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知識の旅人  作者: 凡田
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第一話 商業と学問の国 〜故郷〜

旅は知恵の修得にふさわしいものである。難解な文を連ねただけの書では学べぬものが在る。何より良い経験となり、自らの知識として修得できる。五感で感じられる学びというのは旅以外にないであろう。

私は剣術、魔術、錬金術などの様々な分野の技能を学ぼうとした。実際に身体を動かし、または呪文を唱え、または金を生み出そうとした。しかし、そのどれもが失敗に終わった。膨大な知識があっても、経験がなければそこで終わりだということを知った。私のような凡人では、届かぬものがあると知ったのだ。

努力さえすれば良いと、滞る選択をする者もいるが、私は許せない。結果の無い過程など、何の意味もないのだ。結果がなければ、次の努力に結びつかない。失敗から得られるものも無い私には、ただの逃げでしかない選択なのだ。

経験を積むには――どうしたらいいのか。学術書だけでは足りないらしい。自分の脳に入るだけではなく、身体に染みるような経験が欲しい。天才的な答えも出ず、私は旅をすることにした。何かを得るためだけの旅に出た。だが、修得だけが目的ではない。もう一つ、重要な目的があった。それは、今言うべき時ではない。


×


喧騒に包まれるも、子どもじみた賑やかさを保つ市場に訪れた。旅をする前に中心街へ赴き、最低限の生活必需品を調達しなければならなかった。半端な道具では続けたい旅も続かなくなる。

この市場にはよく訪れており、衣食住や学問を学ぶ上で必要だった物は全てここで揃えていた。市場の界隈では常連の一人になっているらしいが、その待遇はいつも決まっている。

早速、若いながらも男負けしない女性が私を手招いた。


「そこの薄幸そうな兄さん!今日も見て行くかい?」


私への挨拶は必ずネガティブな言葉で始まる。他にも『悲しみに明け暮れた兄さん』、『青春の厳しさに打ちひしがれた兄さん』、『老けてきた兄さん』など幅広いバリエーションがある。


「はは、また新しいパターンだな。次は不幸とか、悪魔に取り憑かれた兄さんとか言われるのかね」


皮肉っぽく言うも、女性には効かないようだった。


「いやいや、兄さんもそろそろ三十路だろう?しかも一気に老けたし、おじさんと呼ばれる時が来たんじゃないか?」


三十代でおじさんと呼ばれるのは、あまり嬉しくはない。むしろ永遠と兄さんと呼んでほしいものだが。


「それより、今日は何を買うんだい?」


私は会話の途中で選び、懐に寄せた野宿用セットを差し出した。


「これと、そこにあるペンを三本ほど、あと羊皮紙のスクロールをお願いします」


小さなカウンターに野宿用セットを置き、私は懐から金貨を取り出そうとした。


「ちょ、ちょっとバラージュ!何処かへ行くつもりなのかい?」

「まあ、あてのない旅を」

「待ちなよ!今の外は危険なんだ!あちこちに亡霊や獣が現れているのよ!?」


むしろ現れている方が良い経験になるだろうと思って、タイミングを見計らっていたのだ。この絶好の機会を逃すわけにもいかない。

金貨二枚と銀貨八枚をカウンターに置き、落ち着いて女性に見遣った。しかし、出てきた言葉はあまりよろしくないものだった。


「いえ、鍛錬のためです。剣術をようやく修得できたので」


この人に初めて嘘をついてしまった。本当は剣を振るえても、獣、虫すら倒せやしない。...まあ、こうでも言わなければ買わせてくれないだろう。


「んんんんー...。まあ、バラージュ。アンタがようやく外へ行こうとしてるんだ。ワタシは応援するよ!でも、たまにはココに帰ってきなよ!盛大に馳走してやるぜ!」


そう言って、野宿用セットとペン、スクロールが入った大きなリュックを置いた。


「本来ならこのリュック、翌日に返してもらうんだけど、アンタ、いつか帰ってくるんだろ?その時に返しな!」


ココに必ず帰ってこいという表れだろうか。勝手に約束をされたものの、悪い気はしなかった。長々とお辞儀をし、私は店を去った。あとは長持ちする食べ物と水を買わねばならない。また別れの挨拶をしなければならないと思うと、何かが込み上げる。


×


一通り準備は終わった。市場での買い物も終わり、あとは門を通って外へ出るだけだ。市場で長居してしまったが、その分色々得られた。ロングコートに改造を施してもらい、ポケットをいくつかつけてもらった。サービスで缶詰を十個も貰ってしまった。なんだか、返せるものもほとんど無いのに申し訳ない気持ちになった。でも、皆は揃って祝福してくれた。私はこのありがたい物に見合う知識を持ち帰らねばならない。

...そう、何より。何よりも重要なもの。行方不明の兄と娘を見つけなければ、この旅は終われない。終われるはずがない。

ゆっくりと開かれた門を見上げ、私は何を見ているのか。そんな風に思った。どんな目的であれ、この空の下であれば、私は何処へでも旅を続けられる。そんな風にも思えた。

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