1.やっほう
タッセルで束ねられたティファニーブルーのカーテンが、薫風に戦ぐ。
ここ最近猛暑続きだった所為か、教室はいつにも増して活気付いており、彼らに悪気が無くても、幾許か鬱陶しい。
そんな、耳から耳へ抜けるような会話をバックミュージックに、明日葉桔梗は窓際最後列の席から、外の景色を何とはなしに眺めていた。
彼の学業は十人並みで、ドッジボールで恒例のように執り行われる選抜作業でも、4番目くらいに選ばれる程には、運動が達者なのである。
俗に言う、器用貧乏。
悪く言えば、弱肉強食の仕組みに諭され続けて形成される、人格の典型例。
桔梗自身、今となっては広く浅くの人生で心ならずも譲歩して、『普通に生きて、あわよくば寄生』という、無色で無職な矜持を掲げたニート予備軍に過ぎない。
「やっほ」
けれども所詮、腑抜けた内面は内面だ。
よっぽどの事をやらかさない限り、女の子からだって声が掛かる。
「今日は涼しかねー」
ひょいと背後から現れたのは、ほんわかとゆるさが持ち味の、杏桃花という名の幼馴染。
桃花とは小学生の頃からの付き合いだが、曰く『なんとなく落ち着く』という、惚気てしまいそうな理由でよく声を掛けてくれる、女友達だ。
実は何を隠そう、芽生えてしまった桃花への恋心を未だに告げられぬまま、今日を迎えている訳だが、しかしそこには、あと一歩を憚るある事情が秘められている。
その足枷たるや、ニート願望なんて目じゃないほど後ろめたくて、非道い物。
そしてそれは古今東西、公然にして非道は淘汰されるべきであるから。
例えその事を思い切って告白したところで、いくら優しい桃花とは言え、許容を示してくれるとは考えづらかった。
ましてや増悪して、存在意義すらも否定されるなんて事になったらと思うと、ぞっとする。
こうしてリスクを恐れた臆病な桔梗は、桃花とはこれからもこのままでいられたら良いんだと、「現状維持」を抱懐した。
…しかし、程なくして桔梗個人の思惑どころか、世界の仕組みそのものまでもが、圧倒者の蹂躙によっていとも簡単に砕かれる事になるなんて。
今の桔梗は知る由も無かった。