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土曜日4

『じゃあ、明日お父さん学校に野球しに来るんだ。……うん、ウチもお兄ちゃんがバスケやりに来るんだっていってたよ』

 覆花山に居る限り、能力は望むと望まざると限界値が底上げされる。

 つまりこないだのフィルのようにトランスミッタの声以外が聞こえる確率も高くなる。


 個人的には普通の人の声が聞こえる現象には独白モノローグ、と名前を付けてある。

 無意識で発動したモノローグで聞こえた内容は明日の施設開放の事のようだし、ならば今のは多分県立の生徒の声だ。

 普段は月乃の送信位置だってあやふやなんだけど、これもはっきりわかる。

 遊歩道を2/3くらいあがったところ。此所へ向かっているんだろう。


 能力も筋力も同じ。――毎日使う事で少しずつ強化される。最初に比べたらだいぶ強くなったんだろうな。

「――よっ、と」

 腹筋を使ってがばっと起き上がる。

 この辺は体育会系文化部、吹奏楽部所属の人間には楽勝。

 普段から腹式呼吸で息を吐ききり、それなりに重たい楽器を持ち歩くのだから必然強化される。


 チューバの先輩なんか腹筋がタラバガニみたいになってるくらいで、あぁなってればTシャツ脱いでも良いんだけど。

 生乾きのワイシャツを一度バサッと払ってそのまま袖を通す。

 裾はしまわずボタンをかけてネクタイは胸ポケットに入れる。

 カバンにサンドイッチの籠を突っ込み、此所で一旦、一呼吸。

 

そしてのんびり歩き出せばちょうど下からあがってくる“彼女たち”とは階段の降り口ですれ違うタイミングだろう。階段ですれ違うと場所によっては大変だしな。


「愚痴聞いてくれてありがとう。今日は帰る。……父さん。また、そのうち。な」

 思惑通り、階段降り口で高等部男女の制服とすれ違った俺はそのまま階段を降りる。

 当たり前の話ではあるが、来る時はアップのみだったのだから当然帰りはダウンのみ。

 なので体力の残りとかほぼ気にしなくて良いのでこの辺、気は楽だ。階段の一番最後、そこだけ不釣り合いに銀色に光る手すりに尻を乗せ、約2mを滑り降りる。


 なんでここだけ手すりがついてるんだろう。こんな風に使ったらかえって危ないだけだな。

 手すりの下はコンクリートで階段が作ってある。入り口だけつくろったって意味無いと思うけどな。


 自転車の籠にカバンを突っ込み、

【みんなできれいにつかいましょう。覆花山健康遊歩道。田中地区町内会連合が清掃、手入れをしています。】

 そう書かれ、色あせた看板に巻き付けたチェーンロックのダイヤルを回す。


「……誕生日って言うのも安直かなぁ」

 なんたってバスも鉄道もあてにならない田舎町。

 この自転車が無ければどこへも行けない。マンガや小説だと、主人公は歩いて結構何処でも行っちゃうけれど、どれだけ体力があるんだろう。水戸黄門じゃ有るまいし。


 大事な愛車の生命線だし、『おはよう』を自分で外してしまった事もある。

 ちなみに月乃は誕生日、0401を俺が先に使ってしまったため自宅の地番。

 お互い、なんの工夫も無いな。ランちゃんの誕生日にでも変更しようか。

 五月の、……何日だっけ?


