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水曜日5

「本当でしょうね? 今現状何も無いなら、そこはそれ以上詮索しないけど……」

「したことと言えば、姉が寝付きの良くなるサプリを渡したくらいですよ。何処にも危ない要素がないじゃないですか。次期部長候補に推してくれてる割には信用が無いんですね」


 顧問と現部長が密室会談で次期の人事を決めてしまっている。

 民主主義の根幹が問われる大問題だ。

 ……この辺はもう諦めてるんだけど。


「勿論、キミが私に嘘をつくとは全然思っていないよ」

「それはまた大きな信頼を頂いているようで……」

「……で、幽霊とかどうだったの? キミ達が“視える”体質だって聞いてなかったから、ちょっとびっくりしたって言うのがホントのトコなんだけど。――内緒、なんでしょ?」

 先輩が気になってるの、そっちか……。



「信頼、してないじゃないですか。なんにもありません」

「うーん……。ね? ここだけの話、正直に」

「知ってるでしょ? 俺は正直しか取り柄が無い男です」

「あら、ご謙遜。……今なら怒んないし」

「今、先輩に怒られる意味がわかりません」

「秘密の儀式とかあるならそこは端折って構わないし」

「そんなだったら、そもそも噂になっちゃった時点で不味いでしょ!」

「まさか……っ! 詳しく聞いたら呪われて死んじゃうとか?」

「噂流した人、まさか死んでないでしょうねっ!?」

「よもや。――噂を聞いただけでも……!?」

「谷中全滅っすか! ……つーか何気に先輩も入っちゃってますからね、その中に!」

「全部話して楽になっちゃいなよ、ここにはもう私しか居ないんだし」



 知らない間に準備室に居た筈の部員はみんな帰ってしまった。


「話すも何もこないだ話した通りです! ……何も無かったら先輩が困るんですか?」

 笑顔のまま動きの止まる先輩。

 ……あれ? なんかリアクションが予想と違う。


「あー。多少困る、かな。――実はね愛宕クン、その噂を聞いて幽霊退治を頼みたいという話が私の所に……」

「その話は速攻蹴って下さい! 話は尾ひれがついただけなんですから」


「あのね。――実はその人から、是非キミに会いたいって昨日話があって、それで……」

「誰が何を聞こうと、何も無いモノは何も無いとしか言い様がですね……」

「例えばそれを言ってきたのが我らが大師匠、可憐かれん先輩でも?」

「――う。我が天使様って……マジっすか」


 現在高等部一年で白鷺先輩の前の部長だった人の名前が出てくる。

 優しく綺麗で微笑みを絶やさない、理想の女子を絵に描いた様な先輩は田鶴可憐(たつる かれん)と言う。

 まさに名は体を表す。その見本のような人だ。


 俺の入部直後は彼女こそが理想の女性像であり、最高のお姉様であり、いかにも大人な先輩であり、新入部員男子は、なるほど天使は実在したのかっ! と声を揃えた程だ。


 ところが実のところ。当時の二,三年生部員からは、


 トロンボーンを持った悪魔

 地獄からの親善大使

 女子の制服を着た偏屈ジジィ


 等々。見た目にそぐわないろくでもないあだ名で呼ばれ、恐れられていた。

 一度彼女がこうと決めたら最後。

 吹奏楽部ブラス内では、もう誰も逆らえないからだ。


 突如グラウンドの使用許可を取り校庭のど真ん中、全員で基礎練習のみ二時間させられたこともあった。

 ……当時まだ上手く音が出るとは言い難い状況で、何か晒し者になった気分だったのを覚えている。


 真夏にこれも吹奏楽部全員で一週間、演奏には体力が必要。とのことで毎日外周コース二周させられ死にかけたこともある。

 ……必要以上に敷地が広いうえ、丘の上の学校だから周りの道路だってアップダウンが半端ない。

 天使からの命令で死を覚悟するとか、微妙に洒落にならない話だ。


「我が天使様は高等部になったのに、なんで命令が……」

「そもそも私が噂を聞いたのが可憐先輩からなのよ。――だから、本格的で無くて良いから霊感的なモノを持ってて欲しいな。とか思っちゃったり。だってほら、……なにせ可憐先輩からの頼み事だし」

「あの人絶対、幽霊とか信じてないタイプな気がするんですけど……」


 更に田鶴先輩の楽器はトロンボーン。つまり俺の直属の先輩、筋の悪い俺に手取り足取り丁寧に基礎からじっくりとトロンボーンを教えてくれた人。

 但し教え方は超スパルタ、しかも笑顔は絶やさず喋り方も優しく、声を荒げたり不機嫌になったのは結局引退まで見た事が無かったし、見た目も当然理想のお姉さん像のまま。



 ――それが出来るまでは、今日は帰れないと思ってね? ……あ、ごめんね、大丈夫よ? 陽太クンが出来るまで私が責任持って見届ける。最後までキチンと付き合ってあげるから心配要らないよ。だからさ、そんな顔しないで。……ね? じゃ、――さん、はいっ!



