月曜日4
「はい、最後コンバット。これは立って行こうか? ユーホ、チューバも。大丈夫ぅ? ――おっけー、じゃあ、いってみよう……!」
踏み台の上。
白鷺先輩はしかし、こちらでは無くバスと俺達の中間を見て顔を上げると、開いた右手を高々と突き上げ、「どうぞ!」と言わんばかりに虚空を指さす。
そして次の瞬間、トランペット独奏で仕事人のテーマの前奏。
高等部、野球の応援のチャンステーマ導入部分。……と言う事は。
「はい、行くよぉ! 全員用意っ!」
白鷺先輩の視線の先には高等部校舎。その二階、音楽室前のバルコニー。
高等部の吹奏楽部がずらりと表に並んでいた。
「……わんっ、つーっ、わんつーさんっ! GO!」
白鷺先輩の動きが指揮では無く応援団のそれになり、応援委員会も同じ動きを始める。
中高吹奏楽部コラボによるコンバットマーチ、元応援委員会の半分忘れちゃった感がにじみ出る振りと、中等部にわかチアリーダーによる若干やる気の無いバラバラのチア付。
言葉にするとスゴくしょぼい気がするが、これはでも、思ったよりスゴかった。
繰り返し二回目にしてポンポンの揺れ方があってくる。
「か、つ、ぞ!!」
応援委員会の腕も振りも思い出してきたようで腰が入ってきた。
「おう!」
すでに校庭の運動部は全員動きが止まってみんな声を出している。
「東北最強みねがさきっ! おぉおおお! みねがっさきぃいっ!」
校庭にいた全員、どころか窓から顔を出した人たちまでが、曲に合わせて声を出し始めた。
仕込みが効いたな。さすが白鷺先輩。
応援委員会も振りを思い出したようで、チアも素人ながら動きが揃い始める。
バスが扉を閉め、校長先生達が手を振ると、まだ明るいのにライトとフォグランプが付き、ハザードランプまで点滅を初める。
【ふぉん、ふぉおおーん】
といつも見かける路線バスとは思えない大音声でクラクションが鳴り響き、窓から手を振る女子サッカー部員を乗せてゆっくりとバスは走り始める。
このクラクションで校庭の盛り上がりは最高潮、どうやらバスの運転手の人もノリの良い人だったようでなにより。
いくら何でもここまで仕込んでは居ないすよね、先輩……。
バスがゆっくりと駐輪場前を抜け、桜並木をくぐり、ウインカーをあげて校門を抜け、今や道路に出ようとするところ。
汗だくになった白鷺先輩が踏み台の上から大きな声で指示を飛ばす。
「次ぃ、ラストおっ!」
一応最後は応援指揮者のふりが変わると言うお約束はあるんだけど。
こんなにわけもわからず盛り上がっちゃって、他の人達に伝わるんだろうか。これ……。そんな心配をしてしまうくらいに校庭は盛り上がっていた。
曲の一番最後。
バスが見えなくなるまで引っ張った音は、白鷺先輩がグルグル回していた腕を頭の上で握り拳にしたところで止まる。
周り中。楽器を抱えてはぁはぁ肩で息をしている中、校庭からは歓声と拍手。
再度白鷺先輩の右手が上がり、全員が姿勢を正す。
「中等部吹奏楽部ぅ! 全員、気をぉつけぇっ!」
これは初めからやるって言ってたな、そう言えば。
ちょっと鼻にかかって可愛くさえ感じる号令を聞きながら思い出す。
「女子サッカー部のみなさんのぉお! 健闘を祈りつつぅう!」
半分のびている鹿又をつついて、俺も楽器を持ち直す。
「ご協力を頂いた高等部の先輩方とぉお! このプチ壮行会に参加して頂いた校内全てのみなさんにぃ~っ!」
かしゃかしゃ、立ち上がった全員が楽器を構えなおしマウスピースを口に付ける。パーカッションもスティックを握り直して。
「……れぇいっ!」
じゃーん、じゃーーーん、じゃーん。
自分で伴奏を付けつつ全員がお辞儀をする。
ブラス唯一の一発芸。更に背筋を伸ばして、声は腹の底から。
「……せーのっ、ありがとうございましたぁあっ!」
「ありがとうございましたっ!」
校庭からは一斉に拍手と歓声。
こんなに拍手をもらうのって中々ないよな、ホント。
校長先生なんか、こっちにサムズアップで「ぐっじょーぶ!」とか言ってるし。
県内トップの進学校だったはずなんだけど。大丈夫なんだろうか、ウチの学校。
……主役は、女子サッカー部だった様な気がするけど。
「いい汗かいたぁ。……でも私も楽器、吹きたかったなぁ」
全員で挨拶した後。――じゃあ、今日はちょっと早いけど用事の無い人はかたづけたらあがって良いよ。私は時間まで居るからカギとか気にしないでね。
と言う部長のありがたいお言葉に従い、ほんの10分前後でほぼ全ての部員が帰った。
ちょうどバス時間が合致したのも大きい。白鷺先輩ならその辺まで計算に入ってそうだけど。
校庭では変に盛り上がった人達がどうして良いかわからずに、なんかまだうろうろしている。
