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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第2話 旅の始まり#2

 試験会場は、このユグドラシルの中心街にある石造りの建物の中で行われる、様々な地域からこの試験の為に訪れた人数は数知れず、まるで都市は祭りのような賑わいを見せる、そんな中、会場となる入り口にリンベルはいた、小さな体で必死に流されない様に懸命に踏ん張り無くさないように申込用紙を握りしめ、受付の順番が来るのを待っていた。


「すごい人数、流されないようにしないと―」


 そうこう身構えていると目の前が急に開け、机が綺麗に並べられている光景が飛び込む、その机の向こうには受付担当の男性が椅子に座り、リンベルに向かって手招きしていた、ハッとしたリンベルは駆け足でその男性の前まで走る。


「樹医師試験希望者でよろしいですか?」


「あ、はい― あ、あとこれ」


 握りしめていた申込用紙を差し出す、それを受け取った男性は静かに広げ、内容を確認しているようだった。


「リンベル・カイムさん―ね、このサインはお父さんの物で間違いないですね?」


 保護者同意欄に書いてあるサインを指さし、リンベルに問いかける、この都市では十八歳以上で大人とみられる、まだ十六歳のリンベルは親の同意が必要だった。


「はい、お父さんのサインです、間違いありません」


 それを聞くと軽く頷き、今度は別な用紙をリンベルの前に差し出した、内容は治療課メディック駆除課バスターのどちらの試験を申請するかという内容の用紙だった、父から言われた事を守り治療課メディックの欄をまじまじと見つめる。


「では樹医師の、どこの課を受けられますか?」


「えっと、治療課メディックを―」


 目の前に差し出したその紙、その右側にある治療課の受験欄に丸を書かれ、半分に切られるとその丸が書かれた方を手渡され。


「では治療課は左側の会場になります、健闘を―次の方どうぞ」


 頭を下げ指定された会場へと歩を進める、この石造りの建物はコの字になっており、左右別々の入り口が設けられていた。


 高まる鼓動を抑えるように胸に手を当て会場へと足を踏み入れる、中は既に多くの受験者で埋め尽くされていた、そこでは様々な会話が飛び交っている。


「やっぱり俺は駆除課バスターだな! その為に鍛えて来たんだからよ!」


「だって治療課メディックの方が男受け良さそうでしょ?」


 受ける理由は人それぞれであるがやはり大半は欲に絡んだ理由だった、樹医師は国家資格であり、後の人生は安泰を約束された人気職業である。


 更に見ての通り広場に会場内部に溢れんばかりの人数だ、この中から今年はたった一人だけが合格出来るとなれば競争率は計り知れない、リンベルは静かに「絶対合格してやる」そう呟き治療課の会場へと足を踏み入れる。


 治療課の会場は外と比べると静かなものだった、殆どがただ口を閉じ参考書や資料を眺め、話呆けている者は大体後方の列に溜まっている、その最中リンベルは辺りを見渡しながら開いている席を探す。


 中腹程に空いている席を見つけ近づき腰を降ろそうとすると「そこ―、誰か座ってるみたいだよ」声を掛けられ足元を見ると荷物が置かれていた、リンベルは頭を下げまた後方へと戻る、このままでは試験が始まってしまう、内心焦り始めた時だった。


 一番後ろの隅の席に一人の男が突っ伏して寝ている横に空いている席を捉える、その男性はグレーの短髪で、見た限り身長もそこそこ高そうな人物だ、周りを見てもそこだけしか席が空いておらず、リンベルは不安を抱えながらそっと近付き、静かに着席すると脇に下げている鞄から本を取り出し最後の追い込みをする―。


「静粛に、これより試験を開始するぞ」


 不意に会場に響き渡る女性の声が聞こえた、話し込んでいた後方のグループは静まりリンベルは声のする方を見る、赤い長い髪が特徴的な如何にも大人の魅力を漂わせる試験官が入室して来た、会場の前中央にある教壇に立つと、何の予兆も無くリンベルを急に睨みつける。


「―っ、な、何だろう―僕何かマズイ事でもしたかな」


 肩に力が入り、縮こまるリンベル、教団から聞こえて来た足音は徐々に近づいてくる、閉じる目に力が入り今にも泣きだしそうなリンベルを他所よそに女性は隣で寝ている男性の方へと近寄った、その瞬間安堵したリンベルは内心自分ではなくて良かったと胸を撫で下ろした。


