表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
6/127

第2話 旅の始まり#4

 徐々に開けていく視界、目の前には木製の天井があった、空いている窓からは風が入り込み掛けてあるカーテンを躍らせる、リンベルはベッドに横たわっていた、ゆっくりと起き上がると辺りを見渡し。


「ここ、どこだろう」


 足をベッドから放り出すと床にそっと置く、立ち上がり窓の外を見つめようとした時、後方のドアからノックが聞こえた。


「リンベル目が覚めたのか? 入るぞ」


 扉を開けて入って来たのはベレッタだった、元気そうな顔を見て、安堵の息を溢す。


「目が覚めて良かった、心配したんだぞ、君の両親もな」


「あ、あのクモは」


「あぁ君が駆除したんだ、志望メディックの君がね、驚いたよ」


 ベッドに座り込み大きく息を付く、項垂れるがその口元は綻んでいた。


「良かった、じゃあ樹は無事なんですね―でも何でここに」


「倒れていたのをここまで運んだんだが、その様子だと何も覚えていないようだな」


「すいません、でも他の皆さんも無事なんですよね?」


 笑顔を浮かべ、頷くベレッタ、すると一枚の紙を差し出してきた、ベレッタの顔を見てそれを受け取り、


「あの、これは―」


「開けてみたまえ」


 恐る恐る受け取った紙を広げる、そこには樹医師試験合格の文字が書かれていた。


「おめでとう、今日から君は樹医師だ」


 状況が呑み込めないリンベル、どう反応したらいいか分からず動揺している。


「こ、これって、あの、どうすれば?」


「とりあえず素直に喜んだらどうだ?」


 その言葉を聞きもう一度、合格通知を見ると、大きな雫が落ちて来た、泣き崩れベレッタに寄りかかる、ベレッタもまたそんなリンベルを優しく包んだ。


◇◇◇


「ここに樹医師団代表、ベレッタ・ワーウッドの名に懸けて、リンベル・カイムを樹医師と認める事を宣言する!」


 大きな歓声が都市に響き渡る、あらゆる建物からは紙吹雪が舞い、楽団による演奏も華やかさに更に色を付ける、都市中の人々が新しい樹医師誕生を祝福していた、ここまで盛大に盛り上がるとは思ってもいなかったリンベルは。


「あ、あの、ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」


 都市中心部の壇上で頭を何度も下げる、鳴り止まない拍手、リンベルは頬を赤らめとても緊張しているようだった、だがそれだけではない、ベレッタは続けた


「更にこのリンベル・カイムは神木ユグドラシルに対する、治療及び駆除と、たった一人でやってのけた、その功績を称え勲章と称号を授与するものとする」


 驚きを隠せないリンベル、ベレッタの手元には革張りの立派な箱が置かれており、それを開けると中には、樹を模った翡翠色の勲章が輝きを放ち、授与者の胸に付けられるのを待っているように鎮座していた。


「おめでとうリンベル」


 静かに耳元でそう囁いたベレッタ、そっとリンベルの左胸にその勲章は飾られ、益々の輝きを放つ。


「今ここに、新しい樹医師、いや―ユグドラシルの樹医師の誕生だ!」


 更に大きな歓声が轟く、リンベルはその大歓声と拍手の中ただ立っている事しか出来ず、頭を下げ続けた―。


 授与式が終わり、壇上裏手に下がったリンベル、胸を撫で下ろしている所に声を掛ける人物。


「いやぁまさかお嬢ちゃんに駆除されちゃうとは、俺も駆除課として修業不足ってとこかな」


 笑いながらライルが近づいてくる、その姿を見るやライルの元へと歩み寄る。


「ライルさんも、お怪我が無くて何よりです」


 するとライルはコートを手渡す、何やら癖のある匂いがする深い青色のコートだ。


「え? これは?」


「俺からの餞別だ、今日から樹医師だろ? 蟲が寄らないように燻製にした葉を編み込んだ特製コートだ、嬢ちゃんはあくまで治療課、駆除は俺達に任せて危ない真似しないようにな?」


 そう言い頭を軽く撫でると、奥へと引っ込んでいった、表彰式が行われていた場所の奥、その先人気のない路地裏で、ベレッタが腕を組み壁に寄りかかっている、後頭部を掻きながら近づき口を開くライル。


