと…閻魔様だとおもいます……?」
「いかにも、それならば下界の裁きなぞ関係ないことくらい想像できるであろう。」
鋭い視線が更に細められ、気圧される。
「短い期間になんともまぁ、無数の罪を重ねおって…自分達で決めたルールくらい撫ぜ守れんのか……」
小学生の頃からレースに憧れていた俺は、例に漏れずバイクや車で峠を走りまくった。
その期間に繰り返した道路交通法違反の数々を指しての事らしい。
「まぁ、成人してからはぴったりと止まっておるので改心は見られるが…」
20歳を迎えてそれなりの収入を得てからは、憧れのサーキットに足を踏み入れた。
誤解があってはいけないので敢えて言うが、サーキットは非常に安全だ、無茶な速度で安全に走る事を考えて作られているのだからそうなるのは当然だ。
そうすると、公道で走るのが非常に怖くなる。
悪い路面に見通しの悪い道、どう動くか解らない他車。
そんな中で速度を出す行為は、個人的に自殺行為と同等に思えるようになった。
その為必然的に公道では安全運転を重視する、結果的に交通違反をすることが無くなった。
「佐々隆盛、次の生に何を望む?」
「次ですか?そうですね…次が認められるなら…また好きな事に関って生きたいですね。あ、勿論今回の人生を反省して決められた法をしっかりと守りながらです。」
「ふむそうか…好きな事とは何か?」
「やっぱり車ですね、まだまだ満足の行く結果を迎えずに死んでしまったので…」
「この様な死に方をしても車に関りたいのか?」
「車に意思があれば別かもしれませんが、悪いのは結局人だと考えてますので。」
因みに俺の死因は、渋滞の最後尾に止まっていたら大型トラックが突っ込んできたからだ。
居眠りだろうと整備不良だろうと、憎むとすれば人だろう。
「ならば良い、再び生を授ける。法を守り徳を積むが良い」
「因みに閻魔様、法の基準は何ですか?どんな法でも守らないといけないのですか?」
「法は貴様の属する社会の法を守ればよい、その社会の道徳において破るべき法ならば、反したとてワシは罪には数えん。難しいかも知れんが信念を持って己の正義を貫けば、例え間違っていたとしても、またチャンスをやるから安心するが良い。もっとも、余り独りよがりな正義ではその限りでは無いからな、とくと考えよ。」
そんな風に瞬く間に俺の審議が終わり別室に案内される。
因みに、死んだと思って目覚めたら整理券を渡された、そのまま何時間も列に並び、3分ほど閻魔様と話し今に至る。
情緒も何も有った物じゃない、三途の川すら見ていない。
案内された部屋に入ると、四畳程の畳敷きの小さな部屋の中心に藁編みの座布団が敷いてある。
「そこに座って目を閉じてください。ゆっくり30数えたら目を開けてくださいね。それでは良い生を」
青い肌のアフロの人がそう言って部屋を出て行く。
1、2、3、・・・・・・・・・・30
そうして目を開けたら、俺は軽トラになっていた…。




