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木曜日1

「パイロキネシス?」

「そう。そう言う能力者が居るなら幽霊じゃ無くても火が点くんじゃ無いかなぁって」



 授業終了から約三十分。小雨が透明な屋根を静かに濡らし、屋根に集まった雨が雨樋を通って側溝へと落ちる。朝から天気は悪かったがついに雨が落ちてきた。


「でも、現実は一方通行のテレパシーにたんぽぽの茎も折れないサイコキネシスだぞ?」

「そこだよなぁ。……鉄を溶かすパワーなんて、筋肉痛で頭痛くなる位じゃ済まないよね。鼻血吹いた位じゃまだまだ生ぬるい」


「うっせぇ、鼻血はほっとけ。……でも、その辺はな。パワースポットとかプリメインスタンピードとか、こないだの望遠鏡みたいに能力によっては何かズル出来るかも知れないし。――なんだよ、急に? 幽霊退治に乗り気になったのか?」


 中等部校舎と旧高校校舎をつなぐ渡り廊下。その中等部側の出口。高等部側へはなんか入りづらいので我が天使様とはここで待ち合わせ。

 先生や職員だってここは滅多に通らない。多少ヤバ目の話をしようがここなら大丈夫。

「別に。ただ火を操るって考えてたら。前に洋画劇場で見たの思い出したんだ。ランちゃんが開始十分で見たくないって逃げちゃったヤツ。キャリーだっけ?」


「キャリーはテレキネシスだろ。内容的に俺達、かえって洒落になんないんだよ。序盤で逃げるくらいだから、ランちゃんもあらすじくらい知ってるんだと思うな、きっと。俺達のこと知ってるから見てらんなくなったんだと思うぞ、怖いからじゃ無くて。……月乃の言う映画って多分、炎の少女チャーリーだよ。両方原作は同じ人だけど」


「チャーリーだっけ。――パイロキネシスってランちゃんの資料だと名前違ってたよね?」


「もっと単純にファイアリングって書いてあった。――パイロキネシスを日本語に無理矢理訳すと“火を動かす”みたいなことになるんだ。単純にそれはピンとこないなー、的な話かもな。能力の概要に発火じゃなくて温度操作って書いてあったし。……凍らせるアイシングもあるって考えてるから並べて書いても収まりが良い、みたいなことなのかも」


 語呂とか語感にこだわってたりするかも知れない。だって今んとこ職業物書きだしね、ランちゃん。

 ちなみにそのランちゃんが作ってくれた能力の簡易説明書的な小冊子に依れば、この系統の能力者の通称はファイアスタータとなっていた。

 それこそ炎の少女チャーリーの原題、“Firestarter”そのままである。


「百歩譲ってなんかあるって言うなら能力者より幽霊の方が良いな。人間相手じゃ、にーちゃんもランちゃんも抜きで私達だけじゃ対処のしようが無い。手も足も出ないってさ、中学生はどうしようも無くガキだって。その辺は悔しいけどよくわかったもん」

「同感。――それに幽霊だったら少なくとも俺達は何も感じないし、だったら何もしなくて良いもんな」



 そんなヤバい割には中身の無い話をしていると、高等部側の重そうな鉄のドアが開く。

 ドアを押すのは長い髪を後ろで三つ編みにまとめた、月乃の制服と同じデザインではあるが色違いの高等部女子の制服。



 中等部のグリーンよりも鮮やかなエメラルドグリーン。ブラウスはグレーでは無くブルー、腕の校章の刺繍も銀では無く金。襟のリボンも見慣れたオレンジでは無く赤。

 ジャンパースカートの胸元には高等部一年である事を示す一本の赤いラインと田鶴(可)と文字の彫り込まれた、校内での着用が義務付けられて居る白く輝くネームプレート。



 ――ちなみに俺達の胸に付いている名札には中等部二年を示す青の二本線の他、それぞれに“愛宕(陽)”、“愛宕(月)”と彫刻してある。もうフルネームで良いんじゃ無いのかなこれ。

