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土曜日3

 時間は十二時二十八分。下校時刻ぎりぎりの校門前。


「お前、二年の愛宕か!? 何やってる、今日は早くけーれって言わってんだろ!」

「はいはーい。そんじゃ、さよーならー」


「先生達も午後から準備があんだよ。……全く。真面目なんだか不真面目なんだか良くわかんねーな、おめーは。ほら、名札取れ。……あと自転車な、気ぃつけてけーんだど?」


 なんで校門前に体育教師が陣取ってるんだよ。

 そして高等部まで含む全学年男子を相手に授業をする彼が、俺の名前を覚えていたというのもちょっと驚き。

 保健体育は基本女子とはバラされるので彼にとっては双子の片割れでは無く愛宕陽太個人であるはず。

 なので、俺の名前なんか覚えちゃいまいと思っていたのだけれど。


 俺が通過したのを確認すると、校門を閉める。

 どうやら今日は俺が最後だったらしい。

 そこまで準備が面倒くさいなら施設開放なんかしなきゃ良いのに。


 いずれにしろ。いつも通りうだうだしている間に校内からもバス停からも人影は消え失せ現状、校門前には俺一人。

 カバンの中には、どうせ午前授業だしどこでも食べられるように。

 と言うにーちゃんの配慮の元、いつもの弁当箱では無く籠風の入れ物に入ったサンドイッチ。

 こう言うの、ホントそつが無い。そして作った本人は土曜日なので今頃何処かで車を磨いてるはず。


 土曜日は通常三時間目終了後にお弁当を食べる事にしているのだが、今日は3時間目で授業自体が終了。

 そのサンドイッチには手を付けないまま、家とは逆に自転車を向ける。


「今日は思ってたより暑っちぃな……」

 今頃、月乃が町営体育館のロビーで食べてるはずのこのサンドイッチ、さっき売店で買ったスポーツドリンクのペットボトルと一緒に、俺は丸太を縦に切っただけのベンチに座って食べる予定にしていた。

 ……そう、久しぶりに覆花山に。行こうと思っていた。


 県立からならダラダラ坂をひたすら自転車で登る事十五分の位置にあるこの公園。

 山頂のベンチ以外に何も無い、この五分もかからず登り切れる山と言うには若干低い様な気がする場所は、実は公園では無くて法律の上では町の持つ空き地であるらしい。


 とは言え地元の町内会が駐車場のゴミ拾いをして花を植え、壊れた階段を直したりしているし、利用する方とすれば公園でも空き地でもそこはどうでも良い話ではある。

「わかってるとは言え、ペダルが重い。……ぬおぉ! うりゃあ!」

 三段変速のシティサイクル。

 丘の上にある学校へ通う通学時には毎朝役立っているが一方。

 この道を登ると考えればちょっと装備としてはもの足りない。


 ひのきの棒で最初のボス戦を迎えたような具合。

 通学で経験値を稼いだ俺個人のレベルで勝負するしか無い。


 そしてこの坂を登りきったところにあるのは、父さんが行方不明になった場所でもあり、ゴールデンウィークに月乃が拉致された時に救出した現場でもある。

 もっと言えば俺と月乃の力を増幅してくれるパワースポットでも有り、実は行方不明のはずの父さんは頂上付近で永眠しているはずでも有る。

 と言う複雑な場所。


 いずれにしろ。

 俺とは因縁浅からぬ場所なのであり、あんまり楽しい思い出も無ければ、行く必要性も無い。

 更に行くとなればなったで、この修行のような登り坂が待っている。


 登り坂、と一口に言うがこの道路。舗装は新品、道幅も広くて車も通らないのでサイクリングには最適。

 にも思えるのだが実際にはアップダウンなんてケチな事は言わず、校門前から駐車場の片隅で自転車降りてカギかけてカバン持って。山頂へ向かう階段分まで含めてアップ、アップ、アップのみ。