もうこれ以上、何も無いから安心して帰って下さい……
「こんなの、いつの間に仕込んだんですか」
「今朝、きみちゃんと話してたら、今日の4時頃学校出るって話だったから」
きみちゃん、……女子サッカーキャプテン。山田先輩か。
上背は無いが結構な威圧感を感じる人ではあるのできみちゃん、と言われると個人的には違和感を感じる。
まぁ、この二人、仲良しだしな。だとしても。
「今朝? そんな短時間でウチだけじゃなく、サッカー部に応援委員会とかテニス部まで引っ張り出すとか。だいたいチアリーダーなんかどこでどうやって思いつくんすか……」
「女子テニス部の部長もおんなじクラスでね。それでさっきユニがチアっぽいよねなんて話をしてたのね、そしたら今日はコートが使えなくて筋トレくらいしかやんないから、だったらやってみようか。みたいな話になって」
“みたいな話”に、なる方がおかしい……。
「ポンポンは去年の学園祭で誰かが作ったヤツが大量に新屋体の倉庫に捨てないで取ってあるの、お互い知ってたし。1,2年に度胸付けるにはむしろ良い企画だな、みたいな」
急造チアリーダーのヤル気のなさの理由はわかった。
部長命令で強制参加だったんだ。
「でも、自分がやりたかったんだろうね。彼女の場合は。引退前で良かった、みたいなことを言ってたし」
そういや一人だけ楽しそうな人が居たけど。あの人部長だな、多分。
最後は全員ノリノリだったけど。しかし、その打ち合わせをしたのがさっきって……。
どんだけノリが良い人ばかり集まってるんだろう、先輩のクラス。
「応援委員会はこないだ解散式の後のミーティングでせっかく練習したのに不完全燃焼だよな。なんて言ってたから、ちょっと話したら快諾。ちなみにサッカー部は私はなにも言ってないよ」
「ノリだけで段取りしちゃったんですか?」
……人は見かけによらない。我が天使長様もそうだが、白鷺先輩もその典型的な例だ。
この二人は良い意味で“持ってる”んだよなぁ。
「でも、良く高等部まで付き合ってくれたもんだと思って」
「向こうは向こうで野球の予選があるでしょ? 今年は準準決勝からって言われてるらしいんだけど、簡単に予行演習みたいのやりたいよね、って初めから話が出てたらしくて」
「それ、いつ聞いたんすか?」
我が天使長様は昼休みには一緒に居たわけだし。
「午前中に可憐先輩にメッセ投げて相談したの。校舎内でも携帯の電源入れっぱなの知ってるからね。あの人、見た目に反して校則とかそう言うの一切気にしないんだもん、困った人だよね。こういう時はありがたいけど、――お昼休みはほら、用事があるって昨日の夜聞いてたし」
お昼休み。あれからまだ数時間しかたってない。
「そうそのお昼休み。部活前にも電話したんだけど可憐先輩、すっごく喜んでたよ。あの子は才能を隠してると思ってた。私の後輩は少年探偵団だった、とかなんとか。可憐先輩には珍しく大興奮を隠そうともしないでね……」
――名探偵、皆を集めてさてと言い。なんてね。
――陽太クンがホントに探偵役ハマってて、かっこよかったよ。
――つむぎちゃんも来れば良かったのに……。
――だ、そうですけれど。そう言ってちょっと肩を落とすと、はぁ。とため息。
未だに校庭うろついてる人達と同じ状態のハイテンションに付き合わされちゃそうだろうな。
しかも相手が我が天使長様では、白鷺先輩でなくともどう扱って良いものか考えちゃうよ。
「今度駅前でおいしいものおごるから二人に予定聞いといて、なんてさぁ。……本当に、いったいキミらは。お昼休みに何をしてきたの?」
「ただわかったことを淡々と報告しただけですよ。……りかこさんはあの部屋に居ない、って言う前提で調べた人がこれまで誰も居なかっただけなんじゃないすか?」
「理科室のりかこさんの話? 聞いた事、あるある! ……なに、じゃあ、その部屋だったんだ」
居ない前提の人達は。
学校の怪談、りかこさん。彼女の存在に引っ張られすぎて早々に自分のスタンスを見失ってしまった。
居る前提の人達も。
七年引きこもった引きこもりのプロ、利香子ちゃんに警戒されて姿を見せてもらえなかったから、やはり失敗。
「今日はもう帰るだろうけど。明日以降、詳しく教えて欲しいな」
「良いですけど。言う程面白い話ではないですよ」
話すことはやぶさかでは無いけれど。
実際利香子ちゃんの事を伏せてしまうと、ただ淡々と調べ物をしていた話しか残らない。
聞く方としてはそんな話、面白いだろうか。
……昨日、マジックの練習してた話もあるけれど。
そんなの聞かされても困るだけ、だろうしなぁ。
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