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金曜日7

「病気でぼっち、って……。全然そんな風に見えなかった。でもそれなら誰も居なくてドアが壊れてるあの部屋の、――え、今のが理由じゃ無い? もっと何かあるってわけ?」

「これを知らないと、本題がどうして問題なのかわかんないんだよ」



 晩ご飯の後、“壁”と呼称されるカーテンを机の部分だけ開放して、宿題をシェアしつつ月乃と一日の出来事を語り合う。

 普通の兄弟、特に男女の兄弟だったりすると中学くらいになるとある程度仲が悪くなるものらしい。

 俺と月乃の関係はそう言う意味では悪くはない。


 二人とも何かとワンセットで扱われ、公私ともに行動もツーマンセルが多い。

 ゴーストバスターツインズなんてその典型。

 だから仲が悪くなったなら、それはそれでデメリットばかりだから仲が良いに越したことは無いのだけれど。



「自分で合成ツーショット写真を作るだけでもアレなのに、それにラミネートかけて持ちあるってた、の……? あの人らしいっちゃそうだけど、それでも、ねぇ……」

 ほら引いた。月乃じゃなくたって引くよ。ここまで豪快な話、聞いた事無いもの。


「プリクラみたいに字が入ったりもして無くて本当に普通の写真みたいなんでしょ?」

「見たわけじゃ無いから俺には何とも。――でもまぁ、あまりにも出来が良すぎて自分で驚いた。つってた位だからそうなんだろうな」

「わかんないなぁ。……えーと、利香子ちゃん? で良いの? ……うん、その彼女がやってるというならそこだけは納得出来る気がするけども」


 誰から見てもへそ曲がりで変わり者の利香子ちゃん。

 月乃から見ても印象に一切のブレは無い。


「写真の事以外、作った理由とかそう言うのはあまり気にしなくても良いんじゃね? 利香子ちゃんが何考えてるかなんて、どうせ俺達には端っから理解出来ないだろうし。――

とにかくその写真が取り戻せれば利香子ちゃんには準備室に来る理由が無くなる」


「約束したわけじゃ無いんでしょ? それに話聞く限り利香子ちゃん、写真のことが無くたって学校で居場所ってあそこしか無いみたいだし……」

「来る理由は一つ減る。不審火の件がはっきりしない限り、あそこに近づいて欲しくない。だいたい、工事が終わればドア直っちゃうから、もうあそこには行けないんだけど」

「それはそうか……。そう思うとなんか可哀想だな、この先どうすんだろ?」



 半開きの動かないドア。

 当然工事中に改修されて軽く開くドアになるんだろうけれど、カーテンさえ巧く開けられない人にとってはそんなの、迷惑以外の何物でも無い。

 いずれ利香子ちゃんの唯一の居場所は工事が本格的に始まると同時に無くなる。

 工事の終わったその後、利香子ちゃんは学校のどこに居れば良いんだろう……。




「その後の事はおいといて。――もう一つ。ビーカーの割れた理由がわかった」

「ほほお。今日は働いたなぁ。……ん? なぁに、それ?」

 机の上に赤いBB弾を転がしてみせながら、準備室で起きたことをそのまま話す。


「モデルガン? ……アルコールランプ、ちょっと勿体ないなぁ。――ってちょい待った。じゃ、なに? ファイヤスタータ以外にも誰か意図的に騒ぎを起こしてる人がいるの?」

