土曜日6
本屋の駐輪場。
自宅に帰るのと違って坂道の終点付近なのでここまでペダルを漕ぐ必要が全く無かった。
お小遣い日はもう少し先。一番苦しい時期ではあるので本当はこういう予定では無かったんだけれど。
何故こうなったかと言えば。ついさっき、ランちゃんと別れ際。
「ヨウ、ちょっとこう」
「はい? ……なーに?」
「良いから来いって。彼女等から見える所じゃ、な。――色々と大変だったべ。と言う事で、……ほれ、受け取れ」
ランちゃんの細い指が折りたたまれた千円札を挟んでいる。
「俺は別にそう言うつもりじゃ……」
「気にすんな、マンガ本でも買って帰れよ。――つうか“海の底のアイギーナ”の七巻が今週発売だったんだけど、まだ買ってねーだろ?」
まぁ確かに出る度買ってるけど。でも実は俺が買ってくるのをランちゃんが楽しみにしてるマンガでもある。
……要するに読みたいから買ってこい。と言う事か。
別にお駄賃が欲しくて人助けをしてるわけじゃ無いけれど、マンガを買って小銭も手元に残るし。
その後マンガをランちゃんに貸してあげるなら。遠慮する理由も特に無いよな。
「あたしが帰ってきたら見して。……偽姫ちゃんの台詞がいちいち可愛いんだよ、アレ」
ランちゃんの言動にも後押しされて、屁理屈の構築に成功した俺はその千円札を受け取った。
とは言え買うにしたってコンビニで売ってる程大人気なわけでも無く、だから自宅には行かずに山から直接本屋へと降りてきたのだが。
「でも、最後の一冊とは……。そんなに人気あったっけ、このマンガ」
田舎だから入荷する絶対数が少ないんだろうな。
「やっぱり陽太だ」
目の前には何故か買い物袋を下げた南町。
「よお、南町。……やっぱりってなんだ?」
「買い物終わったから帰ろうと思ったんだけど、陽太が本屋さんに居るような気がしてこっちに廻ってきたの。――何買ったの? ……あ、アイギーナの七巻。もう出てたんだ」
――本屋さんに居るような気がして。とか、俺は能力を発動してさえ居ないのになんと言う精度だろう。
かつて父さんが誰にも内緒でボルボに組み込んだ能力者探知装置、アビリティ・ディティクター。
この機械は最近になってランちゃんが再発見、その後の継続して手を入れている事もあり、結構な精度を誇る。
ただ、基本的に発動している能力にしか有効では無いので、今の話なら南町は既にこれを軽々と凌駕している。
何故か現状、俺限定でわかるというのが謎ではあるのだけど、多分能力同士の相性みたいなものだってあるんだろうし。
ホントは気が付いてるんじゃ無いのか?
自分の能力である能力探知にも俺の能力にも。
無自覚な能力者はご近所に普通に居るんだよな。
それはそれとして。男子向けバトルマンガなのに南町が喰い付いてくるとはかなり意外ではある。――お前も読むのか? こう言うの。
「お兄ちゃんの部屋に四巻まであるのよ、その続き、先週六巻まで友達に見せてもらったとこなの。ねぇ、偽姫様は脱出出来たの? 始原の英雄対英雄軍団は?」
「それはそれで意外だな、おにいちゃんも読んでたとか。もっとハードなのが好みじゃ無かったか? ――俺も今買ったとこだし中身はわからん。雑誌の方も最近読んでなかったから、偽姫が出して~! って怒りながら鉄格子囓ってたとこまでしか知らねーし」
「6巻のラストじゃない、それ」
フィルが毎週買ってるんだよ。ただこのところ学校に持ってこないからなぁ。――しかし、あまり入った事は無かったけど南町のおにいちゃんの部屋。
……本棚にマンガだとしても本なんか入ってたか?
