木曜日6
雨の上がった塾の帰り道。
空気が綺麗になって、涼しい風が気持ちいい。
さっきの雨は梅雨の雨と言うよりはもう、夕立と言って良いだろう。
……結局。今日の講義は全く頭に入らずじまい。にーちゃん、ごめん。
自転車を押す月乃と並んで歩く南町にはハンカチのお礼と、そして霊能者にされてしまったことを恨みがましくねちねちと話す予定だった、のだが。
但し当の南町本人はそんな話を誰かにしたこと自体忘れていたようで、多少カマをかけて見たものの、俺と月乃の会話もまるで覚えては居なかった。
やはり噂なんてものは当てにならない。
本当にただ尾ひれを付けた話が一人歩きして、大きく大げさになってしまったらしい。
南町が科学部なのにオカルト的な原因が見つかった感じなのも不味かったよな。
噂の底上げというか、裏付けというか……。
まさか自分が都市伝説の主人公になるとは思ってもみなかったけど。
――噂を流した人、本当に死んだりしてないだろうな……。
「つっきー、陽太、ごめんなさい。そんな話になってるだなんて知らなくて」
……そして謝られてしまえば、もうこちらから何かを話すところでも無いんだけれど。
でも初めからそうとわかっていれば、田鶴先輩からの依頼は断れたと言う事でもある。
しかし断ったら断ったで、今度は常禅寺先輩の危機を俺達が知ることは無かったわけで。まぁなんと言うか、痛し痒し。っていうんだっけ? こういう状況。
で、なんと言うか。今日は月乃が借りてた本を返すとか何とかで、今日は南町の家にお邪魔することになっていたのだった。
自転車を門の後ろに止めて、挨拶もそこそこに二階へあがる。
相も変わらずやたらに片づいた南町の部屋。
「ごめんね、今日はあんまり片付いていなくて」
これ以上どうやって片付ける気だ。もう片付けの手段が、ベッドを窓から放り投げて床のフローリング剥がすくらいしか見当たらないぞ。
「ふーん。……科学部の部室に幽霊、ねぇ」
「本当になんかあるとして、そんで俺達にもそれなりの力があったと仮定してそれでも。高校級の科学知識を打ち破る幽霊なんか、俺と月乃で何とか出来るわけがねぇだろ?」
「このクッキー、お母さん作ったの? メチャうま! ……売ってるヤツなんかもう食べらんないよ。――そう言う意味ではさ、私と陽太って完璧、人選ミスだよねぇ」
南町のお父さんはアウトドア大好き、お母さんはお料理大好き、そして二人ともお客さんウェルカムな人達。
今日俺達が来ると聞いていたお母さんはクッキーを焼いておいてくれた。
月乃の言う通りやたらに旨い。……お土産に持って帰りたい。
「ねぇ、陽太。燃えた物って今わかる?」
そう言えばこいつも科学部だから燃える、と言う現象については詳しいかも。
……カバンからメモ帳を取り出す。昼に購買部で買ってから、調査に必要だ。とか誰に対してなのか自分でもわからないが格好を付けて、なんとなく書いておいた。
やはり格好は付けておくものだ。
「んーと、ノートの端、付箋、手に持ったトランプのど真ん中、口にくわえたお菓子、パック飲料のストロー、コンビニのポイントカード申込書、アルコールの入ってないアルコールランプの芯。……と、まぁここまで燃えた物」
「燃えた物? 燃えなかった物があると言うこと?」
「溶けたり歪んだり壊れたりしたものがあるんだよ」
「……何、それ?」
「えーとな。天秤ばかりの針、ビーカー。――あ、これは燃えないで割れたんだけどな。その他データ伝送装置の電源、ポータブルレコーダのマイク、ビデオカメラのレンズ、は――これも黒焦げになって割れてたそうだ。……それとボールペン、か。知ってるのはこんなとこかな」
こうして改めてリストアップしてみると、燃えた物に関してなんとなく関連があるようなないような。
そして壊れた系のものに関して言えば俺のボールペンも含めてこれは明らかに警告や調査を妨害しようとする意図を感じる。
……さっきメモ帳に殴り書きした通り、自然現象と言うには無理がある。かも。
「燃えた物のうち最初の方は結構簡単に火が付くんじゃないかな。水とか入っていないまでも、窓際にフラスコとかが有ったんでしょ?」
「あった」
「あとそう言う部屋だったら、誰かが窓に透明な吸盤とか付けてない? 例えばマスコットとかに付いてるようなヤツ」
「よく見なかったけど、吸盤? ねぇチカ、それは透明限定?」
「学校だから窓は基本南向きよね。……小学生の時、虫眼鏡で紙を燃やしたでしょ?」
……実験で、な? お前の言い方じゃ無差別に火を付けて廻ってるみたいだよ。
こいつの話がいきなり三段跳びするのはいつものことだけど。
「前に消防団から来た回覧、見なかった? 太陽が出てる時に、ビンとか吸盤がレンズになって火事になる事があるから窓際に置かないで。って言うやつ。だからトランプの真ん中なんて言うのも意外に自分で焦点合わせちゃった可能性はあるわよね」
手に持ったトランプのど真ん中。相手が長考に入って、順番が回ってくるまで別の人とおしゃべりに熱中してたとしたら。当然絵柄が見えないようにトランプは立てたままで。
……確かにそう考えれば火が付くかも、とは思える。
