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水曜日2

「でもさこれ、山形のひばり台に公立の学校が勝った。って事だけでもスゴい事だよ」

「全くな。……高校程じゃ無いとは言え、ひばり台はスポーツの名門校だからな」 


 ……ランちゃんが居た頃の新緑学園附属中学校は普通の私立中学だったそうだ。

 場所も移転し共学になって、セーラー服で無くなり、名前も後ろについたひばり台がメインになってしまっては、どこに母校を感じれば良いんだろう。

 と、昨日卒業生が言っていたが。


「なぁ陽太。今年の県立女子サッカー部、マニアの目からはどう見えるんだ?」

「フィル、それじゃ俺がなんかの変態みたいじゃ無いか。サッカー好きとか言ってくれよ!」

 ――ま、そういうなら、ちょっとだけ。


「特徴は堅守速攻でデフェンスの固さとカウンターかかった時のスピードが強み。月乃の動きは無駄が多くて10番の器じゃ無いけど、周りが囮として上手く使ってるからそのせいでサイドからの攻撃に幅が出る。そして何より名前忘れちゃったけど11番の先輩! 決定力だけじゃ無くて、足も速いし空中戦も強い。ドリブルはもう女子の枠超えてる感じ。何よりドリブルの時、あのポニテが揺れるのがすげーカッコイイし! ……だから相手の目が月乃に引っ張られると、もう追いつけない。クロスも上手くて月仍の点はいつもあの人のクロスから……」


「ストップ。……もう良い、悪かったよ変態。――ツキにいつも文句言ってる分まで試合の中身きっちりよく見てるな。……一応ツキも含めて評価はしてるってのはわかった」

「身内に厳しすぎるんじゃ無い? つきっちは普通にエースで良いと思うけどなぁ。――ところでフィル、男子サッカー部としてはなんかしないの?」


「昨日顧問が言ってたけど、準決勝なら中等部の男女サッカー部、決勝ならそれプラス中等部全体で応援が出来ないかって、中等部教師会議で話してるってよ」

「そうそう、次勝てば中等部全体で壮行会だってさ。吹奏楽部(ブラス)に生徒会執行部から校歌と応援歌の依頼が昨日、部長んとこに来てた。臨時の中等部全校集会、来週の金曜日だって」


