金曜日3
放課後。あえて外靴に履き替えて旧高校校舎をゆっくり一周。
少なくとも俺に判るような“何か”は、当然発見出来なかった。
ただ、職員駐車場のすぐ近くに。
「ドア、だよな。工事用の出入り口、かな?」
工事中の仮囲い。白い鉄板の右端に重そうな鉄の扉が付いているのだがかなり隙間もある。
いくら常禅寺先輩だってここを抜けることは出来ないだろうが、それでも俺だって腕くらいは入りそう。
ドアノブに鍵穴は無く、ダイヤル式のチェーンロックがドアに開けた穴を通してぶら下がっている。その横には、
『県立峰ヶ先中高高等部第一校舎耐震・外壁改修その2外工事 発注・教育委員会施設部/監理・MTGデザイン(株)/施工・(株)峰田工務店 現場代理人 鈴木悟』
『建物の劣化部分を改修し耐震補強をする工事を行っています/峰田工務店』
と書かれた看板が2枚。
「ここから入れるのか……。でも、番号わかんなきゃ意味ないよな……」
前ににーちゃんに聞いた事がある。
工事現場のダイヤル錠、いくら何でも0000みたいなモノは使わないけれど一方。現場監督の人が来なくても開けられるように、みんなが忘れないような番号や簡単な語呂合わせになってる時も多い。
――安物なら引っ張ってダイヤル回せばわかンだけどな、と。
これはぶん殴られたり警察が来たりしない、過去のほほえましいほのぼのエピソードの一幕なんだろうと信じたいが。
取りあえず安物では無かったようで引っ張ってダイヤルを回してみたが手応えは変わらない。
ならば語呂合わせだけど。
例えば工事会社の電話番号下四桁だったり、例えば監督さんの名前から3106(さとる)だったり、例えば夏の工事だから6464(ムシムシ……虫と蒸し、どっちだ)とか。当然これでは開かない。
白鷺先輩を思い出して2610(フルート)、南町の白いセーラー服から7229(なつふく)。
……苦しいから、面白くないから開かない。とかでは無い。絶対に違う。
だいたい面白いから開くようではカギの意味が無いじゃないか。
単純にランダムな数字なのかも知れないしな。もう一個だけ、思いついたからやってみよう。
朝に工事の人達が、道具とヘルメットを持ってここを開けて入って行くんだよな。
――0840(おはよお)、何つってさ……。
割に才能あるんじゃないか? 俺。南町にすこし稽古を付けてやろうかな。――最後のゼロを合わせるとダイヤルの手応えが変わった。……えっ!?
「開いた……!」
足下の草は工事の人達が出入りしてるからか、すっかり道のようになっている。
工事をいつからやっているのかは知らないし、今日も誰も居ないようだし毎日工事がある訳でも無いようだが、いずれにせよ。
ここから出入りするなら足跡も残らない。
周りを確認する。ドアより先は雑草が生い茂り、振り向いても職員駐車場は直接見えない。誰も居ないのを確認して白い鉄板のドアを開け、中に入る。
やはり簡単に腕が入るな。一応チェーンロックは最後の0を1にしてかけておく。
仮囲いの中には道具をしまうんだろうか、
『学校敷地内は全面禁煙、駐車場・車内も禁煙です。ミネコー・スズキ』
と書かれた紙がドアに貼り付けられた倉庫が置いてある。
こちらはキチンとカギがかかっていたが、緑のテープと白いプラスチックの板でドアを完全に囲ってノブ以外見えない校舎の出入り口。
そこにはカギがかかっていなかった。
廊下に入ると、床も天井も壁もコンクリートむき出しで至る所にマジックで線や矢印、丸が付けられ、その横に数字や記号が無造作に書き付けられている。
その廊下を進んだ突き当たり。鉄パイプとベニア板、白いシートで作られた壁。そして
『授業時間帯8:30~15:30。騒音、振動、生徒に注意!』
『この先土足厳禁』
『許可無く開けないこと。指差確認、ドア施錠ヨシ!!』
標語が印刷された紙が何枚か貼り付けられた鉄のドア。
カギを開け、ドアノブを回す。ガシャ、ギィィ。とかなり大きな音を立ててドアが開く。
ドアが開いた先は、当然。例の理科準備室だった。
その後、全てのカギ、ドアをキチンと戻し昇降口に廻って上靴に履き替え、大回りで再度旧高校校舎理科準備室にたどり着いたのは約二〇分後。
準備室はカギが閉まっていたが、相変わらず『理科室・B』と書かれた札の下のドアは細く空いたまま。
『理科準備室・B』と書かれた札の下、ドアのカギを開けてコントローラを出来る最大で発動する。
今のところ俺には何も感じない。ドアを恐る恐る開くが人の気配は無い。
「先輩? ……常禅寺先輩? ――今日は来てない、すか?」
薄暗く埃っぽい理科準備室。ちょっと怖くはあるのだけれども、思い切ってカーテンを一枚開け放つ。夏の日差しが窓の下、暖房用の機械の表面を明るく照らす。
太陽の日差しは強いが部屋の奥までは入らない。季節が進んで太陽が低くなっても、今度は当然他の校舎や、木に遮られてそもそも入ってこないだろう。
……太陽光が原因の自然発火は今回の場合は、あり得ない。
本来強化したかった理屈はここで完全に崩壊した。
黒板の前、常禅寺先輩のお尻のかたちに埃の無くなった机の上は零れたインクで黒く汚れ、窓際手前の実験テーブルには割れたビーカーの破片。昨日と何も変わらない。
そして廊下側後列の実験テーブルの上、なんだかんだで昨日よく見ることの出来なかった天秤ばかりをじっくりと見る。
……鉄製の拗くれた針は、確かに手で曲げようとして曲がらない厚みでは無いけれど。だけどよく見れば、間違いなく塗装の焦げた跡があった。
――あちゃ、めっかっちゃったなー。おまえら。タバコ吸ってんの、お父さんとだいちゃんには内緒だぞ?
