第3話 樹の上で#3
地上に着く頃にはすっかり夕暮で辺りはオレンジ一色に染まっていた、心配していた町長もフィンが無事に降りて来た事に胸を撫で下ろす。
「いやぁ樹医師さんが中々降りて来なくて心配しましたよ、それでどうでした? 何か分かりましたか?」
フィンは住民に経緯を説明した、街の人々が安堵の声を上げる、その日はもう一泊宿屋に泊めてもらい明日発つ事となった。
◇◇◇
その夜、ベッドの上で熟睡しているスティンクを起こさないように、部屋から出たフィンは一階のカウンターに向かっていた、その奥でコーヒーを淹れる主人、静かにカウンターに座ると淹れたてのコーヒーが置かれる。
「大変だったね樹医師さん、若いのによく頑張ってくれたね」
微笑み労いの言葉を掛けられる、フィンも笑顔で返す、カップを手に取り飲もうとした時主人が口を開く。
「それで、どうだったのかな? 何も無ければいいんだが」
「あ、大丈夫です、葉が落ちて来る原因は、大きな鳥が巣を設営した際に発生したみたいで」
目を見開きフィンに尋ねる。
「その鳥というのは――、もしや紅色の鳥かね?」
「え? あ、はい、夫婦だったみたいで雛もいました」
口元が綻ぶと、何度も頷く、手に持ったカップを口元まで運び一口含むと昨日の話の続きをしだした。
「樹医師が前に来たという話をしただろう? その樹医師がある鳥の雛を抱えていてね、それは美しい紅色だった、その樹医師と雛はしばらくこの街で生活していたんだが、ある日招集が掛かってね、何やら別の樹街が大きな問題を抱えていると――、その樹医師は雛を私に託し、発ってしまった、必ず帰ってくると言い残して―、だが彼は帰ってこなかった、まだ死というものが分からない雛は待ち続けた、帰ってくると信じて、ずっと―やがて大きくなり巣立ちが近づくと彼女は羽ばたいて行ってしまった、彼の後を追うように同じ方向へね」
下を向き注がれたコーヒーに映る自分の姿を見つめるフィン、しばらく沈黙したが、それを払拭する様に顔を上げ。
「でも今は――、とても幸せそうでした」
すると主人はまた笑顔になりゆっくりと頷く。
「多分彼女は、自分の子供を彼に見せたかったんじゃないかな、だからこの街に戻って来たのかもしれないね」
「そうかもしれませんね、あ、そうだ」
二階の部屋に走りながら戻っていくフィン、不思議そうな表情でその姿を視線が追う、降りて来たフィンの手にはあの紅色の羽が握られており、そっとそれを主人に手渡す。
「僕が持ってるより、貴方に持ってもらっている方が、彼女も喜ぶと思います」
「これは、あぁ――ありがとうよお嬢さん」
「はい」
羽を貰い受け眺めていると。
「もしかすると、彼女も君があの樹医師の子供だと思ったんじゃないかな」
「え? どうしてですか?」
「彼はコーヒーが好きでね、それもブラックが―香りを覚えていたとすると有り得ない話じゃないだろう?」
「そっか――、朝コーヒー飲んで行ったから」
口に手を当てるフィン、ふと気付いた主人は小瓶を差し出す。
「おっとごめんよ、砂糖とミルクだったね」
「いえ――、ブラックで頂きます」
カップを持ち一口啜る、険しい表情を浮かべ、少し高い椅子に座っている故に足が前後に動く。
「やっぱり苦いです」
一階に笑い声が響く、蝋燭で優しく照らされたカウンターで、フィンはコーヒーを飲み干した。
◇◇◇
夜が明け太陽に照らし出される樹街、その中央にある柱樹もまた長い大きな影を街に落とす、街の入り口に立っているフィン、帽子の上にはスティンク、いつもの定位置だ。
「次はどこの樹街へ?」
「特には決まっていないので、また列車に乗って流れるだけです」
ハニカミながら答える。
「では道中気を付けて、樹医師さん」
「はい、お世話になりました、何かあれば連絡を」
街から少し進み、ふと振り返ると柱樹の上、小さな影が旋回していた、見えるように大きく手を振るとそれに反応する様に鳴き声が耳に入る。
「ねぇフィン、あの羽どこいったの? いい感じに敷物に出来たんだけど―」
「さぁねぇ、どこいったんだろうね」
笑い声高らかに、駅を目指す、次なる樹街でどんな出会いが待っているのか。
一人と一匹の旅はまだ続く――。