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火曜日1

「それで、つっきーはなにか言ってきた? 陽太」

「あれ? あいつ、お前んとこに連絡してねぇの? ――勝ったってさ、初戦突破だ」



 塾の帰り道。俺、愛宕陽太(あたごようた)は白い半袖セーラー服を着た幼なじみ、南町千景(みなみまちちかげ)と並んで、先ずは南町の家を目指し自転車を押していた。

 七月も半ば。梅雨明けこそしてないが、このところはそこそこ良い天気が続き、セミも鳴き始め、気分的には完全に夏。


 何故かあえてこの季節に髪を伸ばし始めた南町、既に耳は見えなくなっている。

 なんで今、伸ばし始めたんだろ。

 ……女子はみんなそうなんだろうけど、暑くないのか?

 短いのもこいつには似合ってた気がするんだけど。


 長さが半端なせいで角度によってはヘルメットみたいに見えなくも無いが、それも有りかな。と思わせるのは、ちょっと悔しいが元が良いから。と言う結論になるんだろうな。

 こいつの場合、それを自分で言いかねないからムカつくんだけど。


 一応、俺の制服もブレザーが無くなって胸ポケットの上にMJHSの文字と、袖に銀の糸で校章の刺繍が入ったワイシャツだけになったのに、なんでネクタイ締めなきゃいかんのか。

 大人はクールビズとか言ってワイシャツだけじゃ無いか。


「ケータイが学校からサイレントモードのままだったわ。つっきーの色でピカピカしてる」

 だろうな。大親友である南町に双子の妹、月乃(つきの)が試合結果を報告してない訳が無い。

 ……でも学校でも電源は落とさないのか。それはそれで頑固なヤツだな、相変わらず。

「それじゃ家でなんかあっても連絡付かねぇだろうが!」


「勝ったぜ! ぶい!! だって。――でもスゴいね、県立中等部が勝ち上がるなんて」

 部活動はおまけ、お勉強第一。

 が。我が県立峰ヶ先中等高等学校である。

 当然その事は周り中みんな知っていて、まぁ結果。

 何時ものごとく俺が説明しなきゃいけない、と。


 但し。地元新聞のスポーツ欄に依れば、今年の県立女子サッカー部は強いのだ。


「嘘かホントか、新聞によれば今年の県立女子サッカー部は、県下最強クラスだってよ」

「次はつっきーのメールによると、……セントヴェロニカ女学院中等科。って、あのお嬢様学校でしょ? 強いの?」


「ヴェロニカは、東北ではクラブチームまで含めての中学女子サッカー最強チームなんだよ。中総体もあっさり優勝しちゃったし、今期も公式試合PK以外無失点。東北大会なのに二試合目で県内の最強と当たっちゃうとかさ。どうなってんだよトーナメント表」


 東北大会とは言いながら、参加校が少ないので予選リーグは無し。四回勝てば優勝。当然、県立峰ヶ先中高中等部女子サッカー部の目標も四勝となる。

 本来お役所主導で無いこの手の大会は、県立は出場を見送るはずなのではあるが、地元の新聞やらラジオやらで最強を連呼されたので学校側としても欲目が出たらしい。


 ――さておき、中学女子サッカーにおいては全国区で学校の名前を轟かせ、当然優勝候補筆頭で、

【ジュニア世代青田刈り! 次世代のなでしこはこの子だっ!】 

 なんて、サッカー雑誌が特集を組むような選手がゴロゴロ居るトコと二戦目に当たる。

 くじ運悪すぎだろ、としか言い様が無い。


 それに三位以上なら東北代表として全国大会決定、と言うおまけが付いてくる。

 せめて二勝しないと得失点差での滑り込み三位、それに挑戦する権利さえ与えられないと言う訳だ。



「ヴェロニカってお嬢様学校なのに強いんだ……。でも、今年は県立も強いんでしょう? お母さん、新聞につっきーの名前が書いてあった。って言って喜んでいたし」

 県立中等部女子サッカー部は創立以来最強、と言われつつ中総体一回戦敗退。

 現在なんの実績も無い。

 だいたい創立以来最強とは言え、創立から五年しか経ってないんだけど。

「一発勝負に期待だ。――月仍以外には悪いけど、地力じゃヴェロニカには敵わないよ」


 聖ヴェロニカ女学院。

 その濃紺の制服を着た女子中高生は県内男子憧れの的である。

 幼稚舎に始まって大学まで、東北どころか国内でも屈指のお嬢様学校ヴェロニカ。


 公立優位の田舎にあって、私立でありながら例外的に入試が難関を極める学校であり、幼稚舎の入園資格に両親の収入基準がある。とまことしやかに噂が流れるほどだ。

 年齢問わず各種部活動ではサッカーから百人一首まで全てがトップクラス。


 当然中学の吹奏楽も全国大会の常連。彼らの演奏は人数も内容も、少なくともウチじゃ太刀打ちできないと思わせる。

 綺麗な演奏ってなんだろう等と考え始めたのは彼女らの演奏を聴いてからだ。

 ちなみにマーチングバンドもやっていて、やはりというかこちらも全国区。


 更にスゴいのは全国模試でも必ず上位に聖ヴェロニカ女学院の文字がある事。

 しかもそこまでの学力を持ちながら、ほとんどの高等科の生徒は国立や有名大学などを受験すること無く、そのまま評価としては中程度の女子大へとエスカレーター式に上がっていくのだ。


 ……県立、学費以外にアドバンテージ無いんじゃねぇの?