「大体の事は察しがついています、密命で?」


「うむ、なるべく静かに頼む、厳重な警戒網を突破し害蟲の侵入を許した、裏で誰が糸を引いているのか調べる必要がある」


 静かに頷き「了解」そう言い残し影の中に消えていくライル、表の通りに出たベレッタは空を見上げ近づいてくる不穏な足音に耳を澄ませようとしていた―。


◇◇◇


 夕暮、空は橙色と紫色の見事なまでのグラデーションになり、徐々に人々の声が消えていく頃、家に着いたリンベルはドアの前で立ち尽くしていた、折角なれた樹医師、しかもユグドラシルの樹医師という称号も貰ったというのに、何故か浮かない顔をしている。


 明日からは世界中にある柱樹を診て回る旅が始まる、次に家に帰って来れるのは何年後か、何十年後か、当分は帰って来れないと考えると複雑な思いで胸がいっぱいになる。


「自分で決めた事なのに、何でこんな気持ちなんだろう―」


 不意に扉が開き驚いて後ずさりするリンベル、しかしその扉の向こうにはいつもと変わらない両親の姿があった。


「おかえり、リンベル」


 優しく出迎えてくれた母親、思わず涙ぐみ抱き着く。


「ただいま、お母さん」


 大丈夫、いつだってこの家はリンベルを温かく迎えてくれる、たとえそれが何年後だろうと、不安でいっぱいだった胸中は、涙と一緒に流れ、とても軽くなった。


 その夜はとても楽しいものとなった、樹医師になったと聞いた親戚や、友達が駆け付け盛大な祝賀会が開かれた、テーブルに並べられた豪勢な料理、次々と言葉を掛けて来る顔馴染みの人達、リンベルは笑顔でいっぱいでそれはとても幸せそうな少女そのものだった。


 そんな折扉のアノッカーが叩かれる、対応の為リンベルが扉を開けるとそこには布に包まれた何かを抱えているベレッタだった、突然の訪問者に驚くリンベルは慌てて服装を正すと。


「そんなに緊張するな、君にこれを渡しておかねばと思ってね」


 手渡される布に包まれた物、とても肌触りがいい赤い布をそっと広げていくと「あ、これ―」と小さく溢す昼間に見たあの卵である、布に包まれていてもわかる仄かな温もり、卵を大事に抱え家に入る様に促すがベレッタは。


「すまないな、まだ仕事が残っているんだ―、でもその気持ちだけありがたく頂こう」


 振り向き進んでいくと待たせていた馬車に乗り込み中心部へと向かって行く、その後姿を見送るとリンベルも家の中へと戻って行った、皆が騒いでいる様子を見ながら二階にある自分の部屋に戻り卵をそっとベッドに置いた、その横に寝転がると卵を優しく撫でながら。


「どんな子かな―、可愛いのがいいなぁ―、あ、変なのだったらどうしよう―」


「リンベルおいで、ケーキを食べるよ」


「はーい」


 一階から父の声が聞こえ急ぎ階段を駆け下りる、ゆっくり閉まる扉、一瞬卵が動いたように見えた―。

 

 翌早朝、リンベルはユグドラシルの正門にいた、目の前には荒野が広がり、大地の茶色と空の水色しか無い景色、目を閉じ大きく息を吸い込み。


「いってきます!」


 母からはマフラーを受け取り、父からは護身用にと小さなナイフを、ライルからコート、ベレッタからは樹医師免許と卵をそれぞれ受け取り、背負った鞄にはいろんな人達から貰った食料と水、着替えや地図などが仕舞い込まれている、かなりの重さだがこれは色々な人達から貰った想いも詰め込んでいるのだ。


 そう考えるとなんて事はないとリンベルは心の中で呟く、その鞄に更に紐で括ってあるのは、樹医師としての仕事道具、全て身に着けた、だがその場には誰一人来ていない、それもその筈、リンベル本人が希望したのだ、見送りは必要ない、覚悟が揺らいでしまうから―と、一人静かに街を発つ、


◇◇◇


 後方にあるユグドラシルの樹がとても小さくなった、何も無い荒野を黙々と、樹街を目指して歩き続ける、これに話し相手がいれば何も問題は無いだろう、だが肝心の卵がまだ孵化していない、一体どんな聖獣が産まれるのか、言葉は通じるのか―リンベルの今の楽しみだった。