ゲーセンで取ったフィギュアの他、プラモとかミニカーとかが飾ってあった記憶はあるけど。
なんだろう、そう言えば南町にあったら聞きたい事があった気がするけど。
「来週で良いから貸して」
「ん? ……ああ、今度の塾の日持ってくる」
最近は人気があるのかも知れないな、このマンガ。
ランちゃんだって基本的にはバトルマンガは読まないくらいだし。
だったら深夜枠でアニメ化したりするのかも。……でもこの辺じゃ見れないよな。
――あれ、でもお前は設定的に文学少女だったろ、確か。
「設定って何よ、なんか失礼じゃない? 小説もマンガも好きなの!」
「あぁ、さいですか。――帰るんだろ? なにで来たんだ」
「来たのはバスだけれど、次のバスが三〇分以上あるから歩いて帰ろうと思っていたの」
カバンに本屋の袋を仕舞って自転車のカギを外す。歩いて帰れば三〇分前後かかるんだけど多分バスに乗るよりは絶対早い。
それにこいつは印象通りせっかちなヤツだ、バスを素直に待つ道理が無い。
「乗ってくか?」
「パス。先週、二人乗りで山本さんに怒られたばかりじゃないの。陽太も別に忙しいわけではないでしょ? ……家までお散歩、付き合って? 天気も良いし歩いて帰りましょう」
そう言うと南町はもう歩き始める。
出遅れた俺はちょっと慌てて自転車を押しながらそれを追いかける。――ちなみに山本さんは、今覆花山で仕事中だけどな。
見つかんなきゃ良いってわけでは勿論無いけど。
「荷物、かご入れとけよ。重いだろ?」
「ありがとう。――ところで陽太、そのワイシャツって。……制服? じゃあポケットのそれ、ネクタイなのね。学校行ったの?」
「第四土曜日以外は県立は午前中補講だって言ってんじゃん」
「土曜日も着るとなると制服のお洗濯が大変そうよね。正、副と2着有るとは言え」
「ワイシャツは長袖含めて5着有るけどな。……お前とまともな会話を続ける方がよほど大変なことだよ。普通の会話に何気なく混ぜるなっつってんだろ。――でも他の学校だって部活があったりすんだろうし、だったら同じようなもんなんじゃねーの?」
「部活、運動部とかは土曜日もあるけどね」
「おい、南町。赤だぞ」
ほとんど車の通らない町道。十字路の赤信号で止まるのは俺と南町だけ。車もバイクも。どころかさすがは田舎。
土曜日の昼下がり、一応町の中心部だというのに自転車、歩行者まで含めても交差点には俺達しか居ない。
「赤信号、無視しそうなタイプだと思ってたけれど。止まるんだね」
「あそこの標語を外してくれれば多少柔軟に考えても良いんだけど」
信号の横、交通安全・先岡南警察署。と書かれた三角形の大きな看板。
【赤しんごうちょっとまったら青になる】。
この標語が俺の足を止める。
多少色のさめた標語が書いてある事自体はどうでも良いんだが。
早く別の標語に書き換えるなり撤去するなりして欲しい。
……だって標語の横に
【百ヶ日小二年一組 あたごようた】
って書いてあるんだもの。
「あぁ……。アレ、そう言えばそうだったね」
「当初は一年だけって言う約束だったのに!」
「……交通ルールを守る事自体は、それは悪くはないわ。むしろ良い事よね、うん」
何故南町にフォローされている、俺。
「看板が無くたって基本的に信号は守るよ。ただな……」
いい加減恥ずかしいので俺の作った標語を外して欲しいと言う話だ。などと思っているうちに信号が青になる。誰もいない交差点を俺と南町だけが歩いていく。
「それにおまわりさんに見つかったら……」
「ルールを守るのにおまわりさんの制服は要らないだろ。それこそ……、あれ……?」
「……ん? なに?」
なんでおまわりさんに引っ掛かった? 俺。いや、引っ掛かったのは。
「おまわりさん、制服……。そうか、山本さんの制服、おまわりさんが腰に下げてるのは!」
「え、なに? ……えーと、警棒」
「では無く」
「手ぬぐい」
「山本さんはそんな格好はしない!」
「化粧ポーチ」
「誰だよっ!」
「一升瓶!」
「山本さんはお酒、好きだけどもっ!」
「そういう事じゃ無いの? じゃあ、手錠」
「わざとなのかっ?」
「なら、……拳銃?」
「それだ、南町っ!」
「はい?」
「やっと思い出した、聞きたい事があったんだよ」
そう。南町に会ったら聞こうと思ってたんだ。
昨日、おにいちゃんの部屋の本棚に、モデルガンが3丁くらい。飾ってあったのを思い出したから。
だから本当はおにいちゃんに直接聞きたかった。
友人が撃たれる可能性が出てきた以上、確認しておきたかった。
モデルガンから撃ち出されたBB弾の破壊力を。
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