若葉の出会い#2
木造建築のモダンな喫茶店、店前には二人用の小さなテーブルと椅子が二脚、それが三つ並んでいる。
一番端の席でカップ片手に香りと余韻を楽しむベレッタ、向かって正面には紅茶を嗜むカナン、手元にはクロワッサンとバター、添え付けにサラダと盛られたプレートが置いてある。
「なかなかいい所ね、あなたとは気が合いそう」
「気に入ってくれて何よりだ――ところでカナン聞きたい事があるのだが」
静かにソーサーにカップを戻すと。
「コリンズといったね、もしや君はコリンズ家の?」
「そういえば言ってなかったわね、そう私は代々アールヴを治めているコリンズ家の娘」
「そんな君が何故樹医師に、何か事情でもあるのか?」
「簡単な話よ、視野を広げる為にね――あの街が閉鎖されてから人々は壁の外への関心が薄れている、もっと外の世界に目を向けるべきよ、このままじゃいずれ衰退の一途を辿るわ」
手に持つカップからは湯気が消えていた、どうやら今現在のアールヴは完全な鎖国体制を敷いているらしい、外界からの接触を断ち新しい事を取り込もうとしない今の現状に嫌気が差したという。
「君も大変だな、一国の主になる為にこうして知識や見聞を蓄えている最中という訳か」
「そういう事、一人っ子だから王位はあたしに継承される、だったらまだ自由な今の内にってね」
プレートの脇に置かれた銀色に輝くフォークを手に取りカットされたニンジンを口に入れる、すると今度はカナンが質問をしてくる。
「でも大変なのはお互い様でしょ、アスガルドのワーウッドって言ったら」
「あぁ私の父は軍の最高司令、そして闘神の異名を持つオーディンだ――」
「あなたもいずれ軍に?」
「いや、そもそも父は私を毛嫌いしているからね樹医師になったのも父から離れたくて――いや、逃げたかったのかもしれない」
神妙な面持ちで自分の話を続けるベレッタ。
「私には兄がいてね、本来なら兄が全てを受け継ぐはずだった」
「だった?」
「兄は死んだんだ、父も嘆いてねお前が男だったらと――そんな事があってかあまり父とは話した事がないんだ、だからあの家は居心地が悪くてね」
視線を伏せ波打つコーヒーを見詰めている、ベレッタにも思う事があるのだろう、カナンも聞いてはまずかったのではと戸惑う。
「こ、この話は止めましょう、折角樹医師になったんですもの、これからについて話ましょうよ」
「そうだなその通りだ――さぁ食べよう、ここのクロワッサンも美味しいんだ、気に入ってもらえると」
皿に視線を向けると影も形も無かった、食べた覚えもない――どういう事だ、残っているのは欠片のみ、忽然と姿を消したおすすめのクロワッサン、正面を向くとカナンが左斜めを向き目を丸くしている。
不思議に思いそちらを見ると若い男が口を頻繁に動かしている、口周りには皿の上に残された欠片と同じ物、男は呑み込むと。
「うん、うめぇ!でもあれだな、水欲しくなるな」
「貴様、一体何のつもりだ!」
立ち上がり男の胸倉を掴み掛かる、女性とはいえさすが闘神の娘だ思わず尻込みしてしまう、このままではまずいと危機を感じ取った男は一冊の手帳を目の前に差し出す。
「待て待て待て!俺も同期だよ!今期の合格者!」
必死に同期のメンバーだと説明する男、しかし今のベレッタには届かない、食べ物の恨みは恐ろしいのだ、慌てカナンも制止に入る。
「お、落ち着いてベレッタ!こんなバカ捨て置けばいいのよ!」
「バカってなんだバカって!いきなり人をバカ呼ばわりすんな!」
「貴様こそ勝手に私の昼食を食べるな!」
ざわつく周囲の人々、だが三人はお構いなしに。
「貴様あの時ぶつかって来た男だろう!謝罪も無しに立ち去り、あろうことか今度は昼食までも」
「だから悪かったって!俺も急いでて、腹も減ってんだよ」
「あなたバカな上に一文無し?よくここまで来れたわね」
「今なんつったチビ!バカバカ言うんじゃねえバカ!――ちょっ、苦しいんだけど」
首元が徐々に絞められ顔が青ざめていく。
「今度は私の友人に暴言か?もう許さんぞ貴様」
もはや男は虫の息だしかしベレッタは手を抜かない、白昼に起きた樹医師同士のいざこざ、いつしか周りは民衆に囲まれ賭けの対象にすらなっている。
そんな騒がしい店に近付いてくる背の高い年老いた男。
「そろそろ終わった頃だろう」
「ベッカー、あなた局長なんだから挨拶くらいしなさいな」
「俺はああいう雰囲気が苦手なんだよ、それにちゃんと診察にも回っただろう?」
「全くもう、局長が聞いて呆れるわね――あら?何の騒ぎかしら」
まだ白髪も殆ど目立たないベッカーとクロウだ、二人の会話を聞いている限りやはり交付式はわざと出席しなかったらしい。
民衆を掻き分け店前で乱闘中のベレッタ達を見つけると、思わず顔に手を添える。
「何やってんだこいつら、こんな所で喧嘩か?」
「ちょっとベッカー!あの子達樹医師じゃない?ほらあれ手帳でしょ!」
男を締め上げている赤髪の女性、椅子に座り優雅に紅茶を嗜むアールヴ族、そして天に召されようとしている男、不思議な光景だが男が手にしている手帳を見る限り樹医師だ、仲裁に入らない訳にはいかない、溜息交じりに近付き。
「その辺にしておけヒヨッコ共、これ以上騒ぎを大きくするな」
二人を引き離しまずは落ち着かせる、乱れた髪を直し平静さを取り戻したベレッタは。
「申し訳ありません、ついカッとなって――」
「若さを爆発させるのはいいが時と場合を選べ、お前等は樹医師だろ」
深く反省し申し訳なさそうに佇む、地面に倒れた男の頭を数回軽く叩くが反応が無い気絶しているようだ。
「仕方ねぇな、本部の医務室に寝かせるか――ったく戻って早々ヒヨッコ共のお守りとは」
軽々と男を担ぎ上げ樹医師団本部へと足を運ぶ、角に差し掛かった時だった思い出したかのように足を止め二人を見ながら。
「お前等、明日までに始末書一枚は最低でも書いて来い――今日の宿題だ忘れんなよ、ほら目ぇ覚ませライル」
白目をむき未だ気絶している男の名はライル、そして大柄の壮年の男は樹医師団局長ベッカー。
顔を見合わせ苦笑いを浮かべながら。
「カナンよかったら私の家に来ないか、もし宿もまだ決めていないと言うなら泊まってもらっても構わない」
「助かるわ、実はここに来てからまだ一度たりとも宿屋を見つけられないのよね――この地図古いのかしら」
広げられた地図はどう見ても最新版の地図だ、そこから察するにカナンは方向音痴なのだろう、くすりと笑うベレッタに。
「な、何よ、どうしたの急に?」
「いや、可愛らしい面もあるのだなと思ってね――さぁ行こう、始末書も書かないといけないからな」
その晩、カナンはベレッタが一人で暮らしている家に招かれ共に始末書をしたためる、提出は明日、しかし始末書を書いている筈なのだが笑い声が絶えず明りは遅くまで灯っていた。