――わっ、危ねーから触っちゃダメだでば! 火だかんなこれ。あっついんだかんな、火傷すっからなマジで! 火傷ってわかるか? いってーんだぞ?
――それに子供が火なんか イタズラする と寝小便 漏らす っつーんだぞ!?
それから一〇年あまり。
未だにランちゃんは、にーちゃんにタバコ吸ってるのはバレてないと思ってるんだけど、それはともかく。
そのランちゃんからタバコは普段二〇〇度強、吸い込んで赤く光っている時は七〇〇度以上あると聞いた事がある。
鉄をねじ曲げるなら何度必要でどのくらい炙らなくちゃいけないんだろう。
間違いなくタバコよりは熱いはず。
聞いた話ならこの針はみんなの見ている前で赤くなってねじ曲がった。
ボールペンの頭もそうだが、ファイアリング以外でやろうとした時、そんな仕掛けは出来るだろうか。例えばレーザーなんかではどうなんだろう、
でもそう言う機械は、気軽にイタズラで使える様な値段で売ってるもんなのかな……。
「ようクン、またなんか調べてんの? ……もう来ないのかと思ってたよ。今日はつっきーのは一緒じゃ無いの?」
ちょっとハスキーな声にびくっとして振り向くと、隙の無い制服にやや長い髪。
肩から斜めにかかった皮のベルト、胸元に光るペンダント。
常禅寺先輩が実験机に腰掛けていた。
「わぁっ! ……だっ、じょ、常禅寺先輩っ!? どっから沸いたんですか! つっ、月乃は今日は部活、です」
一応レシーバの能力者なんだから、人の気配くらい拾えたら良いのに。
わかるのは月乃のどうでも良い独り言のみなんだよな。当然コントローラもノーヒット。
結果、昨日に引き続き、またしても無様にびっくりすると言う事にあい成った。
「自分で扉、開けっぱ全開にしてた癖に。私をボーフラみたく言わないでくれる?」
「昨日と言い今日と言い、なんで気配を消して現れるんすか! びっくりするじゃ無いですか! ……確かに開けてましたけどね、入り口」
これは何かあったらすぐに逃げられるようにわざとそうした。
かっこわるい? 冗談じゃ無い、退路の確保は何もイタズラだけじゃ無い。
直接命にかかわるんだから当然だ。
「意図的にやってるわけじゃ無いんだけどなぁ、結果的に二日連続でおどろかしちゃったねぇ。ははは……、悪ぃね。ごめんごめん」
昨日もそうだったが常禅寺先輩、喋り方に反して動作全てが優しく上品な感じ。
だから立ったり座ったりは勿論のこと、当然歩く時にも音を立てない。
昨日だって音がしたのは、ちょっと神経質にお尻をぱたぱた払ってる時くらい。
実はこう見えてお嬢様なのかも知れないな。
制服の着こなしなんか、身近なお嬢様である我が天使長様や白鷺先輩に通じるところがある。
実は二人とも本当に旧家のお嬢様だし。
それに俺はともかく。
月乃はああ見えて実は神経質なところがあって、だから人の気配とかそう言うものには結構敏感だ。
その月乃でさえ、昨日は部屋に居たことに気付かなかったくらい。
だからわざとやってると言うなら、これはもう学校に潜入したスパイと言っても良い。
県立に探られて困る秘密があるのか知らないけど。




