水曜日1
昼休みの教室、まだゆっくり弁当を食べているもの、昼寝をするものや雑談をするもの、本を読むもの。
奇特にも教科書を広げて勉強するものも居る。
高等部がある関係なのか県立に給食は無い。
その分、学食があるのだが中高とも一学年約200人、それが×6。女子比率が6:4で若干高いとか、そういう事は関係無しに食堂が1200人をまとめて収容出来るわけも無い。
購買部のパンやおにぎりも争奪戦になる事は考えずとも必至。
いずれ双方大混雑なので中等部では弁当派が多数を占める。
学食に行った連中は、当然まだ戻ってきていない。
「ツキはスゲーな。2年なのに今回もスタメンだったんだろ? うらやましいよ」
「つきっち、背番号一〇番だったよね? でさでさ、フィル。サッカーで一〇番って、エースの人が付ける番号、なんだよね? つきっちはエースなんだよね?」
俺と月仍はなんの嫌みなのか2年連続同じクラス、現状隣同士の席である。クラス数で行けば六組もあるし、各クラス四十人弱の人数がいる、更に席の列だって居ないところ含めて縦×横で6×6+αであるのに、である。
普通は身内はクラスはバラすって聞いたが、どうなってるんだろう。
機械的に成績順で並べた、と言うことなんだろうな。
もっとも、実は今の並びは出席番号順だと席が並んでしまう俺達に配慮して、始業式の当日にくじ引きでシャッフルしてくれた担任の思いやりではあったのだが、結果。
列は真ん中前よりに三つずれ、月仍との位置関係は右隣から左隣になっただけ。
と言う訳で当たり前ではあるが、本日午前中は当然俺の左隣の席は空いていた。
女子サッカー部初戦突破の話は既に担任が朝のHRで話しているので全員知っている。
――昨日から試合のためお休みしている愛宕月乃さんですが、所属するサッカー部が昨日の夕方、私立新緑学園ひばり台中学校に1-0で……。勝ちました!
――試合内容はわかりませんが、資料によると、得点者前半12分ミネガサキ[10]アタゴ。とありました。彼女は今日の夕方、学校に戻ってきますが詳しい話は明日にしてあげて下さい。
――峰ヶ先の誇りではありますが詳しい話は明日以降、今日は顔を見てもおめでとう。くらいにして休んでもらうように、な。
――さて、と言う事でだ。愛宕陽太くんには、家族としての立場から喜びのスピーチを一言もらおーか。さ、そういう事だから。遠慮しないで先ずは立て」
ランちゃんを起こして簡単に弁当を作って朝ご飯の準備、それだけでも結構大変だったのだが、今日は朝から立て続けにエラい目に遭った。
だいたい考えてみたら、俺がスピーチする必要ってあったのかよ!!
で、昼休み。今度は嫌みの様なクラスメイトが二人、俺の机の廻りに集まっている。
何が嫌みなのかと言えば。
「そう。サッカーのエースナンバーは一〇番だぜ。マンUは7番だったりするけどな」
「なぁフィル、オランダ代表だとクライフの付けてた14番なんだよな?」
「自分でやらねぇのに良く知ってるぜ、そう言うの。ホントお前、サッカー好きなのな」
月乃の席につく男子は船岡フィリップ。通称フィル。
ブラジル人のお母さんと二人暮らし。
サッカー部に所属し、女子サッカーの月仍ともそれなりに仲が良い。
外見的にはハーフのいいとこ取り、と言った風で簡単に言えばクラスで一番モテそうなヤツ。と言うか、実際に良くモテる。
俺も月仍も一年生の時から同じクラス。
不良っぽく見える外見に反して、頭も人当たりも良いし、県立の勉強にキチンと付いていく。
どころか成績自体は優秀で学年全体で毎回一桁の順位をキープし続けている。
当然、今も俺とこうして普通に話しているくらいだから見た目はともかく、俺達と同じやや東北訛りの日本語で話している。
しかも日本語、お母さんの母国語であるポルトガル語の他、イタリア語のトリリンガル。
何故イタリア語が喋れるのかは良く知らないが、先日英検三級にもあっさり合格し四カ国語を自在に操る日も近い。
また敬虔なクリスチャンでもある彼は、ゴールを決めると神へ感謝し跪いて十字を切るのだが、手足が長く彫りの深い彼がやるとこれまた普通にサマになる。
こうして考えてみても女子人気の低くなる点が一切見つからない。
実際に去年のバレンタインデーは中等部あげてちょっとしたパニックが起こった程だ。
だからといって女の子を取っ替え引っ返しているかと言えばそうでは無く、同級生はもとより先輩、後輩、かわいい系、美人系問わず片っ端からお断りをしているものらしい。
――男と居る方が気が楽だよ、なんてさらっと言われるとなんか卑屈になっちゃうよ。
俺には絶対に口に出来ない台詞だ。
当然、男が好き。と言うような嗜好を持っている訳では勿論無い。
フィルは柴田や月乃を初め女子の友達も居ないわけでは無いのだが、その部分。
見た目を裏切り今時珍しい硬派なのだった。
女子からは難攻不落のサッカー小僧の異名を取る、サッカー一筋の修行僧のような男。
なんのために県立に来たんだよ……。
とも思うが我が家と同じく家庭の事情が大きいんだろうな。
本人に聞いてもそれこそ木で鼻をくくった様な答えしか返ってこないけれど、本当はスポーツ系の私立に、行きたかっただろうな。
ちなみに名前の本当の発音はフィリップよりフェリッペに近いらしい。
――日本語になればカタカナで発音するんだし、だったらその辺は適当で良いんじゃねーかと思うぜ? せっかく呼んで貰うなら発音しやすい方が良いだろ?