県立(ウチ)にしては珍しく入れ込んでるなぁ。――もはや、県立中等部体育会系最後のプライドだもんね、女子サッカー部」

「……俺ら、良いとこ無しで瞬殺だったもんな。今年の中総体」


 今年の県立の中総体は、最強の呼び声高い女子サッカーを筆頭に、そこそこ強いはずの野球、陸上も含め、出場競技全てにおいて個人、団体、総合。

 色々カテゴリーはあるだろうけど結果は予選突破競技ゼロで全滅。

 名目上、運動部は県下最弱中学校となってしまった。

 応援に充てる時間が余ったが故に中総体期間中に一日、午前授業が増えたくらいだ。


 いくら部活はおまけだという建前があるにしろ、担任の話し方を考えてもやっぱり割り切れないんだろうな、そう言うの。担任だって卓球部の顧問だし。


 しかもフィルはサッカー部、柴田はバレーボール部のそれぞれ準レギュラー組。

 状況さえ揃えば二人とも出場機会があった立場なので、当然ユニフォームを着て試合会場に居たのだ。

 結局彼らの出番は無かったが忸怩たる想いは抱えているようで。

 直接お前らのせいじゃ無いだろう? とも思うけど、その辺は単純に悔しいんだろうな。と言うのは想像に難くない。



「ツキ達は、次、決まってんのか? 今朝の新聞、試合結果しか書いてなかったぜ?」

 多分試合当日の地方面に学校名と試合会場だけ載るんだろう。中学生のしかも田舎の地方大会なんかそんなもん。だからこそみんな、勝って上を目指すんだけれど。

「はぁ、それがな。……ヴェロニカだって」


「はぁ!? マジでか!? 二回戦でもうヴェロニカ女学院……? トーナメントブロックもキャプテンが抽選すんだもんな。山田先輩、くじ運悪すぎだ。サイアクだぜ……」

「聖ヴェロニカ、サッカーも当然強いんだよね? 創立以来最強チームだろうけど、それでもヴェロニカなんだ。せめて準決勝で当たるなら三位決定戦も見えるのに」


 話が普通に負けるの前提になってる。それくらい圧倒的に強いのは体育会系ならさすがにみんな知ってるって言う事なんだけど。


「でもさぁ、テレビの取材とか来るんじゃ無いの。相手がヴェロニカだったら」

「いくら何でも二回戦には来ないだろうが、来たら来たで負けられなくなるんだぜ?」

「え? 負けてもつきっちとか山田先輩がテレビ映ったらそれで良いんじゃないの?」


「良いわけねーだろヒヨ、少しは考えろ。相手はクイーン、未来の日本代表がゴロゴロ居るんだぜ。ヴェロニカメインで編集するんだから、負けたら何回も失点シーンのリプレイだ。番組では県立は弱っちい上に悪役扱い。同じ悪役ならせめて勝たねぇと立場が無い」

「フィル、……いくら何でも卑屈すぎじゃね? 可能性がないとは言わないけどさ」




「――愛宕先輩って、……今日は男の方しか居ないよ? ……へぇ、そっちで良いの? うん、わかったよ。ちょっと待っててね。――おーい、陽太にお客さんだぞー!」

 教室後ろの入り口付近から女子の声。

「客? だれだよ、また三組の吉成が教科書忘れたとか?」

「はーずれー。可愛いお客さんだよぉ。……可哀想だから早く出てきてあげなって」


 ……残念ながら俺には可愛いと形容される人物が会いに来る覚えなど一切無い。

 しかも教室ほぼ中央前から二列目の俺に会いに来るのになんで後ろの扉から。

 自分で入ってこないのはどうしてだろう。

 ……それより可哀想って、なんなんだ? それ。



「……せ、先輩。その、あの。くらちゃん、そうです。くらちゃんです。くらちゃんが」

 一年生のネームプレートを付けてキューティクル輝く髪をおかっぱ頭にした女の子が、頬を赤く染め胸の前で両手を握りしめて、俺を切れ長の目で見上げながらそこに居た。

「可愛いお客さんね。……間違ってはいない、んだろうな。――鹿又がどうかしたのか?」



 山伏の修行もかくや、と思う程の超遠距離通学コンビ山伏候補生。そのでっかい方こと吹奏楽部の後輩でトランペットの籠ノ瀬風花(かごのせ ふうか)

 ただこいつの場合、でっかい方とは言っても身長は標準。

 コンビを組む山伏のちっちゃい方こと俺の直属の後輩、トロンボーンの鹿又こざくらが更に小さいだけではある。


 顔を耳まで真っ赤にして言葉がふらつくのは、目の前の一年生があり得ない程の人見知りで超あがり症でものすごい赤面症だから。

 なんなら今や体だってフラフラしている彼女の姿を見れば。

 なんかよくわからないけど、可哀想。と言う表現を使いたくもなるだろう。



「……いえ。くらちゃんでは無く、私が渡して、くらちゃんの。……いや、そうでは無く」

 籠ノ瀬の目にじわっと涙が貯まり始める。

 ……おい! 涙目になるんじゃない、俺が虐めてるみたいじゃないか!

 部活以外はいつもこんな調子なのはわかってるけどさ。

 そして何度も出てくる鹿又の名前。ここに籠ノ瀬が一人で来るように仕向けたのが鹿又なのはほぼ間違いない。あとでお仕置きだ!