「多分な。ファイヤスタータがわざわざモデルガンを使う意味がわかんないし、だったら不審火騒ぎを起こしているのは少なくても二人以上居るってことになるだろ?」


 赤いBB弾をキッチンから持ってきたチャック付きの袋にしまう。

「あの部屋には何があるの?」

 不審火を出して周りの人間を遠ざける、何故そんな事をする必要があるのか。

 当初から全く腑に落ちない動機の話ではあるのだけれど。

 ――現状、それで得をするのは色々知った今になってもやはり、利香子ちゃんしか居ないんだよな……。

「俺が知るか!」


「だよね。……依頼も断るんでしょ?」

「当たり前。利香子ちゃんの写真はあくまでついで。写真渡した後のことも、知らん」

「そうだよな。……でもまぁ、出来る事はやらないと気持ち悪いし」


 少なくとも利香子ちゃんだって勇気を出して自分の秘密を打ち明けてくれたんだ。

 学校内での事や体のことは俺達にはどうしようも無いけれど。

 でも友達だと言ってくれる以上、写真の件だけは何とかしてあげたい。

 それはそうだ、俺達で何とか出来そうな問題って写真くらいしか無い。


「そういう事。で、日曜日。お前、予定は?」

「午後からロードワークしようかなぁ、なんて。練習無いし、月曜日はもう移動だから意識的に体動かしておかないと、って。……なんで?」

「なら午前中付き合え。物置に父さんの工具一式あるだろ? 棚ぶっ壊して写真回収しに行く。――今日の分、おしまいっと」


「良し、後は明日でいいや。――良いけど。……でも日曜日だろ。校舎、入れんの?」

 お互い、ごそごそと教科書やノートを仕舞いながら話は続く。

「施設開放の日だから校門が開いてるし、校内に入っちゃえば工事用の出入り口が使える」

 そこら中に張ってあった張り紙。あれだけ気を使っているくらいだから、施設開放の日だったら当然工事はやらないはず。


 それに一応カギはあるにしろ、おはよう。で入れる。

……但し、モデルガンを持った誰かもそれを知っている。そこはちょっと考えておいた方が良いだろう。


「了解、日曜日の朝ね。――ところでアンタさぁ、結局、今日も部活はサボったんでしょ? 何時頃学校出た?」

「4時ちょっと前だったと思うけど……。なんだ?」


「タッチの差か……。ふうかちゃん、お手柄だったのにどうして見ててあげないの? 納得行かないけど彼女は陽太のこと、尊敬してんだぞ。こういう時はその場で褒めてやれよ」

「何のことだ、籠ノ瀬になんかあったのか!? そういや、にーちゃんはどこ行った? さっき、鹿又達を送っていったって言ってたけど、何がどうなってる?」


 いきなりなんの話だかわけがわからん。

 そう言えば、晩ご飯のテーブルにはいかにも起きたばかりといった感じのランちゃんしか居なかった。


「帰ってくる時さぁ、救急車とすれ違わなかった? 時間的に国道の交差点辺りかなぁ」

「そこまで行かない、天神橋の辺りで確かに救急車見た……。県立に行ったのか? あの救急車! まさか、籠ノ瀬が!? 鹿又はどうした、今日は一緒に居なかったのか!?」


「まぁ落ち着けよ先輩、彼女は乗せた側。……中学旧校舎で倒壊した建物に挟まれた一年男子を発見、その第一通報者がふうかちゃん。ってわけ」

「倒壊するのか、あそこ。……だいたいアイツはなんだってあんなところに」

「実際には倒れたの、古い棚みたいだけどね。近所にいたから音に気付いた、みたいな。――自由練習の日だから、ふうかちゃんに人の居ないところで思いっきり音を出させてあげたかったとか何とか、こざくらちゃんが言ってたけど」


 ……確かに鹿又は作業をする事こそ無かったものの、あの場所の存在を、今日草刈りをしたことまで含めて知っている。

 “人気ひとけの無い場所”。と考えれば当然、真っ先に思い出す。


「……ところでお前はなんでそれを知ってる?」

「旧校舎に行く渡り廊下んとこに良ーい日陰があるんだこれが。そこで基礎練の後のストレッチするのがこのところの二年女子の定番でさ。昨日もそこ、居たわけよ。そしたら真っ青なふうかちゃんとばったり」

