金曜日5
「拘り。……そう、この部屋に拘る理由はある。あるんだ。――ねぇ。ようクンは私のお友達、なんだよね?」
「急になんの話すか? ――さっきも言ったけど、そう言うの、いちいち確認する事じゃ無いし。それに友達だから心配してるってさ。さっき俺、言いましたよね?」
「本当の友達にしか話せないことだってあるし、だけど話を聞いたら友達じゃ無くなっちゃうかも知れないことだってある。――だから私は話すのが怖い。ようクンとつっきーの、せっかく友達だって言ってくれたのに。……友達で無いと話せない。けど、話したら……」
「約束するよ、俺も月乃も話一つで友達で無くなったりしない。絶対にそれは無い。それに話してくれれば、ここに拘ってる理由がわかれば。一人ではどうしようも無くても利香子ちゃんと俺と月乃、三人で考えれば何か良い案が浮かぶかもだし。でも、当たり前だけどなんでこの部屋なのか、そこを教えてくんなきゃ俺も月乃も、何も出来ない、だろ?」
利香子ちゃんと俺、そして月乃。これはこれで中々不安なトリオではあるけれど、それでも一人より二人、二人より三人で考えることが出来たなら。三人寄れば文殊の知恵。昔の人はそう言った。良い考えだって思いつくかも知れない。……文殊ってなんだろう?
「拘ってる理由を教える前に私の秘密を二つ、話さなきゃいけないんだ。これもあんまり人に言いたくないんだけど」
「だったらそんなの言わないで済ましちゃえば良いじゃないすか。利香子ちゃんとは知り合って間もないんだし、俺達は気が付かないかも」
「それを話しておかないと、理由がね。成り立たないんだよ」
「ふーん。――なら、良ければ一個目からどうぞ?」
さっきとは攻守逆転、まさか利香子ちゃんを追い立てる立場になろうとは。
「う、……うん。まぁ、実はこれ、二人は当然気付いてると思うんだけど、でもさ。あの、話聞いても引かないでよね? よし、決めた。話しちゃう」
ふと、利香子ちゃんと目が合う。
「――そう。私は、今の高等部二年には友達が、居ないんだ。……だから私のこと、内緒にしてねってお願いしたの。二人が私と知り合ってしまった事で変な子扱いされたら、やりきれないもの。それは私のせいかもしれないけれど、でもそんなの、責任の取りようが無いじゃない?」
……なんとなく想像はしていたものの、科学部で孤立してるどころじゃなかった。こういう場合どんな顔して何言ったら良いんだろう。
この場合、求められるのは子供の反応か大人の対応か。
今。俺は、どんな顔して利香子ちゃんを見てるだろう。
「ごめんねいきなり。――もしかしてドン引きって感じ? もう友達、やめちゃった方が良いかもだよ? 今だったら、まだ……」
「引いてないし、友達だし。だいたい、今だったらなんだっつーんですか? その先言ったら俺、本気で怒るからね。……人事みたいで悪いけどさぁ。学校には勉強しに来てんだし、話し相手が居ないくらいだったらそこは大きな問題は無い、んだよね? それに俺にバラせるくらいだから今のトコ、それこそ実害は無いって事でもある。でしょ? ……誰からも虐められたり、してないんだよね? 利香子ちゃん、本当に大丈夫なんだよね?」
「うん、大丈夫。……虐められては、いない。――ただ優しいだけじゃ無いところがかえって男前。……ようクン、実はモテるでしょ?」
「また馬鹿にする。……十四年生きてきて、モテた例しがないんですけど」
「あ、馬鹿にしてるわけじゃ無いからね。言葉や態度、変に格好付けたりしないトコがイケてるって思って素直に、そのまま口に出ちゃったの。――怒ったならごめん。でも本当にカッコイイ、優しい男の子って思ったんだ。それは信じて欲しーな」
ま、嫌みとかでもないようだし、だったらたまには美人のお姉さんからカッコイイとか、言われても良いんじゃないかな。
普段言われないし。
「で、俺がカッコイイかどうかはおいといて。もう一つ教えて貰わないとここに拘ってる理由にたどり着かないんすよね?」
「今度はそんなに引かせたりしないと思うから安心して。あー、ありがち。って言う範疇だと思うんだ。実は一個目に重い方を選んだの。私が喋りたくないもんだから」
「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞く? みたいな? ……映画じゃないんだから」
大体その場合、選択権は聞く方が持ってるのが通常だと思う。利香子基準は結構横暴だ
。
「こっちのがショックは小さいと思ったから。だからあえてドン引きの方を先にしたの。あんまりにもショックを与えちゃったらその先を話さない選択肢だってあるでしょ。……それこそ、友達だし」
一応気は使ってくれているものらしい。気の使い方が全くわけわかんないけど。
「わかったようなわかんないような。いいや、じゃ。利香子ちゃんの秘密、二個目」
「あ、うん。なんかそう言うふりが入ると話づらく……。イヤごめん、いくよ? ――実は私、事情があって物が持てないの」
「はい? ……宗教上の理由、とか?」
――それともお嬢様だから? 箸より重いものは……。なんてのは良く聞くけれど、そう言うのは笑い話とか比喩みたいなものなんだろうし。
「そうでは無くて、具体的には言わないけれど体が、ね。……軽い物なら何とかなるけど、辞書のレベルでもうムリ。カバンなんか持てないし、扉を開けるのも不可、なんだよ」
力が入らない、力を出せないような病気なんだろうか。
ぶっちゃけ衝撃はこっちの方が大きい気がする。こんな重い話が、“あー、ありがち”なわけないだろ!