「……ん?」

 ――なんだろう。誰かに呼ばれた気がする。

「モノローグじゃ無い。……テレパシー、だよな。――月乃以外のトランスミッタ、か?」


 場所が場所だけに能力者が居れば、南町クラスの強力な能力者でなくとも俺には普通にわかってしまうはず。

 但し、わかったからと言って必ずしも楽しい結果にならないのは、先月。その南町の件でおもい知った。


 更に思いついた事がもう一つ。俺の力が底上げされている以上、プリメインアンプやディティクションを使いこなすレベルの誰かが居るなら、俺と言う能力者の存在は丸見えだ。


「とっとと逃げるのが得策だよな。正義の味方がなんにでも首を突っ込んで良いのは強いからだ。その点、俺はメチャクチャ弱い! だから逃げる!!」


 用事も済んだし理由も出来た、長居する理由は無い。自転車にまたがり、ペダルに足をかけた瞬間。今度ははっきりと聞こえた。


『誰か助けて! ――どうしたら良いですか!? 先輩っ!!』


 全体重をかけてペダルを踏み込む。間違いなくトランスミッタ。

 発信場所は山の裏手、沢と畑と藪しかなかったはずのそこからだ。

 そしてその声には聞き覚えがあったし、声に付いていた色は全ての考えを放棄してそこに直行する理由たり得た。


「なんで鹿又の色がついてる!? ――待ってろ、すぐ行く!!」

 歩けばなんだかんだで五分はかかるし、走って行くのは今の体力では無理がある。

 強引に方向転換するとペダルを踏み込んで人一人分の幅しか無い遊歩道に自転車を突っ込む。


 果たして、砂利道の真ん中に緑の制服が二人分。

 スタンドも立てずに自転車を放り出す。


「やっぱり鹿又かっ、籠ノ瀬も! どうした、大丈夫か!?」

「先輩! ……あれ、どうしてここに?」

 お前の声が聞こえた。と言いかけてやめる。――無自覚の潜在能力者、こいつもそうか。


「なんとなくだ。……それより何がどうなってる? 分かり易く説明しろ!」 

 周りよりちょっとだけ開けて、【覆花山健康遊歩道 コース案内図 『ここは⑥猿舞台 次は⑦鹿飲み沢です』】。と書かれた看板の脇。


 砂利道に座り込んで、女性の上体を抱く青ざめた籠ノ瀬と、その脇に携帯二台を手に、半べそで呆然と立つ鹿又。どうにもよくわからない。――その女の人、誰だ?


「今日は学校が早くひけたので、ずっと来てみたかった覆花山でお弁当食べたわけです」

「……循環バスの時間も、ちょうど。ハマったので。……往復、二百円ですし」

「で、山を下りてそのまま帰るのも勿体ないので、遊歩道一周していたら藪の中に……」

「……服が。見えた気が、したので。くらちゃんと確認、してみたら」


「この方が意識を無くして倒れていたんです! 息はしてましたけど、顔面血まみれだし」

「……がんばって何とか。……その、ここまで。二人で、引き摺り出したのですが……」

「でも、話しかけても、ほっぺをペシペシしても意識が戻らない、返事をしてくれないんです! それに、心なしか最初よりも顔色が悪くなってる気が……」


 名前の通り今の時期は花で覆われた覆花山。

 山には初めから大きな木が生えていない。

 一方、山の裾野には田んぼや畑で無い部分は木が生い茂る田舎の光景。

 

 そしてその女性の首にはやや細いロープがスカーフのように巻き付いている。

 よく見れば籠ノ瀬がハンカチで押さえている額、血が止まっていないのか薄いブルーだったらしいハンカチは隅を除いて赤黒く変色している。

 鼻の下にも拭き取った鼻血の跡。口元にも血がにじむ。


「意識が無くなったところでロープがほどけて。顔から地面に叩き付けられたのか……」

「多分。……けどまぁ直接は見てませんので、私達にはその辺何とも」

 自殺はいけない事だろうけど、失敗した上、女性なのに地面に顔面から落ちた時点で罰は十分だろう。……死ぬな。と言う誰かの叱咤激励と取れなくも無い。


 昨日。――私は基本ぼっちだから。と言った利香子ちゃんに俺はなんて返しただろう。そうだよ、利香子ちゃん。世の中って捨てたもんじゃないだろ?

 現にこうして中一女子達が自殺に失敗した名も知らぬ彼女を助けようと奮戦しているじゃないか。


 いずれにしろ顔色が悪くなってると言う事は、ロープがほどけて落っこちた時に打ち所が悪かった可能性も有る。

 せっかく窒息は免れたのに事態は好転していない。


「それで救急車を呼ぼうとしていたんですが。――愛宕先輩、ケータイはどこの使ってましたっけ? 私もふうちゃんのも圏外で。この人連れて歩けないからここから離れられないし。ホント、どうしようかと……」


 一度は死のうと思ったんだろうけど、その意味ではツイてない。

 失敗しちゃった上俺達に見つかっちゃったんだから。

 だったら今現在は息がある以上、お節介かも知れないけれど出来る事はやらなくちゃ。後で最高にツイてた! とあとで思ってもらえるように。


「俺のもダメなら繋がるところまで走るだけだよ。……どうだろう」

 携帯を取り出す。アンテナのマークのみで横には一本も棒が無いけれど圏外のマークは出ていない。電話はなんとか出来るはず。――1,1,9。……通話。



『はい119番です。火事ですか、救急ですか? ――救急ですね? どうされましたか?』

『場所はどこですか? ――そう、だいたいで良いですよ。慌てないで、今居る場所をそのままお話しして下さい』

『南谷河町の覆花山、遊歩道の順路6付近、ですね。』

『わかりました。今。最寄りの消防署から救急車が向かいました』


『改めて通報している方のお名前と、今お話しになっている携帯電話の電話番号をお願いします』

『――あたごさん。ですね……。あたご。は、どんな字を書かれますか? ……』


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