 アップ以外は皆無。いや、駐車場だけ平地か。


「なんで、定期的に、……こんなとこ、来たく、なんだろうな。……バカだ、俺は!」

 但し。いくら低いとはえそこは山。登り切って山頂のベンチに座れば気持ちよくわが南谷河町を見下ろす事くらいは出来る。


「こんな低い山でも、上は多少風があるのか。……あー、風が気持ちいいや」

 ゴールデンウィークに此所でちょっとした事件があった。

 未成年者略取監禁事件であるので身内からすればちょっとした、どころでは当然済まない大事件である。

 付け加えれば誘拐されたのは月乃。

 正直、愛宕家全員の命に係わる大騒動にまで発展したのだけれど。


 但しこの事件、被害者が未成年である事と、すぐに解決した事で具体的な事件の内容は伏せられ、新聞や雑誌の扱いもやたらに小さかった。


 ちなみに余談ではあるし、実際にそう言ってしまうのは可哀想なのだが。

 警察の初動捜査のミスだと糾弾されたおかげで、先岡南警察署生活安全係の人達は当初からそうだったんだけれど。

 心理分析を依頼している黒石博士ことランちゃんにますますもって頭が上がらなくなったらしい。

 当然糾弾したのはランちゃん本人なんだけど。


 そんな話はおいておくとしても。――一詳細はまるきり伏せられたとは言え、報道で何度か名前の出た覆花山の地名。

 テレビや新聞にめっぽう弱い田舎故か、地元で見直されるきっかけになった。

 『そう言やそんなトコ、あったねぇ』

 と言う訳だ。


 アクセスの方法だって、自転車以外なら駐車場も五台分あるんだし最近は百円バスが駐車場まで二時間に一回廻ってくるのだし、そう考えれば一概に便が悪いとも言い切れない。

 だから放課後、県立の制服が数名頂上で風に吹かれている。的な構図はたまに見かけるようになったし、休みの日には駐車場に車や自転車がいる事も多くなった。


 とは言え今日は誰もいない、全身汗だく。襟からネクタイを抜き取りずぶ濡れのワイシャツをベンチの横、【覆花山健康遊歩道 コース案内図 『ここは③山頂 次は④豊年橋です』】と書かれた木の看板に引っ掛ける。

 Tシャツも濡れているけれどこれを脱ぐ程、俺は裸には自信がない。


 わざわざ覆花山まで来る気になったのは、多分どうにもならない事が重なったから。

 此所は俺と月乃限定でパワースポットとして効果がある。

 能力をかさ上げし、パワーを増大してくれる場所。

 そしてなぜだか落ち込んだ気分も少し軽くなる、そんな場所だからだ。


 落ち込んでムシャクシャした理由は他に無い、利香子ちゃんだ。

 どうにかしてあげたいのだけれど、どうにもならない事が多すぎる。


 サンドイッチに噛みつきながら利香子ちゃんの事を考える。

 写真の事、病気の事、友達の事、おかしな噂になっている事。放火魔、ファイヤスタータ、狙撃者。

 それにもまして変わり者で頑固者の利香子ちゃん本人……。


 全て俺や月乃ではどうしようも無い事ではあるし、彼女は誰かの助力を得る事自体さえ忌避するだろう。

 写真の件を頼ってくれただけでもあの性格を考えれば奇跡だ。

 その他の事を俺がどうこうなんて出来るわけが無い。頭では十二分に理解が出来ている。


「どうしようも無い、何も出来ない。……わかってる、わかってんだよそんな事は!」 


 自分で洗濯しようと思えばTシャツが多少汚れるのも苦にはならない。

 ベンチに寝転がる。ふと首を横に向ければ、もう移転して神様の居ない小さな社と、その前の土に走るひび割れ。

 現在行方不明の父さんはそのひび割れの中に“居る”。それは極一部の人間しか知らない話。


「助けてあげたい、なんて傲慢な事は言わねぇけどさ。けど、手伝いくらいしたいと思ってもいいだろ? 父さん。どう手伝ったら良いかわかんないけど。あのさ、俺は……」


 ……まぁ、要するに。今日の俺はグチグチ言いたくて此所に来たんだろうな。

 頭が冴え渡った状態で出る愚痴はきっと本当に弱音なんだろう。


 必要以上に強くなろうとは思わないけれど弱いのはイヤだ。

 だけど偶には弱い自分を認識しておかないとどれくらい自分が弱いのかわからなくなる。なんて。――無理矢理理由を付けてみても格好悪いだけだな。


 こんなの、言い訳に使われる父さんが不憫なだけだ。

 もっとも、お陰で気分は少し晴れた。

 家に帰って、明日破壊工作に使う工具でも探すか。


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