「つっきー、やっぱり百中に来なくて良かったね。わざわざ受験したかいがあったよ」

「ん? なんで?」

百ヶ日中学校(ウチの学校)、そもそも女子サッカー部がないもの」


 あぁ、なるほど。

 創立以来最強を謳われるチームで、二年生ながら一〇番を背負うことを許されたエース。

少なくても月仍についてはアドバンテージ、あるんだな。


「サッカーに限っては、月仍はそうかも知んねぇな。試合用のユニなんか絶対洗濯機に入れねぇの。風呂で手洗いしてんだぜ、アイツ」

 梅雨であろうと明日使うのであろうと、月仍は試合用のユニフォームに関して言えば脱水も乾燥機も絶対かけない。


「……そう言うの、私も欲しいな」

「そういやお前科学部だっけ? ユニは無いだろうけど白衣を大事にしてみるとか」

「そうでは無くて。……なんか、こう。青春をかける! みたいなものが欲しいなぁと」


「そう言ったモノを探すのに人は生きていぐのよ。すぐにめっかったらつまんねーベ?」

「ランさんの物まね、変に似てるから辞めて。……まぁ、そんな事言われそうだけど」


 我が家の同居人、心理学者を放り出して現状職業物書きのランちゃんこと黒石蘭々華が、前に似たようなことをコラムで書いていたのを思いだして、彼女の口調で翻訳してみたが不評のようだ。

 ただ一発でわかるくらい物まねが似てるのに不評なのはどうなんだろう。


「でもそんなもんだろ? そんなの大人だって持ってる人の方が少ねぇんじゃね?」

「なんとなく生きていくよりはその方が楽しそうじゃない? ……ウチでお茶でも飲んでいく? それとも予定とかあって寄っていけない感じなのかしら?」


 時間は八時を少し回ったところ。

 どうでも良い話をしている間に南町の家の前に着いた。

 ……最近は駄洒落キャラを諦めつつあるようで、会話が進んで良い事ではある。

 今のもいつものどや顔がないから、自分で言っておいて気が付いてないんだろう。

 ――からの、なんて事も無さそうだし。ならば触んないでおこう。


「いや、辞めとく。今日はにーちゃんが出張で家にランちゃんしか居ないんだ。つまり晩ご飯、これから戻って俺が作んなくちゃ」

 しかし、言い訳があって助かった。

 いくら幼なじみとは言え月乃も居ないのに夜に女子の家に寄るのは、これはこれで中々気がひける。


「ちょっと待ってよ、これから作るの? 晩ご飯一〇時過ぎになっちゃうじゃない!」

「味噌汁は今朝作ったし、卵焼きとあとはなんか冷凍でぱぱっと適当に。とにかくご飯の用意しないとさ。ランちゃんの場合、食事自体忘れちゃうから」


 事実。何かに熱中し始めると、文字通り寝食を忘れるタイプの彼女である。

 今日は忙しくないって言ってたからリビングでテレビとか見てるかな。

 部屋に籠もってるんで無いならお腹が減ったことを忘れることはなさそうだけど。


 ちなみにランちゃん。

 料理にカテゴライズされるもの全て、冷凍物含め、パンを焼く以外は一切作れない。


「あ、そうだ。一昨日買ってきたの、忘れるとこだったわ。はいこれ」

 南町は駅前にある、町内の女子中高生が集まる雑貨店のマークの付いた小さな紙袋を、カバンから取り出して俺に渡す。


「つっきーに教えてもらって。……一応似たようなヤツ探したの、それが一番近いと思う」

「サンキュ、恩に着るよ。ごめんな、月仍も一緒に行くはずだったのに……」

 女子サッカー部は県立の部活動にしては珍しく先週は土日も練習があった。

 ……っていうか、レギュラー組のくせになんで練習の予定、把握してねぇんだよ。

 あのバカ。


「いいよ。つっきーは試合あったし、たまには駅前にも行かないとバスの乗り方忘れちゃうよ。まぁ陽太と二人っきりでお買い物。って訳にも、お互い。なんと言うか、行かないだろうし、ねぇ。――値段のタグは切って貰ったからその辺は大丈夫なはずだけど……」


「気を使うってそういう事なんだよな。なんか大人だよ、お前のそういうトコ。――こういうのは月仍じゃ安心して頼めねぇ。やっぱ南町で無いとな。今度なんかおごるよ」

「良いってそんなの。……それに褒めすぎ。プレゼントでしょ? なら、これが普通」

「いくらだった? ――――うん、わかった。今度の塾の日で良いか?」

「いつでも良いよ。……家も、ほら。近いんだから。えと、塾の日で無くても。良いし」


「もしかして困ってるか? ごめんな、だったら明日学校ひけたら持ってこようか?」

 お金の話をあんまりしつこくしたからなんだろうか、多少南町の機嫌が悪くなった。

「別に困ってないから……。お金、塾の日で良い。おやすみ陽太、ランさんにも宜しく」

 それでも律儀に挨拶をしてから玄関に引っ込む、相変わらず基本良い子の南町だった。


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