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木曜日5

「うーん。――あ、ところで常禅寺先輩はチャリ通かな、バス通かな? どっちだと思う?」

「なんで急に?」

「いっつもちょうど今頃バスが来るんだ、定刻一五分遅れだけど。だからバス通なんだろうなって思って。……ここからだとバス停までギリだけど、上手く乗れたかなぁって」


 出て行った時間から考えるとちょうどバスの時間に合う、と言う事か。

 良く知ってるな、細かいとこまで――月乃は当然自転車だが、友達に付き合ってバス停で喋ってるもんな。


「ならバス通なんだろ? 時間気にしてたしな。――今日の所は俺達も帰るか」

 そう言いながらさっき購買部で買った小さなメモ帳とボールペンを取り出す。

「ん? 帰るんじゃなかったの?」

「簡単に見取り図を書いてみようと思って。そうすれば家に帰っても考えられるだろ?」

 先月、資料を持ち帰って後で考える。と言うのが意外に有効だとわかった。

 パソコンで打ち出した航空写真と手書きの見取り図じゃ雲泥の差だけど、これはもう無いよりマシ。


「メモしちゃうからさ、ちょっと理科室の扉、見てきてくれるか?」

「わかった。――でも閉まんないんだろ?」

 あのか細い先輩のことだから、力が常人並みにあると思う方が間違ってるだろう。


「常禅寺先輩の力では、だったりするんじゃ無いか? お前の馬鹿力なら動く、とか」

「こないだの中間試験、私の方が上でしょ? だから私の場合は、かしこぢから。だ!」

「力余ってるのは否定しないのな。……何でも良いよ、宜しく」



 黒板の前、ついさっきまで常禅寺先輩のお尻がのっかっていた机。

 お尻の形に埃の無くなった所にメモ帳を置いて、キャップを口にくわえて簡単に見取り図を書く。

 ……なんかほんのり暖かい気もするが、全ては机に座る先輩が悪いのであって、俺は机の正しい使い方をしているだけ。ただそれだけのことだ。


 しかし、見取り図を書き始めるとそんな事はどうでも良くなる。

 線は曲がり机の大きさはまちまちに。しかもボールペンだから書き直しも出来ないし。


 なんで大人はボールペンでメモ取るんだろう。

 ランちゃんやにーちゃんが、普通に電話や話をしながらメモ取ってるのを思い出して真似しようと思ったんだけど。

 ランちゃんみたいに話ながらメモ帳を一気に字で埋め尽くしたり、

 にーちゃんみたいに電話しながら、ある程度精密な図面や場合によっては立体図まで書く。なんて事は絶対に出来そうも無い。



 そうこうしてるうちに月仍が戻って来た。

「無理に閉める必要ないわ」

「なんで?」

「扉、ビクともしないし。それに私あの隙間通れないもん。おっぱいとお尻が引っ掛かる」

「嘘つけ! 胸にも尻にも、お前には引っ掛かる物が付いてないだろ! むしろ常禅寺先輩、あの胸でなんで通れるんだよ。――ま、だったらカギはこっちだけで良いんじゃね?」



 常禅寺先輩の専用出入り口。スリムな先輩だからこそ通れる、と。そういう事らしい。

 でも体格としてはそれほど細い、というか薄い、と言うか。そこまでじゃ無かった気もするけど。

 胸だけ見たって、月仍と比べるのは明らかに失礼と言うものだ。


 いや、月仍と比べるから。なのかも知れないな。

 上背は間違いなく先輩の方があるけれど全体の筋肉自体はサッカー部の月仍の方が多いから通れない。みたいな感じなんだろう。

 そう思えば確かに背中はやたらにか細く、か弱く見えたし。


 そう、俺は先月思い知った。女性を語るために一番大切な部分、それは背中なのだと。

 ……変態扱いされるだろう事は火を見るより明らかだから誰にも言えないけれど。



「書けたか? ……うっわ、何コレ?」

「うっせぇ! あとで大きい紙に書き直すんだから俺だけわかれば良いんだ!」

「メモの意味、無くない?」

 口が滑った。書き直さなきゃいけなくなった……。


「よし、とにかくおっけー。……帰えっか」

 現地も見たし、簡単にではあるが図面も書いた。今日は終わりで……。

 なんだろう、なんか違和感があるんだけど。

 ――ペン先から。……煙が上がってるっ!?

