水曜日7
「なら、それは明日の放課後として。――そうそう、それよりも。ふうかちゃんよ、ふうかちゃん! 本当に一人でウチらの教室に来たの?」
「お前、宿題の残りどうする気だよ? ――籠ノ瀬の件は俺がびっくりしたくらいだ。……どうやら鹿又が人見知り対策の修行を仕込んだらしいんだがな」
「今日の分だから明日の朝、フィルに見せて貰う。――人見知りで先輩苦手なのに、わざわざおめでとうを言いに二年の教室まで来てくれる。……なんて可愛いー!」
ノートをパタンと閉じる。宿題写す先はフィルなのな……。
フィルなら宿題やってきてないわけが無い。その辺の人選に狂いや迷いは微塵も無い。
そして多分、フィルのノートはそのまま柴田に行くんだろう。
だがしかし。
既に目の前で終わっているのを見たはずの俺のノート、それを写す発想は無いんだな。
……どうでも良いことの筈なのに。なんだろう、敗北感を否めない。
「お前の件はカギのついでだ。――でも、柴田もそんな事言ってたな」
「さっすがひよりちゃん、やっぱ目の付け所が違うわ。絶対年上キラーだから、あの娘」
「そんなもんだろうか」
「真顔で、“先輩、好きですっ!”って、ふうかちゃんに上目使いで言われてみ? 男女関係なく、もう答える言葉一つしか無いだろ? わかった、私が守ってやる! って」
「あいつがそう言うあざとい台詞を言えるようになるまで、何年かかるんだろうな……」
現実には朝に会った先輩に「おはようございます」と挨拶。これを鹿又に背中を叩かれて言わされる(虐めているわけでは無く、むしろ本人もそうされた方が声を出しやすいらしい。叩く、と言ってもポンと背中を押す程度だし)度に「おっ、はようごじゃま、すぅ……」と噛んだ上に尻すぼみになる始末。
そう言う思惑めいた台詞をしかも年上相手に、本当に言える日が籠ノ瀬にも来るんだろうか。なんか心配になってきたな。
「ところがそこは全く心配要らないんだな」
「なんで?」
「例えば彼女にじっと見つめられて真っ赤な顔で、“しぇっ、しぇんぱい、しゅきです!”って言われたらどうよ? むしろ効果的になっちゃうだろ?」
「そんなもんかなぁ? お前の趣味の問題では無くて?」
「全然違うね。明日ひよりちゃんに聞いてみ?」
「むぅ。……籠ノ瀬が、ねぇ」
「……望むと望まざると見た目のキャラってあるからさ。いじらしい年下系から外れなきゃ、もう絶対だよ、彼女の場合。だいたい陽太は後輩補正がかかってるから、ふうかちゃんもこざくらちゃんも正しい姿が見えてない。ま、正しく見えたら先輩なんてやってられないか。両方タイプは違えど可愛すぎるモンな。――で、問題はフィルの方だよ」
「問題ってなんだよ。……あのなぁ。何回でも言うけど聞こえたの、レシーバでだからな? 絶対に、何があっても本人に。――あ、いや前言撤回。誰にも言うなよ?」
「そりゃ言わないよ、私だってそこはわかってるって。心配には及ばない、当たり前」
誰も口にしていない、聞こえるはずの無い言葉。それを、しかもその場に居なかったはずの月乃が知ってて良い訳は無い。
月乃相手で能力関係だとどうしても口が軽くなる。今までに無かったパターンとは言え、フィルを売り渡したようなモンだ。要反省だよ、これ。
「しかしまぁ、ひよりちゃんじゃないけど意外だな。フィルはむしろ頼りがいのあるお姉様がタイプだと思ってたんだけどなぁ」
……俺もそう思ってたけどな。
「聞こえた声によれば容姿はどストライクみたい……って、おっと。でもさ、あいつどっちかっつーと籠ノ瀬の人見知りを心配してる側面の方が大きいんだよ。それはよくわかった」
「気分的なものも一緒に視えるンだっけ? ――サッカーやる前は人見知りだったって言ってたよね、そう言えば」
「よほど強烈な感情で無けりゃ俺には視えないよ……。内容から判断してって話。それだって今回なんかは誰かに話そうとしてたわけじゃ無いから脳内会話が直接聞こえるわけでさ。そう言うの、結構生々しいぞ」
「その言い方だと、あんまり聞きたいものじゃ無いって事なのね? ――発信も受信もさ。テレパシー、あんま役に立たないね」
「役に立たない方が良いんだろ。役に立ったが故に旧高校校舎まで行かなきゃいけない」
役に立たないはずの能力で南町を助けてしまったので。
我が天使様から脅迫、いやお願いをされて居るというのが現状だ。
普通無いものは無いままの方が生活しやすいだろうな。
「人に頼られること自体は良い事じゃん」
「頼られ方ってあるだろ? 霊感で助けて欲しいとか最悪だよ、実際のところ霊感なんてものは二人とも無いんだし。――零感、とか言ってみたり」
「非道い……。チカの方がまだマシだね」
「そんなにかっ!」
――僕はもうあがったからお前らも宿題終わったらすぐに風呂入れよ? ランさんはニュース終わってから入るってさ。にーちゃんの声が部屋の前を過ぎていく。
「はぁい。もう入るぅ。――確かに出来る事で頼られる方が良いよねぇ」
「で、俺達に出来る事ってなんだ?」
「それを探すために二人で旅に出ようか……。その前にお風呂行くわ。壁、直しといてね」
「青い鳥は結局自宅に居るんだろ? ――とっとと上がれよ? 俺も、もう風呂入りたい」
「十分ぐらいで出てくるから心配すんなって。――あれ? 自分ちに居たんだっけ?」
「……青い鳥のあらすじくらい知ってても罰は当たらないぞ、脳筋中学生」
ごそごそとタンスから下着を取り出して服を脱ぎ始めたのを見て、カーテンを閉める。
一人だと机の下を綺麗に直すのが面倒くさいんだ。
でもまぁ遠征から帰ってきたばかりだしな。今日くらいは良いか。
「んー。……チルチルミチルだったよな、青い鳥ってさ。なら私がミチルちゃんなのか。でも夜の国の話が凄く怖かったし、明日の国の話も私的にはちょっとヤなんだな」
「パンは今切らしてるから、代わりに冷蔵庫の納豆連れて行こうぜ。……捜し物は身近にあるってさ、そう言う話だよ」
「三個パックの納豆が夜の国で盛り上がってるとか、おとぎ話じゃ無い! それ、もうホラーでしょ、普通に怖い。ランちゃん、見らんないよ……」
そう言えば。南町も白鷺先輩も捜し物の最中であるのだった。
既に、俺の仲ではランちゃんが言った言葉になっている台詞を思い出す。
それを探すために生きていくのだ、と。
「探してるうちは見つかんないって話じゃ無いの? ボールペンのキャップみたいなもんでさ。……お先!」
ドアが一度開いてパタン、と閉まる。“壁”の裾が一瞬ふわっと浮き上がる。ボールペンのキャップね。
無いと不便な気もするけど、無くてもそれ程困らない。そして忘れた頃に見つかる。
月乃の癖に旨いこと言いやがる。
でも。……生きてる間に見つかるモンなんだろうか。
にーちゃんやランちゃんはどうだろう。
父さんや母さんは、死ぬ前に見付けられたんだろうか。
意外と重たい話だなぁ。