「お前が通報者なんじゃねーの?」


「職員室からの帰り足だよ、先生も一緒だった。さすが教師は近道知っててさ」

「鹿又はセットで動いてなかったのか?」

「職員室に駆け込んだのがふうかちゃんで、こざくらちゃんは挟まれた子に付いてたって」

「意思の疎通、やれば出来るんじゃ無いか。……あんまり過保護なのも良くないかな」

「スパルタ過ぎるのも良くないって。でもキチンと緊急時に意思の疎通が出来るんだったらあんまり心配は要らないのかもね」



 意思の疎通か。つい数時間前、完全にそれを諦めた人の台詞を思い出す。

 ――私は基本ぼっちだから、なんかあってもそれこそ助けは望めないし。

 罵詈雑言ばかりかも知れないが利香子ちゃんは意外と饒舌な人でもある。

 そんな人が自らコミュニケーションを断つ。

 体を悪くした事は彼女にとって。どれほどショックだったのか。



「俺の方針とスパルタは方向性が真逆だよ。俺は去年、俺に教わりたかったと思ってる」

 我が天使長様の本当の恐ろしさを知っているのは、実は俺以外は白鷺先輩くらいなものだろう。

 俺と我が天使長様では比較対象にすらならない。


「それに普段だって意思の疎通は必要だろ。人間は一人では生きていけないんだから」

 意思の疎通が上手く出来ないヤツと、意思の疎通をすっぱり諦めた人。

 双方話が出来ないと言う点では共通はしてるけれど。……極端と言えば極端な二人である。


「そりゃそうなんだけどさ、話が急にデカくなってないか? ――ふうかちゃんが緊急対応で問題ないことがわかっただけでも収穫だろ? だからあったら褒めてやれって」

 俺達兄妹が中学に通うために、にーちゃんやランちゃんのみならず、その他大勢の手を患わせているのは良く知っている。

 そう言う人達と上手く意思の疎通が出来なかったら、とりもなおさずその人達の仕事を増やすことになってしまう。

 ただ、籠ノ瀬の家庭はごく普通の家庭だろうし。



「そうだな、今んとこはそれでも良いのかもな。――で、なんでにーちゃんが?」

「今月の頭、結構深夜作業多かったろ? だから忙しくないから今日は午後から休みで良いよ、って社長に言われたんだって」

「まだわかんないな」


「今朝。私、聞いたんだよ、それ。……そんでさ、山伏候補生が二人ともやたら興奮状態だったんで、バスに乗せたら危ないなぁと思って、にーちゃんに送ってもらったわけ」

「休みなのくらい言っとけ! また忘れてただろ? でもまぁにーちゃんの事は二人も知ってるし、それはそれで良い判断だったんじゃ無いか? ――ふむ。細かいところは週明けにでも話、聞いてみるか」


「ん? 月曜は部活出んの?」

「いい加減、部活に出ないと鹿又に怒られる。……予定通り、出来る事は無かったんだし」

 正確に言えば、鹿又には今日。既に怒られたんだけど。

「――明後日。写真を見付けてこの件は終わりだ。その後写真を利香子ちゃんに渡したら、もうあそこには行かない」


「でも、ファイヤスタータと狙撃者。両方気になるなぁ」

「あまり拘って矛先がこっち向くと困る。藪をつついて蛇を出す。って知ってるか?」

「やぶへびだ、ってんだろ。意味くらい知ってる、馬鹿にすんな! 関係ないのに要らんことをして危ない目に遭うのは馬鹿らしいって、それはわかるよ? ……だけどさ」



「割り切ってくれよお姉様。そうで無いとこっちも危なく成りかねないんだぜ?」

 鉄をねじ曲げ、ペンの頭を狙い撃つ程の能力を持つファイヤスタータと、部屋に人が居ることを確認した上でモデルガンを撃ってくる狙撃者。

 どちらも狙われるとなれば厄介だ。


「最近変に割り切っちゃって大人になられましたねー、兄上。……どのみち私らに出来る事なんかほとんど無いんだもんなぁ。――お風呂。先、入って良い?」

 言いながら月乃は机を離れるとシャツを文字通りに脱ぎ捨て、ベッドの上のパジャマを羽織ってバスタオルを手に取る。

「悪いっつっても先に入るんだろ。だったら壁の復旧手伝ってから風呂に行け」


 意外と面倒くさいんだ、この作業。天井付近とか、机の下とか。

「ち、バレたか」

「普通だったら裸になる時点で“何見てんの? いやん、えっちぃ!”。とか言って自分で閉めるだろ!」

「裸じゃ無いよ、下着脱いでないだろ。それになんで陽太相手にそんなべたべたなリアクションすんだよ。アンタの普通が歪んでんの、マンガの見過ぎ! ――先、入るよー」



 ドアを開けて閉める音に伴って、直した“壁”の裾がふわっと浮きがって元に戻る。

 ……そんなに普通から離れてるか? 俺。

 普段がこうだもの、女性に幻想を抱くとか、無理だよな。――それとも、もっと体つきが女っぽくなると変わるもんなんだろうか。


 ふと利香子ちゃんのことを思い出す。彼女もやっぱり気にしないタイプかな。

 あぁ見えて実は、

 『何見てんのよ!』

 なタイプじゃ無かろうか。

 胸はかなりおっきいし、制服の上からでもはっきりわかる背中から腰、お尻のいかにも、女。を主張するライン。

 俺が背中フェチである事はおいても、女っぽいというなら周りであれ程女っぽい人も居ない。


 ただその彼女は、それを言い合って笑い合う友人が居ない……。

 家族とさえ仲違いしてそうな雰囲気だし。そして放課後はあのゴミ置き場みたいな誰も居ない部屋の机に、写真を気にしながら一人でただ机の上に座って居る。

 着替えを見られた時のリアクションなんて、その姿からは全く浮かばない。 

 きっと本当は、こう言う話には面白がって喰い付いてくるタイプに見えるのに……。


「気になることが無くなったら、そしたら。……ちょっとくらいは変わるかな」


 ――利香子ちゃん、明後日まで待ってて。そしたら、他のものは勿論無理だけど写真だけは、俺と月乃で取り戻してあげるから。


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