とは本人の弁だが、その辺。
本当に適当で良いモンなのか? 自分の名前なのに……。
「昨日も点取ったって言ってたし、文句なしにカッコイイもんね。二年生エースだもん。こりゃあ、つきっち、明日からまたしても下級生女子から人気爆発間違い無しだわ」
「我が妹ながら、やっぱり男からはモテないんだな……」
「絶対姉とは言わないんだね。――ま。男子が近寄りづらい環境ではあるかなぁ、彼女は」
そして何気なく俺の机の上に座っているのは柴田陽和。
とにかくこいつの見た目は全てが県立にそぐわない。
平均より高い身長と標準を大きくこえる長い足、白いすらりとした首は巨乳とかそういう事では無い、あたかも彫刻のような均整の取れた体につながり当然のごとく八頭身、頭には緩くウェーブのかかったふわふわで栗色の髪、長いまつげ、藍色の大きな瞳と驚く事には薄い天然のアイシャドー。唇はいつだって健康的に赤く濡れたようにつややか。
これら全てが彼女一人の容姿を形容したもの。乱視が酷く普段は縁なしの眼鏡を愛用するのだが、これまた彼女専用に作ったかのようにむやみに似合う。
要するに。グリーンのジャンパースカートにオレンジのリボン、県立中等部の制服が浮いて見える程、大人びた化粧いらずの美少女。
それが彼女、柴田である。
もちろん両親ともに普通の外見の日本人なのは言うまでも無い。
県立の入学式当日に茶髪、パーマ、化粧、そして身長(主に足がやたら長い事)に起因する制服改造疑惑をまとめて受けたのは同期であれば誰でも知っている。
この為容姿については今も許可証を携帯し、短めに見えるスカートも作り直した彼女専用のオーダーメイド。
月仍によれば制服のスカート部分は一般的なセミオーダーの制服と比べると相当に長く、月仍が腰の部分を合わせて着れば、膝下どころかすねまで隠れるだろうとの事だ。
女子中学生らしく口数は多く、見た目に反してさばさばした性格で当然友達も多い。
仕切屋で一年の時から学級委員長をむしろ楽しんでやっていたらしい。
我がクラスの現委員長も当然彼女だ。
成績もまぁ俺と同じくらいでそれなり。
発言が偶に天然でそこだけ残念な感じだが、残念美少女の属性さえもかえって彼女の魅力を高める方向に作用する。
そしてこいつもまた当然モテる。今時下駄箱にラブレターなんてべたな事が、柴田に限っては月一イベント的頻度で普通に発生する。
高等部まで含めて学校中で噂の美少女、顔も名前も超有名。
一年の時はクラスは違えど俺も月仍も、だから柴田の事は一方的に知っていた。
もっとも柴田に言わせれば。
「キミらの方が陽和より有名だよ? 同じ顔した仲良し双子の愛宕兄妹、つったら同級で知らないヤツ居ないでしょ。……ふむ。同じ顔、か。ねぇねぇ陽太、つきっちが男顔なのか、陽太が女顔なのか、自分でどっちだと思う?」
となる。
――そんなの、俺が知るか! だいたい男女の双子なんだから二卵生、そこまでは似てないと自分達では思ってんだけど……。
「ツキと付き合った男子はきっと刺されるぜ? ……刺すのはきっと女子だろうけどな」
「フィルの言うのはわかるわぁ。単純に女子からみてもカッコイイもんねぇ、つきっち」
……で。何が嫌みかって話に戻れば、この二人が近所に居る以上、端から見て比較対象になる俺達兄妹は凄く可哀想な気がするなぁ。
と言う事だ。
最近はだいぶん慣れたけど。二人とも見た目と違ってスゴく話しやすくて良いヤツだし。