多少変わり者なんだろうと思っては居たが、利香子ちゃんの判断基準は普通の常識とは相容れない。
「こんな話、何県のどこに行ったらありがちなんですかっ! 巫山戯て話すようなことじゃないでしょう!? ――利香子ちゃん。真面目に大丈夫、なんだよね? 今、体!?」
「ようクン、ごめんなさい。怒らせるつもりじゃなかったの。勿論今のところは大丈夫」
「怒って当たり前です! 放火魔なんか抜きにして、ここに居たんじゃなんかあっても誰も気が付かないじゃないですか! 病気なんだったら尚のこと!!」
「ようクン、だからごめんって。そんなに怒んないで……。具合悪いならここに居ないよ。――それに私は基本ぼっちだから、なんかあってもそれこそ端から助けは望めないんだし」
「いくら何でもそんな言い方はしちゃ駄目だ! ……友達じゃなくたって、倒れたのに気が付けば友達で無くたって助けるよ! ――けど、ますます旧校舎に来る意味合いが……」
「私、だから自由に出入り出来るの、ここしかないの……」
……あ、だから理科室なんだ!
扉が壊れてスリムな利香子ちゃんなら通れる隙間がある、これなら開ける必要が無い。
他の部屋には行けない理屈だ。
カギは問題じゃない、だってカギが開いてても一人じゃ扉を開けられないんだから。
「確かにこの部屋なら扉開ける必要ないけど、だけど危ないんだって!」
「……それが理由じゃないよ。秘密を二つ話さないと、本当の理由は話せないって言ったの、覚えてる?」
「じゃあ他に理由が、あるの?」
「ある。……それこそ本当に話しにくいんだけど」
そう言いながら実験机からぴょん、と降りると部屋の奥、大きな棚と機材を並べる机が一緒になったような家具の方へと向かう。
誰かが立ち上がった形で放置されている椅子には目もくれずひょい、とその机部分にお尻を落ち着ける。
この人、端から椅子に座る気が無いんだな。
相変わらずほぼ音がしなかったが結構アクションが大きかったせいか胸元で揺れるペンダントがチン、と小さな音で鳴った。
「うんとね、……この辺で落としたんだ」
「利香子ちゃん、なんの話?」
「この棚ね、大きくて重いから動かすのが面倒。ってんで、昔からずっとここにあるの。この部屋、今は物置みたくなっちゃったけど以前はロボットのプログラム組む部屋だったって……。ようクンに、そんな事言ってもしょうが無いけど」
「ロボットの事だったら少し知ってる。……野球とロボット、筋金入りの準決勝止まり、純血の県立って」
「ロボットも野球もセミファイナルだけにミンミンの先高、なんてさ。良く知ってるね。ようクンはお家、この辺だったりする? ――あぁ、やっぱり。……ほら、そこにあるでっかい箱が先高時代のパソコン。もうレトロを通り越してこんなのガラクタだけど。使えないんだからとっとと捨てちゃえば良かったのに。――そしてね、私もロボット作りたくて、そんで科学部入ったんだよ。プログラムの担当だったんだ」
「でも……」
「勿論プログラムだけでは無くて、金属の加工に部品の組み付け、モーターとか通信の調整。ロボットなんてチームでやらないとどうにもならないことだからね。だから当時は物だってちゃんと持てたし友達だって居たんだよ。そして結構テンパってプログラムやってる時に、煮詰まって、うろうろして。そんで、その。……落とした」
多分病気になって、友達に迷惑をかけたくなくて、相手は迷惑だなんて思ってなくたって世話を焼かれるのが悔しくて。
……自分から距離を取ったんだろうな。利香子ちゃんは良くも悪くも、さばさばしてるように見えて実はその辺、微妙に面倒くさそうな人だもの。
そしてこの部屋。多分去年までは事実上ロボットのプログラム専用室、みたいなことだったんだろう。
利香子ちゃんが病気を患ったのが二年になってからだとすれば、一年生の時はプログラムを任されるくらいに優秀で、ロボットの根幹部分にも係わっていたらしい。
これはそう言う話、なんだろうけれど。
「……その日もね、手帳に挟んで大事に持ってたんだ。お守り代わりというか、元気の源っていうか、ヤル気のスイッチっていうか、生きる原動力っていうか。……だから部屋から誰も居なくなったら手帳から出して部屋の隅で、……ニヤニヤというかなんというか」
「利香子ちゃん。なんの話、それ?」
俺がそう言うと利香子ちゃんは顔を上げ、ちょっと潤んだ目でじっとこちらを見る。
想像以上に真っ赤っか、耳どころかおでこまで赤くなってる……。
「理由。ちょっと気になる先輩とツーショットの、写真。……ラミネートかけて大事にしてたんだ」
「ふーん。って。……えぇええ!?」
「ちょっと、ようクン! 驚きすぎ!!」
ちょっと大人びて、気ままで捻くれて、物事何でも斜に構えた女子高生、常禅寺利香子。
俺の中でキャラが崩壊した。