「陽太っ!」



「あっちぃ!」

 思わず叫んだので咥えたキャップが足下へ転がる。

 一瞬ボールペン先っぽの金属部分が赤くなると、まるで線香花火のように。

 ――ぽとん。という感じで落ちる。

 反射的にボールペンを机に放り出す。


 金属の部分はすぐにくすんだ鉄の色になり、机の天板に小さな焼け焦げを作っている。その隣に歪んで先っぽをもぎ取られたようなプラスチックの軸。

 ボールペンのインクで黒く汚れていく常禅寺先輩のお尻の形に埃の無くなった天板。

 ほんの一瞬で、ボールペンのキャップはいつもと逆に填まるべき本体を無くした。



「陽太、大丈夫か!」

《くっそ、わかんなかった!》

 月仍の言葉と一緒に裏トランスミッタが飛んでくる。

 通常版と違ってこっちはある程度言葉に感情まで乗ってくる。

 意図的に使う以外は感情的に高ぶったときだけ発動する能力。

 悔しがってるのがよくわかる。何でだ?


「体は何でも無い、メモ帳も無事。ボールペンは、もう使えないな。えっと……」

『喋んな! 今。私、アンプリファイアで張ってたんだ。間違いない、能力者が居た。どこに居るかまではわかんなかったから、だから、特に能力関係のことは一切喋んなよ? 聞かれたらヤバいを通り越す、今度こそ狙い撃ちにされるぞ!』