 とは言え、こいつが二年生の教室に来て、知らない先輩と話をした上で俺を呼び出す事に成功した事は奇跡に近い。そこは理解してやらないとな。

 こいつはあとで褒めてやろう。



「わかんないけどわかった。おーけー、一緒に深呼吸しよう。管楽器の基本、腹式呼吸だ。……はい、もう一度。……。よーし。さて、昼休みは一〇分以上残ってる。いいか? 周りの連中も確かに先輩だろうが今は無視しろ、お前が話す相手は俺だ。そしてお前が主人公、俺とお前以外はモブ、背景だ。いいな? いつも通りにお前の喋り方で話せ。――で、改めて。……籠ノ瀬、用事は?」


「……昨日、愛宕先輩にその。お借りしたカギを、はい。えーと、先輩、そうです……。あの、先輩に。愛宕先輩に返して、手渡しで、……くらちゃんがキチンとしないとって」

「準備室のカギか。お前ら昨日最後だったもんな。……どうせ予備のカギなんだから部活の時でも良かったのに。わざわざ持ってきてくれたのか?」


 鹿又と籠ノ瀬は通常片道二時間半をかけて通学している。

 昨日は鹿又のおじいちゃんが用足しついでに迎えに来ると言う事で、バス停に並ぶことは無かったが一方。

 用事が少し手間取ったと言う事で顧問から許可を得て部活終了後もしばらく音楽準備室に居た。


 準備室のカギはいつの間にか二年生代表になっている俺の管理である。

 だから俺に返しに来た、と言う事だ。その辺の気の使い方は確かに鹿又だな。

 ちなみに部長は当然その他音楽室のカギも持っているのだが、基本的にはどちらの部屋も職員室にメインのカギを借りに行かないといけない決まり、昨日が特例と言う事だ。


「……先輩。ありがとう、ござい、ました」

 緊張しているせいでまるでロボットのようなお辞儀からなおった籠ノ瀬からカギを受け取る。

 両の手のひらにはカギの跡がくっきり。

 アレで型取ったら準備室のカギ、多分開くな。


「わざわざありがとうな。――時に籠ノ瀬、鹿又はどうした。なんで一緒じゃない?」

 山伏候補生は人見知りと仕切屋、ワンセットが常である。

 俺の知る限り、部活のパート練習でも無い限り部活以外であっても、単品での販売は通常承っていないはずだが。


「……に、日直は、プリントの職員室が、いえ。日直をプリントが取りに、ではなく……」

「そうか、なるほど。お前一人を放り出して非道いヤツだと思ったが、日直で昼休み中にプリント取りに行かなきゃいけなかったのか。それならそれでしょうが無いんだろう、な。――どうしても部活が始まる前に返すんだ、って言い張ったのは鹿又なんだろうけど」

「……え? ……あ、はい」


 ……やっぱりな。わざと人見知りであがり症の籠ノ瀬を一人でよこしたな?

 この性格を心配してるのは知ってるし意図は理解するが、いくら何でもスパルタ過ぎるだろうが。

「……それと、先輩」

「ん? なんだ?」


「……、つっ、つき、いえ月乃先輩の。……あの、おっ、おめでとうございましたっ!」

 こいつでもそれなりにデカい声は出せるんじゃないか。

 これでようやく普通の声量ではあるが腹式呼吸の賜物かな。なら、部活動もおまけとは言いながら役に立ってるじゃん。

「お前がわざわざ言いに来てくれたって聞いたら泣いて喜ぶよ。――間違いなく伝えとく」


「……で、では。……その、これで、あの。――し、しっ、失礼しまっ、しましま、しました!」

 やたらしましまな感じなわけだが、ホントに大丈夫かお前?


 教室二つ分歩いてその先を曲り、階段を二階分降りれば一年生の教室。なのだけれど、普通に階段が降りられるものなのか凄く心配だ。

「おまえ、その状態で階段とか大丈夫か? なんならそこまで送っていこうか?」


「だっ、わたっ、わたしはそんな、……その、大丈夫でありますっ!」

 軍人かっ! ……当然敬礼は無し。

 だいたい本人、気付いて無いよな。――右向け右で進み出した籠ノ瀬はぎくしゃくしながら廊下を進み、階段への角を曲がった。

 どすーん、とか、ばたーんとか聞こえない以上、無事に階段は降りているものらしい。


 ……やれやれ。こんなだったら俺から取りに行った方が気が楽だったな。鹿又のヤツ、変な気回しやがって。後ろで変な音がしないか気にしつつ自分の席に戻る。



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