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火曜日2

「ただいまー。……ランちゃん、すぐにご飯用意するからちょっとだけ待ってて」

 ダイニングに入って橙色のネクタイを椅子の背中に引っ掛けたところで、リビングから上下揃いの、変にピカピカ光るジャージを着た小柄な女性が、重そうなゴツい腕時計に金色の髪を揺らして近づいてくる。

 いつもの事とは言え、暑くないのか? 長袖長ズボン……。


「だいちゃんもツキも居ねーし、まだ九時前だし、なんか腹も減った気がするし。散歩がてらふどう食堂にラーメン食いさ行ぐべよ。あそこない、九時まで開店あいてたべ?」



 家出女子高校生の見た目で地域不祥の東北弁。

 我が家のおとーさん、ランちゃんだ。



 きっとお腹が空いてる、の部分は俺に気を使ってるんだろう。

 本当にお腹が空いていたなら、帰るなり車に詰め込まれてラーメン屋に拉致るくらい、ランちゃんは普通にやる。

 どのみちふどう食堂の出前は七時で終わりだから、出かけ無い限りラーメンは食べられない。

 歩いて行けるウチの近所にしては、遅くまで営業してると思うけどね。


 ちなみにふどう食堂、こないだも『県内のおいしいお店に行こう!』。なんてガイドブックに載ったくらいで結構有名なラーメン屋さん。

 ランちゃんはここの普通のラーメンが好きなんだけど、実はチャーハンがイチオシメニュー。


 休みの日には三台しか止められない駐車場が県外ナンバーの車で埋まる。

 なんてのも普通の光景。

 見た目も中身も本当に田舎の食堂なんだけど、だからこそキチンと料理が評価されてると言う事なんだろうな。


 ともあれランちゃんが宅配ピザとか注文して無くて良かった。

「味噌汁勿体ないし、卵が明日までなんだよ。――冷凍のハンバーグがあるからハンバーグエッグで良い?」

「これからヨウがつくんだぞ、良ーのが?」

 ランちゃんが椅子に座りながら返事を返す。



 ふわり。と、金色の髪がこちらを振り返るのに合わせて揺れる。

 いろいろ言われがちなランちゃんではあるが、根元が黒くなってるのもあまり見たことが無いし、汚く見えた事は当然一度も無い。

 面倒なのは嫌いだ。と言いながら実は結構気を使ってるんだよな。

 梅雨の時期だというのに、今日も見るからにふわふわで、さらさらな髪の毛。



「イヤなら初めっから言わない。ただ、冷凍ハンバーグがメインだけどね。――お、良かった。ポテトサラダの残りがギリで二人分ありそう。……葉っぱもある、な」

「あたしもなんか作れりゃ良ーんだけどよー、ごめんな」


「じゃハンバーグエッグね。卵使い切りたいんだけど目玉二つ、食べれる? ――気にしないで良いよ。にーちゃんじゃ無いけどさ、みんな得意不得意ってあるだろ」

 そう言う意味では本日残った二人はあまり食事当番に向いているコンビでは無い。


 一番はなんと言ってもにーちゃんこと、従兄弟であり俺達兄妹の法的な保護者でもある若干25歳の手塚広大。

 元ヤンキーの会社員でありながら、家事全般全てをそつなくこなす。

 

 そして意外なことに、がさつが中等部女子の服を着て歩いているような月仍なのではあるが、こと料理に関しては才能があった。

 ネットや雑誌のレシピに手を加えるのは実は危険な作業なのだが、ここ最近はそれを難なくやってのける程。


 で。四人中三番手が俺。と言う事になるんだけれど、これは実質最下位と言って良い。

 だってランちゃんは料理がまるで出来ない。

 本人の名誉のためにあえて強調するが、しないのでは無くて出来ない。


 包丁なんかは見てるこっちが怖いので使わせたくないし。見ている限り、ゴムのへらや計量スプーンでも致命傷を負いかねない気がする。

 勿論使ってる本人が、である。

「うーん。三〇過ぎちゃったし、不得意なりに料理くれー出来ねーとアレかなー、なんて」



 ――研究だったり電子工作だったり物書きだったり。得意分野は他にあるんだから無理はしなくても良いんじゃ無いかな? 

