嵐の前の静けさ#3
搭乗口が開くとそこには人々が群れを成しごった返していた、恐らくここにいる人々はアールヴヘイムの住民と近隣樹街の人達だろう、皆着の身着のまま逃げて来たのだ、中には裸足でいる者も見られる「一人ずつ落ち着いて搭乗して下さい!」車掌も列車の外での対応で手一杯だ。
一方向こう側の装甲列車からは何基もの大砲が降ろされ兵士達の手によって次々とアールヴヘイムに持ち込まれていく、乾いた大地に残る車輪の跡、何とも似つかわしくない光景にフィンとカナンは言葉を失う。
生まれた樹街が見慣れぬ兵士、兵器に蹂躙されていく様は胸が苦しくなる。
人々を乗せた列車は元来た道を戻って行く、どうやらここから先へは進めない様だ、装甲列車が行先を塞いでいるのだ無理もない、ましてやダーインもこちらの方向へと向かっているのなら尚更。
「今ので最後みたいだな」
「そうね、皆避難できてるといいんだけど」
足取りは重い、水の中を進むようなそんな感覚、樹街に近づけば近づく程鎧や大砲、武器が無造作に置かれぶつかり合う度に無機質な音が鳴り響き嫌でも耳に入って来る、いつもなら風の音や、流れる小川、住民達の話し声が聞こえて来るのだが今回は違う。
「フィン大丈夫? お腹痛い?」
「ううん、大丈夫だよ、いつもと違うからちょっと驚いてるだけ」
至る所から香る火薬の匂い、そして刺さる様な視線。
「おい何だあいつら、丸腰じゃねぇか」
「観光にでも来たんじゃねえか?」
「女子供に動物連れかよ、樹医師ってのはいいねぇ楽で」
聞こえて来る罵るような言葉、兵士と樹医師ではそもそも仕事内容が全く違うのだがそれを分かった上で兵士達はわざと聞こえるように言っているのだ。
兵士達は有事の際は命を賭して敵と戦う覚悟がある、だがそんな兵士達は樹医師を良くは思っていない、ただ柱樹の治療をするだけ、それで自分達と同じような待遇を受けているのだから不満が無い訳がない。
するとライルが兵士の一人に声を掛ける。
「樹医師のライルだ、ここの指揮官に挨拶を――」
だが話しかけられた兵士は知らぬ顔をしどこかに行ってしまう、カラトも話しかけるが同じように無視されてしまった、このままではダメだと今度はカナンとフィンが談笑している兵士達に声をかける。
「あの、ここの指揮官さんにお話が」
「お、なんだ姉ちゃん、俺達に酒でも注ぎに来てくれたのか?」
「くだらない事言ってないで早く案内しなさいよ」
「なんだこのチビ? ママと逸れちまったのか? おーおー可哀想に」
大声で笑い囃し立てる兵士、見兼ねたライルは遂に。
「いい加減にしろよ、戦争屋が、さっさとてめえらの頭に案内しろってんだよ」
「言ってくれるじゃねえか、樹に登る事しか出来ない猿が」
お互いの額がぶつかるほど近付く、仲裁に入るカラト。
「二人共落ち着いて下さい! こんな時にいがみ合ってる場合じゃ」
「るせえんだよガキが!」
握り込まれた拳がカラトの頬を捉える、思わず後方へ吹っ飛ぶ「カラト!」声を張り上げ寄り添うフィン、口の中を切ったのか血が薄っすらと滲み出ている、ハンカチで拭うその正面ではまさに胸倉を掴み合い一触即発の状況だ、どうすることも出来ずただ見守る事しか出来ない、そんな時だった。
「いい加減にせんか馬鹿者が!」
歴然とした態度でこちらに近付いてくる一人の男、すると先程まで威勢の良かった兵士達が縮こまり敬礼をしたまま動かない。
「これから重要な作戦があるというのに何という体たらく、貴様らは補給部隊に回す異論は認めぬ、分かったらさっさと行かぬか!」
逃げるようにこの場を去る兵士達、今度はこちらに振り向き深々と頭を下げ。
「すまなかったな樹医師諸君、前もって話はしていたのだが――部下の非礼、まずは詫びよう」
「いやこちらこそ、止めて頂いてありがとうございます」
アールヴヘイムへと足を踏み入れる一行はその白さに驚く、カナンが言っていた通り目に入る全てが白色だった、建物の塗装から石畳まで全てが―。
街の中を真っ直ぐに歩き続け柱樹の根元に着く、そこには頑丈そうな石と木で積み上げられた門、その奥には豪奢なこれも見事な程の純白の城。
「では王に御挨拶を、っとその前に私の自己紹介がまだだったね、私はテュール今回のアールヴヘイム防衛を任された者だ、よろしく頼む」
そっと差し出された左手、それを見たライルは一瞬眉を顰めるがなぜ左手での握手なのかすぐに分かった、この男には右腕が無かったのだ。
「はは、これはまたもや失礼したね、私は右腕を失くしてな――左手ですまんな」
「いえこちらこそすいません、気付かなくて」
城前で立ち止まると木製で二階建て程の高さはあろう門が大きく軋みながら左右に開く、中は想像通り広く一枚の赤い絨毯が奥に伸びている、その先には玉座が見え絨毯の脇にはこの国の兵士だろう、白銀の甲冑を纏い槍を掲げ立っていた、その全員がフィンよりも背が低い、囁く様な声で。
「本当にこの国の人達って小さいんだね」
「あぁ、俺達から見たら子供みたいだ」
敷かれた絨毯それを囲む兵士達、顔までを覆うその鎧で表情までは伺えないが刺さる様な視線で分かる、ここにいる全員が自分達を見張ていると―。
玉座に到達すると今度は隊列を変えフィン達の後ろに壁の様に構え直す、一分の隙も無い訓練された動き、恐らく王の親衛隊とでも言うべきか、後ろから圧し掛かる重圧を受けながらテュールは深々と頭を下げた。
「アールヴの王よ、乞度は我々アスガルドも御助力すべく」
「要件は分かっておるよ、それよりも民は無事か? 皆逃げ出せたか?」
「心配には及びません、アールヴヘイムの民は皆列車に乗りユグドラシルに向かいました、本当ならば王も御一緒に」
「諄いぞテュール指揮官、言った筈だ私はこの国を見捨てる気は無いと」
玉座に座りテュールと話している人物こそこのアールヴヘイムの王だ、立派な顎鬚を蓄え背が低い事を忘れさせるような威風堂々とした態度、顔を上げられずにいるフィンを横目にカナンがテュールの前に出る。
「全く少しは自分の歳を考えなさいよ、ここにいられたら迷惑なの!」
固まる一同、いきなり前に出たかと思えば今度は敬意の一つも感じない会話、堪らずテュールも固まる、ここまで来てこの狼藉、全員が処罰されるだろうだが。
「おぉカナリか! お前もここに来ていたのだな! どれ久々にこの父に顔をよく見せておくれ」
「や、やめてよ! こんな所で恥ずかしい」
狐に摘ままれたような表情でこちらを見詰める視線に気付いたカナリは襟を正し。
「えっとこっちは私の父で、シモズ・チェーダ・コリンズもう分かってると思うけどこの国の王よ、で私はその娘って訳」
口を動かし呆けているライル、その横にいるカラトとフィンもまた目を大きく開いたまま固まってしまった、このタイミングでのカミングアウトはさぞ大きな衝撃だろう、微動だにしなくなった面々を眺めしてやったりと口角を上げた。