「貴様―、何故ここに居る?」


 男性に声を掛ける試験官、それに反応するように男性はゆっくりと起き上がり、大欠伸を掻きながら。


「あれ? 何でベレッタさんがここに? ここは駆除課の会場じゃ―」


「駆除課の会場は反対側だ馬鹿者! さっさと行け試験開始時刻だぞ! 試験官の貴様が遅れてどうする!」


 激しく叱責された男性、どうやら反対側の会場の試験官だったようだ、慌てて立ち上がり何度もベレッタという女性に頭を下げ会場から出て行こうとする、その際リンベルと目が合うと、ずいっと近づき。


「やぁお嬢さん、試験頑張ってな」


 背中をポンと叩かれ、手を振られるとそのまま走って向こう側の会場へと向かって行った。


「全く――すまいな諸君時間を無駄にしてしまって、改めて私が諸君らの試験を担当するベレッタだ、よろしくな」


 教壇に立つと、受験者に向かって挨拶をする、しかしそれ以前にベレッタの先程の気迫に押され皆静まり返っていた、その事に気付いたベレッタは咳払いをしながら。


「あぁ、んっん、では試験を始める前に基礎的な所から話しておこう、我々樹医師とは、樹とは何なのか、という事をな」


 黒板に向かうとチョークを一本手に取り、樹医師や世界についての説明が始まった。


◇◇◇


 樹医師とは、ここユグドラシルを含む、世界中に生えている柱樹ちゅうじゅ、と呼ばれている巨大な樹木を治療する事を主とした医師の事である。


 この樹医師の活動は多岐に渡るが大きく分けて三つの課に分けられる。


 一つは今リンベルが受けている治療課メディックである、メディックの主な仕事は病気に掛かった柱樹の治療、及び経過観察、疫病に掛かる前のワクチン投与、弱っている柱樹への栄養剤の投与等、文字通り治療に特化した課である。


 もう一つは、害蟲や寄生蟲等の駆除を主とした駆除課バスターである、バスターは駆除依頼を受けてから現場に赴き、その害蟲、寄生蟲の生態、特性を理解した上で柱樹にストレスを与えず駆除を行う、害蟲駆除のエキスパートである。


 そしてこれら全ての知識を持ち合わせ、統括しているのがユグドラシル専属樹医師オールダーと呼ばれる熟練樹医師である。


 尚新米樹医師はユグドラシルでの勤務は出来ず、依頼の有無にかかわらず、世界に点在する柱樹を治療する事が義務付けられている、これは様々な経験や人々との触れ合いをさせ、より多くの知識や感性を磨かせる狙いがある、更には全ての交通機関、宿泊施設等が無料で使用できるといった権限もある。


 さて治療対象となっている柱樹だが、この世界では柱樹の恩恵無しでは人間は生きる事が出来ない、柱樹には様々な物を作り出す力がある、水を作り、作物の種を生み出す、それを利用して我々人間が生活出来る、だからこそこの柱樹を治療する事は、人々の生活を守る事にも繋がる。


 そしてこの柱樹の根元、そこに人間が街を作り生活している拠点が樹街じゅがいと呼ばれる生活区域である、この生活区域だが柱樹から根が届く範囲のことを指し、それ以上先は荒野と岩しかない無機質な景色が広がるだけ、根の先からは人間は生活出来ないのだ、この樹街だが中には他人との接触を拒み独自の文化を形成している樹街、独自の生態系を有した樹街もある、これら全ては特別保護地域になっており故に世界全ての柱樹の治療は難しいのだ、今尚ユグドラシルではどう対処すればいいのか議論されている。


――――


 次に聖獣の説明である、聖獣はここの柱樹、ユグドラシルの樹からしか生まれない、姿形も多種で常時小さな姿で収まってはいるが、樹の力を借りる事で成体へと一時的に成長できる、その力も多岐に渡り、害蟲を排除したり病気を治したりと様々である、しかし一番重要なのは柱樹を感知する力である、ユグドラシルから生まれた聖獣は他の柱樹の存在を感知できるのだ、これには諸説あるが一番有力なのは、柱樹はユグドラシルの子供であり、聖獣はその母なる樹から生まれた存在だからこそ感知できる、というものである、兎にも角にもこの聖獣の存在が樹医師にとっては必要不可欠なものであり、試験に合格した者だけが卵を受け取れるのだ。


――――


 最後に柱樹の終わりについて、柱樹が何かしらの原因、影響で壊死してしまった場合、そこに住んでいる人々は避難をせざるを得ない、何故なら死んでしまった柱樹からは毒素が放出されるからだ、この毒素は吹き出し続ける為、その地域は居住不可地域と認定され立ち入る事は勿論、近づく事も許されない、何故毒が放出されるのか、こちらも未だ原因は不明のままである。


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