《ボールペン、さわんな! 火傷するだろ、ばかっ!》

 イエス。

 を返す。一番不味い展開だ。



 胸ポケットからシャ-プペンを取りだして筆談に切り替える。

【おちけつ、受信おれげんていでもっかいカクニン。無さべつトランスミタは無しな?/ウラも飛んできてるぞわざとか?】

『え、裏ミッタ? ……わかった、ごめん。少し落ち着く』

【カーテン閉める、おまえ後ろ?】


 カーテンを閉めようとして手足に力が入らないのに気付く。

 ……当たり前だ、目の前で、しかも自分の握ってるボールペンが溶け落ちるなんて、そんな経験したこと無い。


『もう何も感じない……。やっぱり外からだと思うか?』

 イエス。を返す。理科室、準備室共に誰も居なかったのは直前に確認している。

 廊下側には全て閉まった曇り窓。今のは明らかにボールペンの頭を狙いに来たとしか思えないし、目視出来なきゃあんな芸当は出来ないだろう。



 よってファイアスタータが居るなら外しかない。

 カーテンを閉めてしまえば少なくとも見えないんだから狙い撃ちはもう出来ない。

 乱れ打ちされたらそれこそたまったもんじゃないが、そんなに体力が続くわけが無い。

 ……と、これは希望的観測ってヤツだけど。



【のうりょく入れっぱでじてんしゃ行く。はつどうキープで歩けるか?】

『おっけ。多分大丈夫。駐輪場じゃ無くて校門出るまで口をきかない方が良くないか?』

 現状何もわからない。

 イエス。

 としか返し様が無い。

 震える手で準備室にカギをかける。


 早歩きで全く人気の無い旧高校校舎から渡り廊下二つを途中からショートカットして、中等部校舎昇降口の下駄箱までたどり着く。

 多少上靴が汚れてしまったが非常事態なので仕方が無いだろう。



 当たり前だが周りにはもう普通に人が居る。

『高校旧校舎周辺は誰も居なかった……。気配も無かったよな?』

 イエス。を返してから書き殴ってメモ帳を見せる。

【雨がふってるから居ればめだつすぐわかる気配も無し/自然げんしょうと言うはムリあるな?】

『狙わなきゃボールペンだけ、あぁはならない。でしょ? わかってるくせに』

 イエス。

 を返すとあとは靴を履き替え黙々と駐輪場まで歩き、小雨そぼ降る中せかされるようにカギを開けて、色違いの二台のママチャリは気が触れたように一気に校門まで。



 校門前はバス時間にも外れ、雨がふっているので俺と月仍の二人だけ。

『今のトコ何も感じないし、もう良いんじゃない?』

「月乃、……マズいぞ、マズい、めちゃくちゃヤバい。常禅寺先輩が危ない!」



 足が笑っちゃってる、もう漕げない。自転車を降り、ベンチの幅分の小さな屋根が付いたバス停のベンチに座る。

 命がけで逃げたのって物心ついてから多分始めてだ。なんか初めてが多いな……



「そのままでも良いかな。なんてさっき言っちゃったけど、そんなのダメに決まってる! さっきだって、たまたま俺が机の上から落とさなかったから火が付かなかっただけだし。

……どこから準備室狙ってるのかファイアスタータの位置を特定しなきゃ。だって先輩が昼寝してる時にソファ狙われたらそれで終わりなんだぞ!」


 今此所で、何もありませんでした。

 と我が天使長様にメッセージを投げて終わりにすることだって出来るし、あそこにはもう近づきたくない。

 と言うのは本当のところだけど、それでも。

「そうは言っても連絡のしようがないよ。今更だけど番号、聞いとくんだったね。――でも、行かないでって言っても聞いてくれる人じゃ無さそうだし……。陽太、どうしよ」


 昼寝しないでくれって頼んだって絶対聞いてくれないよな、あの人。

 事情を説明するわけにも行かないし。もっとも、


 ――超能力で燃やされますよ、マジ、チャーリーすっよ。ヤバいんですって。


 ……そんな話をしてみたところで、超現実主義者の常禅寺先輩が納得するとは思えない。

 むしろ夢見がちな中二の妄想話として聞く耳さえ持ってくれないだろう、と言うところまでは容易に想像が付く。

 カーテン開けないように頼んだら、それくらいは聞いてくれるだろうか。



「ところで、能力の発動がわかったのに位置が特定出来ないってどんな感じだった?」

 そう言えば、俺も先月似たようなことがあったばかり、そしてその時月仍は何も感じることが出来なかった。今回は逆だ。


 片方がバックアップ。俺が思いつきで白鷺先輩に言った、二人一組で無いと意味の無い霊能者双子と言う説明は、だからある意味正しいと言えた。



「ごめん、上手く説明出来ない。なんか居るのはわかるのに方向が絞れない、みたいな」

「気にすんな。俺はまるでわからなかったし。……近くに居た感じだったのか?」

「感覚的にはその辺に居たはず、なんだけど。まるで位置がつかめないんだ。――意外と本気で降ってる。陽太、合羽着た方が良いよ?」

 本当は駐輪場で着るんだけどな。

 雨のふる中、校門前まで自転車を漕いだ上で、慌ててバス停に避難して合羽を取り出す頭の悪い双子の図。である。


「そうだな。雷も止んだしピークは過ぎたみたいだけど、まだやみそうじゃ無いもんな。――なぁ月仍、学校の見取り図って何処行ったら見れるっけ?」

「本校舎の来賓玄関の前とか? つーか、ネットで航空写真じゃダメ?」

「それだ! すぐに帰ってあそこを監視出来るトコ探そう!」

「ちょっと小さいけどケータイでも見れるよ」


「そりゃそうだ、どうかしてるよ俺。合羽よりも先ず携帯だ!」

 ファイアスタータは何処かから準備室を見ているはず。先ずはそこを特定しないと!

「でも陽太、その前に」

「常禅寺先輩の命がかかってるんだぞ、いったいなんなんだよ?」

「あのさ。忘れてるようだけど今日、木曜日。塾の日だったり……」

「…………」

 確かに、サボるわけにもいかないんだけれど……。

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