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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第3話 樹の上で#1 ★

挿絵(By みてみん)


 ゆっくりと列車が駅に進入する、足元から車輪の軋む音と、蒸気が噴出する音が足の裏を伝わり耳に入る。


「さぁ、降りる準備するよ」


「うんわかった!」


 帽子を被りコートを羽織ってマフラーを巻く、荷物は置いただけで何も取り出してはいないからそのまま背負う、いそいそと準備する中、スティンクも何か一所懸命に取り組んでいる、不思議に思い様子を見ていると、机の上にある食べ物を肩掛け鞄に詰め込んでいた。


「だから、そういうのやめっててば!」

 

 先頭車両まで歩いてく、特別待遇車両を抜け一般車両に差し掛かる、そこにはこの列車を利用している人々が、思い思いの時間を過ごしていた、腕を組み寝ている者、静かに本を眺める者、楽しそうに会話を交わす親子など、その様子を横目にフィンは先頭車両を目指した。


「次はどんな樹街なのかな?」


「んー、おいらとしては美味しいものがあれば別に―」


「聞いた僕が悪かったよ―」


 そんな会話をしながら先頭の出入り口に着く、そこには搭乗時に会った男性が立っていた。


「樹医師様、お待たせしました、ここが目的の樹街です」


 重い鉄の搭乗口が開く、駅には灯りは無く、列車の出す光のみ、しかし遠方に樹街の灯りが微かに見える。


「ありがとうございました」


 深々と頭を下げる、男性も笑顔でお辞儀して返してみせる。


「ではこれで、あなた方の旅にユグドラシルの加護がありますように―」


◇◇◇


 一行を降ろした列車は段々と速度を上げ、ついに岩陰に入り完全に見えなくなった、スティンクが鞄からひょっこり顔を出し。


「何か、すごく静かになっちゃったね」


「――うん」


 広い荒野の駅構内、周りには人影も無く、音の一つも聞こえない。


「とりあえず、出よっか」


 煉瓦で作られた構内を歩く、ブーツと煉瓦の擦れる音だけが響く、灯りは唯一腰にぶら下げているランタンの火のみ、その灯りも歩く度に揺れ動き、影が不気味に踊っているように見える。


「ここの駅は少し大きいね、もしかすると樹街も大きいのかな」


 樹街の大きさは柱樹の大きさによって変わる、大きければ大きい程根は広がり、その分多くの人々が生活出来る、当然労力も上がる為街の発展も早い。


「そうかもね、こんな大きな駅が作れるんだもの、きっと大きな樹街だよ」


様々な想像をし、会話をしながら駅を出ると、頭上には黒いキャンバスに白い絵の具を吹っ掛けた様な、美しい星空が一行の到着を歓迎する、流れ星も頻繁に現れ、ずっと見ていても飽きない程だ。


「うわぁ、すごい綺麗」


 思わず見惚れるフィン、しかしその胸元、鞄の中のスティンクは何やらもぞもぞしている。


「ん? どうしたのスティンク」


「うん、ちょっと寒いかも」


 厚着しているフィンは気付かなかったが、息を吐くとそれは微かに白色を帯びていた。


「大丈夫? ほらここにおいで」


 徐にマフラーを緩め隙間を作り、そこに入るように促す、鞄から出て来るとマフラーの隙間に入って行く、二年の旅がこの様な暖の取り方を編み出した、フィンはスティンクのお陰で喉元が暖まり、スティンクはフィンの体温で暖が取れる、実に理に適った方法だ。


 静寂と月明かりが支配する道をひた歩く、ランタンのか細い灯りは遠くからはほとんど見えない、しかしフィンはハッキリと柱樹の輪郭を捉えていた。


「スティンク、もうちょっとだからね」


◇◇◇


 樹街の輪郭が浮き出てくる、窓にはちらほらと灯りが見え隠れし、人の声も微かだが聞こえてくる、入り口に着くと門は綺麗なアーチを描いた立派な物だった、すると人影がゆらゆらと近づいてくる、暗がりの為顔は殆ど視認できない、思わず息を飲み腰に手を回しナイフを握り、鋭い目付きで。