 ふと肩掛け鞄が動いた気配がする、その中には卵が入れてあるあの銀色の卵だ、そっと鞄の中に手を入れ卵に触れると、それは確かに動いていた、急ぎ鞄の蓋に手を掛け広げると、昨日入った小さなヒビから一気に全体に広がる。


「わ!」


 鞄の中で卵が孵った、懸命に殻を破り出て来た聖獣、そこには翼が生えた、全身を純白の毛が覆い、小さな前脚と発達した後ろ脚、細枝のような尻尾―小さな白い竜が一匹、ゆっくりと首を伸ばしリンベルを見つめる、視線が合う一人と一匹、手を鞄に入れ頭を撫でながら思わず口元が綻ぶリンベル。


「わぁ―、なんか可愛いなぁ、ふわふわしてる、女の子かな?」


 一人で盛り上がっているリンベルを他所に。


「―君は誰?」


 言葉を発したその竜は問いかける、慌てて鞄から手を出すと、鞄の中を凝視みつめたまま。


「え? 僕? 僕はリンベルだよ」


「ボクワリンベル? 変な名前だなぁ」


 ケタケタと鞄の中で笑い転げる子竜、このままでは間違ったまま覚えられてしまう、大変だと思ったリンベルは必死に名前を言い続ける。


「だからそうじゃなくて! リンベル、リンベルだよ!」


「リンベルリンベルっていうの?」


「違うの! そうじゃなくて!」


「違うの? ふぅん―人間て面倒くさい名前つけるんだねぇ」


 鞄から首を伸ばし大きな欠伸をすると翼を広げ飛び出す、まだ生まれたばかりで飛び方がぎこちなかった、危うい飛び方に思わず手を出しあたふたするリンベル、頭上を旋回するとそのままキャスケットの上に腰を据え。


「じゃあさ、おいらがもっと呼びやすい名前を付けてあげるよ! 何がいいかなぁ」


「だから! ―はぁ、もう勝手にして」


 うるさい相棒が出来た、少し迷惑そうな顔をするが、子竜はとても楽しそうだ、それを見ていると、呆れつつも微笑みが零れた、騒がしいけど、楽しい旅になりそうと予感した、するとしばらく周りをふわふわと飛んでいたが急に眼前に立ち塞がる。


「ところでおいらは名前なんていうの?」


 ハッとすると、恥ずかしそうに小声で呟くリンベル、何を言ってるのか聞き取りにくい、キャスケットから首を伸ばし口元に耳を近付けると。


「一応―、男の子だったらスティンクって名前にしようかなって―」


「スティンクかぁ、変な名前!」


 帽子の上でまたしてもケタケタ笑い出す、キャスケットの鍔を掴み深く被るリンベル、相当恥ずかしかったのか耳まで紅潮している。


「ははは、でもありがとう! 今日からおいらはスティンクだ! スティンクスティンク!」


 余程嬉しかったのだろう、自分の名前を何度も声に出しながら飛び回るその姿に思わず笑みが零れる、ゆっくり流れる雲、青一色の空の下、二人の笑い声は遠くまで響きそうな程に澄んでいた。


「あ、そうだ! 思い付いたよ!」


 小さな前脚を口に当てクスクスと楽しそうな表情を浮かべ。


「んとね、おいらがスティンクで―、、そして君は―――」


――――


「フィン、フィン! 起きて! 次の樹街に着くよ!」


 スティンクの声で目が覚める、窓の景色はすっかり暗くなり、夜になっていた。


「もう着くの? 早いなぁ」


 寝ぼけ眼で、目を擦りながらソファから立ち上がり、窓へと近づく、尻尾を左右に振りながら、外を眺めているスティンクの横に膝を付いて一緒に外を眺める、とても楽しそうにしているスティンクに。


「ねぇスティンク」


「ん? 何?」


「へへ――何でもない」


「何だよう! 気になるじゃないか!」


 頭に飛び付き髪を引っ張ったりぐしゃぐしゃにするスティンクをあしらうと、抱き寄せ窓の外を眺める、二人の視線は遠くに見えるか細い灯りを捉えた「見えた次の樹街だ」列車はその灯りを目指し次なる街へと近づいて行く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