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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第2話 旅の始まり#3

「以上が我々樹医師とこの世界についての説明だ、何か質問のある者はいるか?」


 皆沈黙を守っている、ここまでの内容はとうに全員が周知の上だろう、するとベレッタは質問が無い事を確認すると、とある病名を口にした。


「ここまでは知っていて当然だな、では次はある病気の話をしよう―、蛇根病じゃこんびょうというのは聞いたことあるか?」


 会場のほんとがざわめいた、聞いたことの無い病名だからだ、だがベレッタがもう一つの名を口にする、するとざわめきは収まった。


「蛇根病、またの名を―ニーズヘッグ、こっちの方が諸君らには馴染みがあるだろう」


 ニーズヘッグ、柱樹が掛かる病気の中で最も危険な病だ、兆候等はほとんど見られず、一度感染すると爆発的な速度で樹を侵していく、早期発見も困難である上に治療法も見つかっていない、樹にとってはまさに死の病である。


「そのニーズヘッグの治療法を見つけるのが今の樹医師の急務である、この病気を克服出来ない限り、人々は毒素の恐怖と常に隣り合わせで生活しなくてはならない、一秒でも早く治療法を見つけ、人々が安心して暮らしていけるよう最善を尽くせ! いいか諸君! 人々の安息は我々の手に掛かっている!」


 力強く教壇に向かって握り拳を振り落とす、改めて感じる樹医師としての責任、この世界の人々の生活が自分に掛かっていると思うと少なからず物怖じする者もいるだろう、リンベルも自分の小さな掌を見つめていた。


「すまない、つい熱が入ってしまったな、では気を取り直して試験を―」


 その時だった後ろの扉が勢いよく開き、ベレッタに向かって走っていく一人の男の姿。


「何だろう」


 男はベレッタに耳打ちをしている最中リンベルは呟くと、その声はベレッタの声で掻き消される。


「試験は中止だ、ユグドラシルに害蟲が取りついた、駆除の為この付近一帯を封鎖する! 諸君らは今すぐ会場から退避しろ!」


 突然の出来事に戸惑う受験生達、慌てて逃げ出す者や、状況が呑み込めずただ座っているだけの者、そしてリンベルも会場から逃げ出そうとするが体の小さいリンベルは、人の流れに混ざれずにいた。


「ど、どうしよう―」


 その時建物の屋根に何か巨大なものが落ちたような衝撃が走る。


「きゃあああ!」


 思わず耳を塞ぎその場でしゃがみ込む、目を閉じ動けずにいるリンベル、すると声が聞こえてくる、その声は徐々に近づき、やがてはっきりと聞こえた。


「おい嬢ちゃん! 危ないだろこんなとこで!」


 声の主は隣の席に座っていた男だった、混乱するリンベルを担ぐと全力で走り出す。


「嬢ちゃん災難だったな! 試験日に害蟲に出くわすとは!」


「あ、あ、あの!」


「ん? あぁそうか、俺はライル! バスターだ!」


「ち、違うくて、あの、降ろしてください! もう走れますから!」


 立ち止まり、担いでいたリンベルを降ろすと、笑いながら。


「あぁごめんごめん! 急だったもんでね、ああした方が早かったんだ」


 そう言うと奥の方を指さした、そこには非常口のような物が視認できる。


「真っ直ぐ行けば屋外に出られる、さぁ早いとこ逃げな」


 そう言い残し元来た道を駆け戻る、指された方向へと進んでいくリンベル、途中天井に穴が開いておりそこからユグドラシルが顔を出す、眺めていたその時リンベルは何かを見つけた。


「あれって、もしかして!」


◇◇◇


 屋外ではベレッタが避難誘導を、ライルが害蟲と大立ち回りをしていた、樹に取りついた蟲は大きな蜘蛛のような姿をしているが、その巨体からは想像できない程の俊敏性だった。


「はぁ、厄介だね、ゴクラグモ―本来は五、六人で相手する蟲なんだけどなぁ」


 ゴクラグモには目が四つ付いており、体毛に覆われ全身が黒色の蟲である、視認範囲が広く本来なら数人で注意を逸らせ、本命が後ろから弱点である腹部を突くのがセオリーである、だが―。


「しかしこいつ、巣どころか幹に卵まで産み付けてやがる、メディックは今ベレッタさんしかいないけど、避難誘導してるからな、専属樹医師オールダーも緊急事態だし根部に行ってんだろうな、俺が時間稼ぎながら援軍の到着を待つしかないか!」