 ……当然。同じくトロンボーンの現三年の先輩二人は、確実な安全距離を確保した上でそれを見ていたのだった。


 笑顔で優しい人間が怖い。そんな恐ろしい事が他にあるだろうか。

 それまでの十二年間であんなに怖い経験はしたことは無かった。

 本当の恐怖は笑顔で近づいてくると知った。


 複数の意味で大好きな人なのは間違いないが、出来る事なら近づきたくない。

 この矛盾した気持ちはいったいどう表現したらいいものか……。


 いずれにしろ。

 その我が天使様、田鶴先輩から要請が来たと言う事は。

 ……白鷺先輩は勿論、俺が逆らえる訳が無い。

 最低でも話を聞いた上で、本気で言い訳をしなくちゃいけない。と言う事だ。

 気を抜けば秘密は全部バレる。

 そもそもあの人に俺が隠しごとなんて、そんな事が可能なのか?



「依頼者の名前を聞いて諦めがついたかな」

「諦めるも何も。……断っても会わずに終わるはず無いし、何も無いと言っても話をしないで済む訳も無い。一旦断っても田鶴先輩なら100パー俺に会いに部室(ここ)に来る。部活サボっても今度は教室まで来る。あの人が話をすると決めた以上は、学校休もうがケータイの電源切ろうが果物籠下げてウチまで、俺の部屋まで来るに決まってるじゃないですか!」


「愛宕クンの中では先輩はストーカーとかホラー映画に出てくる人みたいな扱いなんだ。昔から優しい人なのに、ちょっと可哀想かな……」

「俺が逃げたら捕まるまで、白鷺先輩がそう言う目に遭うんですからね? ――俺が本気出して逃げ廻る事前提でその台詞、もう一度言えますか?」


 優しくて面倒見の良い田鶴先輩に、文字通りに可愛がられた後輩は当然俺だけでは無い。

 実は白鷺先輩も大の仲良しで周囲からはそれこそ、まるで姉妹のよう。と言われる程仲が良く、今でも休みの日には二人で買い物に行ったりしてるのだと聞く。

 ならばこそ、白鷺先輩には田鶴先輩の笑顔の怖さは良くわかっているはず。


「ごめん愛宕クン。私、ちょっと無理かも。……あの。お願いします、逃げないでね?」

「最後は結局、俺んとこ来るし。逃げられない。と言うのだけはわかりました」


「で、本当のところはどうなの? ホントのホントになんにも無いなら一度会って断っちゃえば、可憐先輩の事だから、――あら残念。じゃあダメね。……で終わりでしょ?」

 能力関係の話で嘘はつかない。但し本当の事も言わない。

 ランちゃんとにーちゃんから約束させられている。この場合、さじ加減が難しい。


「気配みたいなモノがごく希にわかるときがある、という感じなんですよ。何一つ具体的で無い上、月仍とセットで無いとそもそも何もわかんないんですけど」


 先月。パニックに陥った南町の前で、俺と月仍しかわからない会話をしている。

 当然覚えちゃいまいと髙を括って居たのだが、その辺南町は覚えていたのだろう。

 そして友人に話す。


 あの双子も自分と同じく何かを感じて霊感で周りを探ってくれたのだから、自分の感覚は嘘でも勘違いでも無いのだ、と。


 少なくとも、その部分は霊能力だとでも言うしか誤魔化しようが無い。


「……あとで可憐先輩から電話して貰っても、良いかな?」

「残念ながら、悪い理由が見当たりません。……月乃と一緒で無いとダメだし、ほぼ何も出来ないの確定って言うのは、そこはちゃんと言ってて下さいよ?」

「ごめんね。――愛宕クンはそもそもが正義の味方だから断らない。とは思ってたんだけど」


「何も出来なきゃそんな属性鬱陶しいだけです。先月、何も出来ないのを思い知らされましたよ。俺がなんかするより薬の方が効果が高いんですもん」

 いつの間にか窓の外のバスは居なくなり、校庭には人が戻ってきた。

 準備室(ここ)にもまもなく部員が戻ってくるだろう。――幽霊退治、ね。


「それでも守ってくれて、庇ってくれたんだから南町さんは嬉しかったと思うよ。――私も、何か人の役に立てたら良いのに……。なんの才能も無いからなぁ」

「幽霊退治に駆り出されるとか普通あり得ないでしょ? 要らないです、そう言う才能」


「あ、ごめんね。そう言う意味じゃ無いんだけれど。――でもね、人の役に立つ、そう言う人間でありたいと。思うだけならいつも思っているのにね。そうで無いと私が居ることに意味はあるのか、って言う話になっちゃうし」


「今現状、先輩は既に存在感ハンパないじゃ無いですか……。まぁ、それを探すのが人生だと、そう言ってた人が居ますよ」

「ふむ、なんか納得。私、知らなかったな。――誰の名言なの、それ?」

「……なんかすいません。俺です」


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