「それに機械の電源装置って意外と簡単に壊れるよ。コンセントと機械の間のあの箱、でしょ? お兄ちゃんが高校生だった時、パソコンで火事を起こしかけてお父さんにめちゃめちゃ怒られたことがあるの。お兄ちゃんの部屋からスゴく変な匂いがしてね。改造したパソコンが電気使いすぎてたんだって」
……なるほどな。天秤ばかりを手でねじ曲げて、ビーカーを何らかの手段で割ることが出来れば幽霊は居なくても済む道理だ。――俺のボールペン以外は。
ボールペンのことが無ければ俺も月乃もこれで納得しただろう。
「実際はともかく、理由なんてどうにでもこじつけられるんだろうけど。――県立高等部の科学部がオカルトに傾倒しているとか、憂いを感じざるを得ないわね。幽霊だけに」
「それ、巧いこと言えてんのか? 本当に」
駄洒落キャラ、諦めていなかったか……。こうなると突っ込んで良いものやら。
――そして何でも無い言葉にも聞こえるが、付き合いの長い俺とそして月乃にも当然わかっただろう。本気で憤慨してる。
それに自分で気付いて誤魔化すために駄洒落を入れたんだな。
何故南町がそんなに残念がる必要があるのかがわかんないけど。
「しかし南町が県立の科学部に期待するところがあるってのも、良くわかんねぇな」
「一応、科学部繋がりと言う事で」
「ん? ……なぁ、陽太。うちの科学部って有名なのか?」
「そうなのか?」
「え? 高等部、ロボットで有名なのに知らない? 二人とも県立に通っているのに?」
「ロボット? ロボットねぇ……。月乃知ってるか?」
「うーん、……知らない」
「高等部って校舎も部活動も基本的に別々なんだっけ? なら中等部だから知らないのかも知れないね。先岡高校の時から有名だったのよ?」
ロボットは工業高校とか高専とかが結構力を入れているらしい。確かに何回かテレビで見たことあるかも。でも県立でロボットって個人的には聞かないけど。
「毎回、地区予選の準決勝くらいまでは行くのよ。だから当然全国大会とかは出ないけど」
峰ヶ崎中等高等学校になる前。
峰田村立峰田中学校と合併する前の県立先岡高等学校。
女子比率が6割を超え、特に特徴の無い普通高校でありながら就職率のみは七割超を誇った。
その学校が並み居る工業高校や高専を向こうに回して、ロボットでやりあっていた?
「お兄ちゃんの友達が先高でロボット作ってたって聞いてね。それからファンというか、応援しているというか、思い入れがあるというか……。ご近所だし、今や友達も通っているし、普通高校なのに凄いって思っていたの」
――去年も県立、代表一歩手前まで行ったのよ? なんで在校生が知らないのよ。
そう言いながら南町はジュースを俺と月乃のコップに注ぐ。
「氷、無くなっちゃうね。持ってこようか」
「良いよ。もうすぐ九時だもん、そろそろ帰らないと」
『ねぇ陽太。常禅寺先輩もロボット、作ってるのかな?』
取りあえず、
保留。
のジェスチャ。いくら受信を俺限定にしているとは言え、南町の前でもあまり使うなって言ってるだろ。
こいつは自分で気付いてないだけでかなり高いテレパスの素養があるんだから。
レシーバとしての才能はもしかしたら俺より上かも知れない程の強力さなんだし、バレたらどうする。
で、能力の事はひとまずおくとして。
――俺が見たことあるくらいだから当然、ロボットの大会には地方予選からテレビ取材も来て、更には全国大会もある。
ならば多分、部活総出での全力イベントになるはず。
その時、常禅寺先輩はどうするだろう。
二年生なら主力チームでは無いにしろ手伝いくらいはするのが普通だろうけど。
「お父さんに聞いたら、合併前の先岡高校の頃から野球とロボットは強いけど両方準決勝止まり、ってこの辺では有名だったみたいなの。両方とも強豪校として一応全国区で名前は有名らしいわ」
「野球は聞いた事あるな」
そう言えば。
『今予選屈指の好ゲームは延長戦に入るかと思われた矢先の9回裏、サヨナラでの劇的な幕切れとなりました。県立峰ヶ先中高高等部は二年連続二度目、先岡高校時代から数えればなんと九度目のベスト4でしたが、悲願の県大会決勝進出はまたもなりませんでした』
って去年テレビのローカルスポーツのコーナーで言ってたし。
優勝じゃ無くて決勝が悲願になっちゃってるな、と思ったんで覚えてた。
野球好きの人達には有名なんだろう。
地元としてはもっと野球に力を入れて欲しいのが本音のようだけど、県内屈指、いや最高の進学校と言うのがウリの県立だけに、他の部活動と差を付けるわけには行かないし。
にーちゃんによれば、今の顧問の先生はそれこそ全国区で知名度がある人らしいけど。
「その尊敬する県立高等部の科学部が具体的な調査も無しに幽霊を肯定するとか、私としては落差を感じざるを得ない感じなわけなのよ。高低差がありすぎる、と」
「……気が付かないでスルーしちゃうトコだったじゃ無いか、わかりにくいよ!」
「拾ってくれてありがとう。友達って大事よね。――ともあれ、火が付いているのが本当だとすれば、このあいだのような、集団ヒステリー的なものでは無いのよね? だったらつっきーと陽太じゃ手の打ちようが無いかも。……今回はなんか“わかった”り、しないの?」
「今回は“本物”のアドバイザーも居ないしな。そもそも俺達には霊感なんか無いんだよ。二人とも零感、だから」
「負けたわ、陽太。……なんか悔しい」
――昨日、月乃にお前より非道い。って言われたんだけど……。