 と、今日までにーちゃんが甘やかした結果ではあるのだが、それはそれとして。


 不得手なものはしょうが無い。

 当人だってここ暫くは料理に興味を持ってるようだし、だったら無理はしなくても良いんだろう。

 歳だって、言わなきゃ金髪家出高校生にしか見えないんだし。



「まぁ、今日じゃ無くても良いじゃん。にーちゃん帰ってきたら教えてもらいなよ。明日お嫁さんに行く予定があるで無し。――皿出して? 2段目の中くらいのヤツ二つ」

「おいコラ中坊、さらっと失礼だぞ! 皿だけに。……なーんつってな、二本線の皿だな、去年だいちゃんがもらってきたヤツ。グリーンと、……あたしはピンクにしようかな」


 せっかく南町が諦めたのになんでランちゃんが……。ま、明るい人間性を指向してくれた方がこちらも気が楽か。

 一旦落ち込み始めたら、際限なくどこまでも行っちゃうからな。ランちゃんの場合。


「いちいち拾わないよ、鬱陶しい。――皿、そこに置いて。……うん、おっけー」

「なんだべ、冷てー弟だな。せっかく面白いこと言ったのによー、鬱陶しいってなんだよ」

「面白かったら普通に笑うって言う話。――はい、味噌汁。ハンバーグもすぐ出来るよ」



 例えば。ある中学生がお母さんが婦人会の旅行で兄弟が部活の遠征だった場合、

 きっとお父さんと二人で食卓を囲む。と言うシチュエーションはそうおかしな事では無いはずだ。



「あいよ。……ソースとか、いるか?」

「味付いてるから俺、要らないけど。目玉に醤油かな。ランちゃんしょっぱいの好きだし」

「お茶くれーあたしが入れっか。……あり? ――ヨウ、お茶っ葉どこだったっけ?」



 翻って我が家。俺達双子の兄妹。

 母さんは若くして天国へと旅立ち、父さんも今頃きっと母さんと仲良くしているとは思うのだけれど現状、公式には行方不明。

 親代わりは父さんの弟子だった、お姉ちゃんみたいな人と、正真正銘従兄弟のお兄ちゃん。それが我が家。


 その我が家のおかーさんたるにーちゃんが出張、月仍も居ない。と言う状況は実は非常に希だ。

 にーちゃんは基本的に家を空けないようにしているし、俺と月仍は小さい時から何でもかんでもなにをするでもツーマンセル。

 基本はいつでも二人一組。



「頂きまーす。――そうそう。ツキ、勝ったんだな。ん? ネットで実況掲示板見てた。相手、山形だったべ? あたしの母校なんだよあそこ。嬉しーような、悔しーような」

「へぇそうなんだ。山形の中総体優勝校なんだよ。初戦からエラいところと当たったなと思ったんだけど。次は来週の水曜日にセンヴェロだって。くじ運悪すぎだよ、ウチの学校」

「センヴェロって、お嬢様学校のセントヴェロニカが? へぇ。サッカー強えーのか」


 そして我が家のおとーさん、ランちゃんは生活時間がめちゃくちゃで、その上こないだまでは一緒に住んでいるとは言い難い状況だった。

 最近、自分の部屋を強引に建造したのでベースはここにはなったのだけれど、でも実際には仕事で出かけてるときも多い。


 引きこもりはあくまでイメージなのであって。

 東京まで行ったりはほぼしないし、出張になったりもそうは無いのだけど。

 それでも週の半分は昼と言わず夜と言わず何処かへ出かけている。


 いずれランちゃんと二人きりで食卓を囲むと言うのは、今まではあまりないことだった。

 そう言えば。最近はランちゃんが家にいることが多いので、にーちゃんも残業や出張をあまり断らなくて済むって言ってたっけ。



「……あれ。そういや、味噌汁。もうねーんじゃねーのが?」

「明日の朝はインスタントで良いよ。あと二つ三つはあるから」

「ヨウがいーならそんでいーけどよ。そうそう、明日はあたしも一緒に朝飯食べっかんな」


 ……雨でも降るんじゃ無かろうか。

 強度の不眠症で低血圧、生活リズムが無いので万年時差ボケと言う彼女から見ると、七時に起きるとか、一般人の四時起きに相当するぞ。


「あのさ。……俺。八時前には出るんだから、ご飯はいつも七時一〇分くらいだよ?」

「勿論知ってっさ。朝ご飯の準備して、『いってらっしゃい』ぐれーしねーとさ、お母さんとしては。……んだべ? もし雨降ってだったら送っていぐし」



 ポジション的にはどこからどう見ても完っ全にお父さんなんだけど。

 ……お母さんのつもりだったんだ。

 いやいや、女子大生の頃からそうであろうと努力してたっつーか、今だって実はそう見えるようにがんばってるって言うのは知ってるんだけど。  



 まだ梅雨明けしてないんだから、逆に明日は雲一つ無い良いお天気なのかも知れないな……。

 全力全開で気象庁や気象予報士の仕事の邪魔をする今日のランちゃんである。


「ご飯のおかわりくらいよそうぞ? どれ茶碗よこせ。普通か? 大盛りにすっか?」

 既に自分の分は食べ終わってるんだな。

 兄弟が多いと食べるの早くなる、なんて話は良く聞くがランちゃんは一人っ子、しかも俺が知ってる限りでは基本お嬢さん育ちだったはず。

 どこでこうなっちゃったんだろう……。


「ふぅ、ごちそうさま。ランちゃん、お茶碗シンクに……」

「ほれ。洗い物くらいあたしがやっから、今日はとっとと宿題かたしちゃえよ。あー風呂が先の方が良いかもしんねな、今日暑かったしよ。タイマー五分後だから、もう出来る」


 家事全般、苦手とは言え料理以外は当然出来ない事は無い。

 ただ家からあまり出ないにしても主婦と言うにはあまりに忙しい人なのもホント。

 だから、にーちゃん程では無いにしろお風呂の用意とか、食器洗わしたりとかするとなんか悪い気はする。

 でもまぁ、本人がやるって言ってるわけだし。今日はお願いしちゃっても良いか。


「さんきゅ。じゃ、遠慮しないで先にお風呂入っちゃうよ? ――って、そうだった」

 ネクタイとカバンを持ったところで、唐突に南町から渡された小さな紙袋を思い出す。

 そう、これはそもそもランちゃんに渡すために買ってきてもらったのだった。

「ん? ……なんのプレゼントだ? これ」



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