水曜日6
「陽太の場合、普通に生活すること自体がなんか濃いんだよなぁ。今日だってイベントのフラグなんかにーちゃんが居なくて私が学校に帰ってくる事くらいなのに、良くもまぁ次から次へと色々起こるモンだね、感心するわ」
「今日はなんか疲れたよ。例え相手がお前でも、理解してくれるなら嬉しいや……」
家には月仍の方が先についており、食卓にはランちゃんが気を廻してわざわざ駅前まで行って買ってきたケーキと、これまたにーちゃんが気を廻して帰りに買ってきたお寿司が並んでちょっとした祝勝会ムードを醸し出していた。
但し、部活動がどう転ぼうがそこは県立。お勉強に関しては一切妥協無し。
よって月仍は実質三日分の宿題の山と格闘することが確定していた。
当然保護者コンビもこれは知っているので夕食もそこそこに。
月仍と、そしてそれのサポートメンバーとしての俺を部屋へと追いやった。
で、九時過ぎの自室。宿題をシェアする為、普段は壁だと言い張っているカーテンが半分開いて月仍の部屋と繋がっている。
学習机はその“壁”を挟んで並んでいる形なので机と机の間にカーテンを通すための隙間があるのだが、完全にお互いの机が見えている状態。
宿題が多いときは大概机側が開いて居るし、“壁”をひょいとくぐってマンガを借りたりゲームをしたり。
というのは実は良くあるのだけれども。
課題の洪水は何とかめどがついた。あとは月仍一人で良いだろう、って言うかこういうのはある程度は自分でやらなきゃダメだろうよ。
……だいたい、他の女子サッカー部の人達が遠征から帰ってきて、いきなり一人で宿題の山と格闘してるって言うのがちょっと信じられない所ではある。
学校中でも月仍以外、宿題を手伝ってくれる同じクラスの双子の兄。そんな者の居る人は誰も居ないのだから。
「そうそう、私もさっきウチの部長から言われたのよね。陽太と高等部の理科準備室見に行ってくれって。白鷺先輩が発信元なら話もわかる。部長と白鷺先輩、仲良しだもんね」
「俺も気をつけるけど、余計なことは喋るなよ? 塾経由で噂が流れるとか完全に予想外だったし」
「陽太が視線に気付いた日でしょ? 思い出したら、確かにチカの前で私らしかわからん会話してるよな。……持ち上げるとかなんとか」
「状況から言ってそんなのどうでも良い事になってると思ってたんだけど、まさか俺達が霊能者になってるとはな。でな月乃、そう言うことだから……」
双子の霊能者になったのは話に尾ひれがついた時点だろう。
南町本人は俺達が気配に気付いた事以外知らないし、見えない視線事件の後半の時点では既に固く口止めしてある。
その辺南町は約束を破ったりはしない。そこは信用出来る。
「わかってる。テレパスなんてバレたら絶対みんなから嫌われるもんね。私はトランスミッタ、発信オンリーだけど周りからみたらそんなの関係ない。って、それはなんとなくわかる。自分にないものを人が持ってるってだけで感じ悪いし、悪用してないって言われても確認出来ないもん。そんなの仮に私が言われたって信じらんないよ」
先月の能力を悪用した覗き魔のことを言ってるんだろう。
それに一度悪用している。と言われてしまえば、普通の人には認知出来ない能力を行使する者は、それを否定することが出来ない。
認知出来ないのだから当然の事として、何もしていない。
と言う証拠を出すこともまた、出来ないからだ。
だから能力持ちがバレると不味い、そう言う話だ。
「でもまぁ、今回は本格的に幽霊退治だからな。ランちゃんには今度こそ相談出来ないし」
我が家の心理学博士は、三十過ぎて大のお化け嫌いである。
……でもまぁ、こういうのは歳も職業も関係はないかな。
今回は相談に乗って貰えそうな内容でもないし。
「場所見渡してわかんない、で良いんでしょ? さっき白鷺先輩と電話したけどそう言ってたし」
「いつの間に先輩の番号……。いや、まぁそうなんだよな。そうしておけとは確かにさっき田鶴先輩からも言われた」
「その人、高等部の先輩なんだよね? ……でも火の気の無いところで不審火って、単純に放火魔なんじゃ無いの? だったら私らじゃどうしようも無いと思うんだけど?」
「人の居ないところで火の手が上がるなら放火魔だろうけどな。目撃者多数でいきなりあり得ないものが燃えるんだってさ」
旧高校校舎の理科準備室。
本当の部室は特殊学習棟内の理科室とその準備室である。高等部の科学部が、あまり使わない機材や資料などを保管しておく部屋。要するにサボるために使っている部屋である。