 白鷺先輩なんか、つむぎさんなのでひらがなで(つ)だし、フィルに至ってはカタカナで(フ)と彫刻してある。名前分のスペースは有るように見えるのに……。


 ついでに言うとこの名札、中高共に校外へ出るときには逆に必ず外さなくちゃいけないと校則にあって、たまに帰りの校門前で風紀委員がチェックしてたりする。

 結構、わずらわしい。



 もう季節は完全に夏。

 ではあるが、服装にはだらしなく見える要素が微塵も無い。さすがは我が天使様。

「ごめんね、陽太クン。待たせちゃった?」

「いえ、全然」


 待つも何も、約束の時間五分前である。

 五分前行動。この辺はもう田鶴先輩そのもの。

 毎月の中高吹奏楽部合同練習の時に会っては居るんだけど、凄く久しぶりな気がするのは普通に雑談するような機会が無いからなんだろうな。


「それと、妹さん。だったわよね。――初めまして。高等部一年の田鶴です。初戦突破、おめでとう。つむぎちゃん、……白鷺さんから聞いてるよ。二年生エースなんですってね。疲れているところ変な話に付き合ってもらって本当にごめんなさいね」


「ありがとうございます、――いつも陽太がお世話になっています。双子の姉、月乃です。私に気づかいは要りませんから。あの。可憐先輩、って呼んで良いですか?」

「月乃さんね、宜しく。私にも気を使う必要は全然無いからね。――月仍さんがお姉さんだったの?」


「毎度毎度、混乱を招く挨拶をすんなっつってんだろ!」

 ……とまぁここまでが挨拶といつもの双子ギャグ、と言う事ではある。とは言え。

 我が天使様が相手では流石に厳しいなぁ。にっこりといつも通りに微笑む先輩を見やる。



 年齢を重ねるごとに天使度の様なものは下がるんだろうなぁ。などと多少残念に思っていたのだがそんな事は無く、むしろレベルアップ。

 今や知らぬ間に天使長になっていた。

「あはは……、二人揃うと面白いってつむぎちゃんが言っていたけど、本当なのね。――つむぎちゃんから聞いてはいたけど、ホントに陽太クンにそっくり、すぐわかったわ」



 その白鷺先輩とほぼ同じ身長も、少し負けている胸の膨らみも。

 この人の天使度のバランスを保つためには必須の要素。

 そして長い髪を、後ろで三つ編みにしている事でさえ三つ編み黒髪の天使。

 という新ジャンルを生み出してしまいそう。


 柴田は籠ノ瀬を称して雰囲気がある、と言ったが雰囲気だったら校内でこの人に敵う人はまず居ない。

 パーティーグッズの羽を背負っても、この人なら本物に見えてしまうだろう。

 その辺はもう本物の天使、いや、もはや天使長なんだからこれは仕方が無い。



「ところで陽太クン。合同練習の曲だけど、中等部は次回まで何とかなりそうかな?」

「金管はチューバとユーホ以外はそこそこ。でも、木管とパーカッションが大苦戦です。特にパーカッションは二年が主力だし、ああ言う曲、ほとんどやったこと無かったから」


 相も変わらず優しく清楚で美しく穏やか、気配りだって忘れないしどこまでも生真面目。

 そしてそここそが。……憧れの先輩だというのに、困ったことにどうしようも無く怖い。


「私や陽太クンは関係ないけれど、運指が大変みたいなのよ。高等部吹奏楽部(うち)でもサックスやクラリネットが居残り練習しているくらいだもの。中等部の打楽器チームは、そうか。三年、えっちゃんだけだったわね。――さて、近況報告の立ち話で時間を取ってもバカらしいし、月仍さんにも悪いわ。ちょっと遠いし、その辺の所は道々話しましょうか。件の理科室は一階の一番奥、なのだけれどまっすぐ行けないから、ここからだと本校舎を経由しないといけないの。待ち合わせ場所、キチンと考えれば良かった。本当にごめんね」



「謝んなくても良いです。たいした距離でも無いし」

「陽太の言う通り、気にすること無いですよ?」


 まさにダンジョン。

 途中でいきなり、耐火防煙防音・認定品。と隅にタグの付いた白いシートで廊下が封鎖されて通行止めになっている意味とか、もうよくわからないし。

 この校舎、最終的に壊す予定だったんじゃ? なんでわざわざ直してんだよ……。



 ただ。

 ――ここだよ。と言われた場所に着いてみれば中等部の校舎からは直接来られそうな感じではある。

 二カ所程土足になることに目をつぶれば、だが。



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