「旅人さんかね?」


「いえ――樹医師のフィンと申します」


 まだ警戒は解かない、極少数だが樹医師を毛嫌いする樹街も存在する、中には何人かの樹医師が襲われたという報告も上がっている、細心の注意を払いながら経緯を話す。


「今治療の為、各地を巡回しております、今回はこちらの柱樹を診せて頂きたく参りました」


 するとその人影は、手を両脇に伸ばして来た。


「おぉ、樹医師さんでしたか、これは失礼を―私はここの町長を任されております、シュルトと申します」


 右手を胸に当て深々と頭を下げる、ゆっくりと警戒を解く、敵意は無いようだ。


「こちらこそ夜分遅くにすみません、どうしても今日中に着いておきたかったもので―」


 ゆっくりと、握ったナイフから手を放す。


 ランタンを突き出し、町長に付いて行きながら街の奥、宿屋に案内される、夜間の為街の全景が想像できない、


 小さな灯りに照らされた視界に入って来る情報のみ。


「ところでここの柱樹、何か変わった事はありませんか?」


 先頭に立ち歩く町長に問いかける。


「変わった事―ですか」


 顎に手を当て、心当たりを探す、何も無ければそれでいい、町長が口を開くのをひた待つフィン、すると何かを思い出したように。


「そう言えば、何やら最近よく葉がおちるようになりましてね―」


「葉が落ちる?」


「えぇ、枯れても無いのに葉がポロポロと落ちて来るんですよ」


 その話を聞き、考え込む―葉が落ちて来る原因は幾つかあるが、まだ冬には程遠い、葉の病気なら落ちてきた葉に何かしらの兆候がある、しかし話を聞く限り健康状態は悪くないようだ。


「枝や葉柄は落ちてこないんですか?」


 更に詳しく症状を聞き出そうとするが、首元でマフラーがもぞもぞと動く。


「フィン――まだ話続く? そろそろベッドで寝たいよ―」


 マフラーで暖まっていたスティンクが眠そうな声を上げる、視線を下に向け優しく答える。


「あ、ごめんねスティンク――、すいませんシュルトさん、また明日改めてお話を伺います」


「えぇ、構いませんよ、丁度宿屋に到着しましたからね、ではまた明日―」


 そう言い残し、元来た道を戻っていくシュルト、後姿を見送ると木製の扉の取っ手を引く。


 中に足を踏み入れるとそこには小さなカウンター、その後ろには様々な瓶に入れられた飲み物や調味料が置かれた棚、左手には二階に続く階段、右手にこの宿屋の主人らしき年配の男性が椅子に寄りかかりながら本を読んでいた。


「すいません、部屋空いてますか?」


 静かに近づき尋ねる、男性は読んでいた本に栞を挟み、掛けていた眼鏡を外すと。


「こんな時間に、旅人さんかい? 部屋なら空いてるよ、一泊三千八百ソルだ」


 淡々と話す店主、胸ポケットに手を入れ革張りの手帳を差し出す、黒一色の表紙には、樹を模った模様が彫られている、受け取りそれをまじまじと見つめる店主。


「おや、お前さん樹医師だったのかい―何年振りだろうね、この街に樹医師が来たのは」


 手帳を返してもらい、元の場所に仕舞い込む、その店主は笑顔だった、まるで旧来の友人と久々の再開を果たしたような笑顔。


「そうなんですか? 一体どのような方が―」


 そっと人差し指を立てる、持っていた本を手元に置き、立ち上がると。


「まずは休みなさい、相棒も寝ている事だし明日ゆっくり話をしよう」


 後ろにある、小さな引き出しがある棚から鍵を一本取り出し手渡す、受け取ったフィンは頭を下げ階段を上る、木製の階段が音を立て一階の灯りが段々と届かなくなった、部屋は二階の角にあり、その付き辺りには小窓が一つ、その小窓からは月の灯りが差し込む。


「この部屋だね」


 取っ手を引き扉を開ける、中は人一人泊まる分には申し分ない広さだ、窓の下に小さな机、壁際には整頓されたベッド、大きく息を吐きながら背負っていた荷物をベッドの脇に置く。


「随分遅くなっちゃったな―、樹も気になるけど、あのおじいさんが言ってた樹医師もどんな人か聞いてみたいし、ねぇスティンクどう?」


 返事がない、首に手を掛けマフラーを優しく解きベッドに置く、ゆっくりと広げるとスティンクは寝息を立てて眠っている。


「――僕も寝ようかな、明日はいろいろ忙しそうだし」


 そのままマフラーを枕元まで持っていくと、起こさないように横に移動し一緒に眠りに着く―。

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