その部屋で突然あり得ないものが火を吹き、燃え上がる。
例えばそれはノートの端だったり、口にくわえたお菓子であったり、手に持ったトランプの真ん中だったり、燃料の入っていないアルコールランプの芯であったりしたらしい。
そして誰も触っていないビーカーが輝きを発して割れ、古い天秤ばかりの針が真っ赤になって飴細工のようにそっくり返るのを目撃するに至ってそれは幽霊のせいである。とされ、誰もその部屋へは行かなくなってしまった……。
と言うのがさっき電話で聞いた話だ。
――元気にしてる? ちょっと合わないだけなのに、私から連絡して良いものかどうか悩んじゃった。全く、久しぶりにゆっくりお話しすると言うのに変な話でごめんなさいね。
――勿論、仮にも県立高等部の科学部ですからね。初めのうちはなんとかデータを取って科学的に説明を付けよう、現象を解明しようとはしたらしいのよ。
――でもね、実はここだけの話。温度計設置したらいきなりデータ転送ケーブルが火を吹いて、音だけでも拾えないかってレコーダー置いたらマイクだけ焼け焦げて、ビデオを置けば今度はレンズが黒焦げ。部室棟からの望遠カメラには結局何も写らずじまい。データが何一つ取れないお手上げ状態。で、あっさり検証は諦めてしまったみたいなの。
――偶然が重なったのを言い訳に科学的な解明を諦めてしまったのだけれど、今度はオカルト的に説明がつかないかって話になったらしくてね。高等部の霊感が強いって言われてる人に頼んで準備室を見て貰ったんだけど空振り。それをここまで三人分。
――あれ、私の言いたいことわかってくれるんだ? やっぱりキミはやたらに聡いよね。そう、陽太クンにこういうお願いをするのは私としては本来、スゴく不本意なのよ。……だって私は、陽太クンの言う通り、幽霊なんてそもそも信じては居ないのだから。
――だからね。むしろ高等部の先輩方に恩を売るつもりで何もありません、って堂々と言ってやって欲しいの。幽霊なんか居ませんって。やって欲しいのはただそれだけよ?
――あ、そう言えばキミの霊感のことを忘れていたわ、……ごめんね。傷つけちゃった?
でもね、私の意見としては高等部になったら、もう何も感じなくなると思うの。中二くらいって一番多感というか、感じやすいというか、現実と空想が混ざりやすいというのか。
――なので頼んでおいて悪いんだけど、実は今回、霊感は当てにしてはいないのよ。でも逆に言えば、陽太クン達が何も見付けられなくても誰もなにも言わない。と言うのは初めから保証されているという事でしょう? だから私もキミにお願いをする気になったのよ。大事な後輩に変な事をさせたうえに、後で変な風に言われたら申し訳無いもの。
――それに何でもオカルトで誤魔化す風潮も気に入らないし、ここは一つ。たいした顔でも無いのだけれど、私の顔を立てると思ってこの話、受けてくれないかしら? つむぎちゃんの顔を立てて、って言ったら脅迫してるみたいだしね。私がつむぎちゃんの顔だったらよかったのだけど。ふふ。……言葉の意味が違ってるよね。うふふ……。
――まとめるね? 私からのお願いの内容は現場五分くらい見て、何も無い事を確認するだけ。他はしなくて良いのよ? 私も一緒に行くし。……だから、ね? お願いします。
……何をどう、何回考えても。我が天使様に頼もうと思った時点でもう間違っていると思う。
中等部の双子に一番太いパイプを持っていると見なされたんだろうなぁ。そうでも無かったら。
少なくても俺だったら絶対頼まないもの。
初めから全て偶然と気のせいで済まそうとしてるし、何より俺にそうしろと半ば強制してるし。
とは言え逆に、偶然。たまたま。で済ましちゃいけない理由だってないけどな。
「明日、休養日で部活休みなんだ。だからさ、ちょっと行ってみようよ。上手くいったらなにも無し、お終い。……ってパターンもあり、なんでしょ? なら、ちゃっちゃと片づけちゃおう」
「これに関しては、全体練習がない日ならいつ休んでも良いとは白鷺先輩にも言われてるからな。……可憐先輩をいつまでも待たせて置くわけにはいかないし。じゃあ明日の放課後にでも、ちょっと見に行くか」
黙って待ってないもんな。白鷺先輩と俺のケータイが鳴りまくるのは目に見えてる。
早く行って早く終わらせる、と言う選択肢は俺と白鷺先輩の精神衛生上も良い判断だろうと思うし。