 ゴクラグモの卵は孵化前に剥がそうとすると、強酸性の液体を垂れ流す、そうなれば樹が傷付いてしまう、この卵を剥がすのはメディックの仕事であるが、ライルの言う通り現状メディックは一人もいない。


 オールダーもユグドラシルの根部で治療の最中だ、頭を回転させ最善の方法を探るがそれを邪魔する様に前脚を振り上げ地面に向かい叩き付ける、舞い上がる土煙に視界を奪われたライル、至る所に視線を向けるが姿が視認出来ないでいた、その背後から上顎にある二本の牙が襲い掛かる。


 間一髪それに気付くと背に長刀を向け辛うじてそれを防ぐ「この!」握っている長刀を振り払い跳ねのけるとまたしても土煙の中へと姿をくらます、前に獲物を持ってくると切っ先を目線に置き辺りに向け神経を研ぎ澄ませる、四方八方から聞こえる足音まるで狩りを楽しんでいるようにさえ思えた。


「くっそ! このままじゃジリ貧だ! どうす―あ?」


 頭上の煙が晴れ樹が見えたライルの視線の先にそれは映った、リンベルが幹をよじ登っているのだ。


「な! あの嬢ちゃん何やってんだ!」


 ゴクラグモの卵の場所にたどり着いたリンベルは、かき集めて来た材料で治療薬と卵を剥がす薬を調合しはじめる。


「多分あれはゴクラグモ、卵は無理矢理剥がしちゃダメ―まずは卵の周りの粘膜を取らないと」


 手に瓶を持ち小さな器に注ぎそれにまた別の薬品を調合していく、木製のへらに調合した薬品を掬うとそれを卵を包んでいる粘膜に塗り付ける、黙々と卵の処理を始めるリンベル、それを見ていたライルは笑みを浮かべる。


「やるねぇお嬢ちゃん! 俺も負けてらんねえな!」


 前脚二本を突き出し煙から勢い良く飛び掛かってくるクモに対し、両手で握っている剣を勢いよく振り上げ、交錯した刹那、獲物を振り下ろしゴクラグモの前脚を一本落とした、落ちた脚は蠢き続け緑色の体液を撒き散らしながらやがて止まる、危険を感じ取ったゴクラグモは後方へと下がりライルと睨み合う、この時間はライルにとっては願ったり叶ったりだ、リンベルの治療の時間を稼げるからである―。


「よしこれで卵を剥がせる!」


 一個ずつ慎重に幹から卵を剥がす、手に纏わり付く粘膜も物ともせず次々と剥がしていく、すると奥に銀色に輝く、ゴクラグモの物とは違う卵を見つけた。


「何、これ」


 そっとそれを取り上げるリンベル、それはとても暖かく、心が落ち着くような、両親に包まれているようなそんな感覚だった、だがそれが災いした、幹から剥がした卵の一つが地面に向かって落下したのだ、勢い良く地面と接触し割れる卵、それに気付いたゴクラグモはリンベルの方向を向くとライルを無視し駆け上って来た。


「やっべ、嬢ちゃん! 逃げろ!」


 その声に気付き下を見るとクモが眼前に迫ってきていた、前には巨大なクモ、後ろは幹になっており横は地上まで十数メートルの高所、最早逃げ場なし。


 逃げ道が無いと確信したゴクラグモは進む速度を落としゆっくりと近づいて来た、巣に掛かった獲物をいたぶる様に、やがて眼前まで迫って来たクモが牙を剥き出し襲い掛かる、上顎の牙からは透明な毒を含んだ液体を垂らしながらリンベルに掛かる、ライルも諦めたその時、手に持っていた銀色の卵が強い光を発する、突然の事に驚き言葉を失う、その玉にヒビが一筋入ると、純白に輝く大きな翼が広がりリンベルを包んだ。


「聖獣の卵が孵ったのか!」


 避難誘導をしていたベレッタにもその光は届いた、思わず振り返りその光を目を細めながら見つめる、神々しいまでの光。


「まさか、孵化したのか? 誰があそこに」


 光の影が天を睨むと大地を震えさせるような咆哮がユグドラシル全体に響き渡る、光はより一層強くなると樹に付けられた卵は消え去り、ゴクラグモもまた光の中に消えて行った。


 光が徐々に弱まり、巨大な翼も霧が晴れるように静かにその輪郭を消していく、戸惑いながらも幹に視線を向け続ける中、その場で倒れ込むリンベルの姿があった―。


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