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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第2章 護るべき世界
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魔女が住まう樹#3

 口をぽっかりと開けた扉に吸い込まれるよう中へと足を踏み入れる、ふと扉の側面を見たフィンは驚く、今まで自分達が見ていたのは木製の扉だと思っていたがその実、板が張られていただけでその後ろには何センチもあるような鋼鉄製の板があった。


「ず、随分と厳重なんですね―入ったら逃げられなさそう」

「ん? あぁ、この中にあるのは君達の持っている道具の何世紀先の技術だからな、賊にでも入られたら大変だ、まぁしかし君達の話を聞く限りその心配もなさそうだがね―こっちだ掛けてくれ」


 そう言い手を伸ばした先にはテーブルと椅子が四脚、恐る恐る近づき腰を降ろす。


「飲み物は何がいいかな? 久々の客人だもてなさせてくれ」


 力無い笑顔で二人に聞く、悪い人ではなさそうだ。


「えっとじゃぁ、紅茶を」

「俺はコーヒーで」

「分かった、そっちのおチビさんは何がいいんだい?」

「お、おいらは水でいいよ」


 頷き部屋の奥へと消えていく、残された一行は視線をあちこちに向け部屋の中を見渡す、見慣れない道具、何に使うか分からない小型の手帳の様な物、赤と緑交互に点滅している機械、まるで自分達が異次元の世界に迷い込んだような錯覚に陥る、フィンの膝の上に乗っていたスティンクは床にそっと降りると積み重ねられた道具の山に挑もうとしていた。


「こらスティンク、ダメじゃない大人しくしてなきゃ」

「でも万が一何かあったら大変だよ! 逃げられる所探しておかなきゃ」


 スティンクの言う事も一理ある、だがここまで親切にする人間に悪い人はいない―そう信じたい所だが心のどこかではやはり不安は拭い切れない。


「あまり散らかさないようにね?」


 羽を伸ばし部屋の隅々まで目を光らせる、積み上げられた物の影や、大きな機械の裏側に至るまで、だが。


「窓どころか穴一つないよ、ここ本当に大丈夫かな」


 ゆっくりと降りた先、そこは乱雑に積み上げられた荷物の山、脚が触れた途端崩れ出す。


「スティンク!」


 思わず大声を上げ手を伸ばす、すると崩れそうになった荷物の山はピタリと動きを止めた、振り向くとそこには片手に飲み物を乗せたトレーを持ち、もう片手で雪崩の如く崩れ始めた荷物を止めるクレールの姿があった、目を細めながら。


「あまり飛び回るものじゃない、危ないぞ? ここにある物は全てが一本の糸で均衡を保っている様な物だ、大人しくしていてくれるな?」


 何度も頷くといそいそとフィンの膝の上に戻る、トレーをテーブルに乗せると順番に目の前に飲み物が入ったカップが置かれていく、そっと視線を上げクレールの顔を見詰める、目の下にはくまが出来ており、肌は青白くとても健康的には見えない、黒い髪も近くで見ると白髪が混じっていた。


「ありがとうございます、いただきます」


 カップを手に一口含む、場を包む沈黙、飲み物を啜る音だけが響く、このままではいけないとフィンは口を開く。


「クレールさんはヴァナヘイムの科学者なんですよね? どうしてここに」

「うん? 気になるかね? そうだな強いて言うなら―人を殺した、とだけ言っておこうか」


 思わず息を飲み固まる二人、スティンクは全身の毛を逆立たせ牙を剥き出しにしている。


「ははは、冗談だよ―そんな事をしていたらここにいるはずがないだろう」

「こ、この状況でそんな冗談はやめてください―洒落にならない」


 緊張の面持ちでカラトが返す、手を口に当てクスクス笑いながらクレールは続けた。


「実際はここの柱樹の調査だよ、君達も見ただろうこの柱樹に纏う寄生植物を」


 クレールはこの植物を除去しようと思い立ちヴァナヘイムを降りこの街にやって来たのだという、ヴァナヘイムは移動型の樹街である、巨大な車輪を持った鋼鉄の要塞の様な風貌は見る者を圧倒する、だが常に移動しておりどこかに停滞するというのは殆ど無い。


「百聞は一見に如かずだ、内部を見てみるかい? 丁度休憩がてら戻って来た処だからね」


 カップに残った紅茶を一気に飲み干し席を立つと、あの鋼鉄製の重い扉がまた口を開く、二人の前には綺麗に整備された枝で出来た道がある、これを一人で作ったらしい、得意げに進んで行くクレールの後ろを見失わないよう付いて行く一行、初めて見る柱樹の内部にどこか興奮を隠せなかった。


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