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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第2章 護るべき世界
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第13話 雨を運ぶ#2

 雨を含み何倍にも重くなったコートを脱ぎ手に持つ、中に着ているベストからシャツまで全てずぶ濡れだ。


「うぅ――、肌にベタベタくっついて嫌だなぁ、まずは宿屋に行ってお風呂入りたい」

「その意見に賛成だ、このままじゃ風邪引いちまいそうだし――お、あった」


 木の板で作られた看板が二人の視界に入る、取っ手を手前に引き扉を開けるとその光景に驚く、大人数が笑顔で出迎えたのだ。


「おぉ! 来た来た!」

「いらっしゃい! ようこそ!」

「ずぶ濡れだろう? 早いとこ風呂に入りな! もう暖まってるぜ」


 二人は呆然と立ち尽くす、何故ここまで手厚い歓迎を受けたのか、また何故こんなにも準備がいいのかとすると一人の男性が近付き頭を下げる。


「ようこそ旅人さん、私はこの街の長を務めさせて頂いている者です―早速お話をと思いますがまずは体を温めてからゆっくり話しましょう」


 

 二階の客室に通され各々の部屋に入る、木造の落ち着いた雰囲気の部屋、小さなテーブルにはティーセットが置かれ、窓の脇に置かれたベッドは折り目正しく綺麗にメイキングが施されている、そして入り口の脇にある扉それを開けるとお湯が張られ、仄かに温かい湯気がフィンの体を包む。


「わぁ本当にすぐ入れるようにしてある、町長さんも待ってるだろうしすぐ入ろうっと」


 荷物をテーブルの上に置くとコートを日差しに当たる様に壁に掛け、ベッドの上にあるタオルを手にバスルームへと入って行った。


「待って! おいらも入りたい!」


急いでバスルームへと入り扉が閉まる。


◇◇◇


「はぁサッパリしたなぁ、しかし本当にここまで準備しててもらって予知能力者でもいるのか? この街には」

「どうだろう、でも確かに手際が良すぎるね」


 一階のカウンターその一角に座りコーヒーと紅茶を飲んでいる、いつの間にか宿屋にいた大勢の人々は外に出ていた、雨が止み皆思い思いに外で作業をしている、その時フィンはある事に気付く。


「あれ? この街の家―屋根に大きいバケツ乗ってる」

「うん? バケツ? あぁ―確かに乗ってるな」


 窓から見渡すと確かに全ての家屋の屋根の上、とても大きなバケツのような物が置かれていた、それをよく見ると下には管の様な物が通され家の中へと続いていた。


「あれはバケツってより貯水槽の方が近いな」


 他の樹街では見ない光景、その特異な街の様子に興味津々のスティンク。


「ちょすいそうって何?」

「貯水槽ってのは水を貯めておく為の物さ、雨や柱樹から湧く水が少ない地域でならよく見かけるぜ」

「ふぅん―、でもあんなに雨降ったのにちょすいそうっているの?」

「うぅん、確かに変だな」

「何かきっと理由があるんですよ」


 後方から木の軋む独特の音が聞こえる、振り返ると先程の町長がそこにいた。


「それについては私から説明しましょう」


 並ぶようにカウンターに腰を降ろすとコーヒーを注文し、町長は口を開く。


「この街は―――雨が降らないんですよ」

「え? でもさっきあんなにすごい雨が降ったじゃないですか」


 フィンは首を傾げながら返す、確かに先程の豪雨を見た限り雨が降らないなんて事は考えられない、すると今度はスティンクが。


「おじさん嘘吐うそついたらいけないんだよ?」


 町長は困った表情を浮かべ、それでも静かに続ける。


「いえ降るには降るんですよ、ただあなた方のような旅人が来た時だけね」


 

 町長は語る、この街は以前は他の樹街と変わらなかった、普通に雨が降り川は流れていたと、だがここ数年で川は以前の半分以下の水量になり雨も全くと言っていいほど降らなくなったのだ。


 だがある時旅人がこの街に訪れた際それはすごい豪雨に見舞われた、まるで今まで降らなかった分の雨が一気に降り出したような、街の住民は皆喜んだやっと水が手に入ると―だがそれ以降雨はまた降らなくなった、そこである疑問が浮かんだのだ。


「もしかしたら旅人が来た時だけ雨が降るのでは?」と、その考えは見事に的中する。


 それから暫くしてまた新しい旅人がこの街に来た時、またしても豪雨が降ったのだ、旅人の来訪を逃せばまた水不足になる、そう考えた住民達はこぞって屋根の上に貯水槽を建てたのだという。



「なるほど、それで街の人が大勢ここに集まってたって訳か」

「えぇそうです、あなた方はこの街に雨を運んでくれた――大事なお客様なのです」

「だからお風呂とか準備して頂いてたんですね」

「はい、我々なりのおもてなし、とでも言いましょうか」


 申し訳なさそうにしながら話す町長、するとフィンは立ち上がり。


「事情は分かりました、もしかすると何か病気に掛かってるのかもしれません、早速診察してみましょう」

「診察? するとあなた達はもしや」


 笑顔を浮かべながら応える。


「はい、僕は樹医師のフィンと申します」


◇◇◇


 街の中心にそびえ立つ巨大な樹木、その根元に二人は立っている。顔を上げどこまでも伸びる樹の先を見詰めるがここからの眺めでは何も確認できない。


「相変わらず高いな、なぁフィン本当に病気だと思うか?」


 だがその質問の答えは返って来なかった、振り向けばしゃがみ込みただ黙々と準備をしている姿がそこにある。


「え? 何? 何か言った?」

「いや何も無ければいいなって」

「うん、そうだね」


 厚手の革の手袋を鞄から取り出し手に装着していく、握り込む度革独特の音が小さく鳴り手首にある紐を締める、腰には様々な金具が付いたベルトを巻きロープとピッケルを持つと手際よく結び大きく深呼吸する。


「よし、行こう」


 ピッケルを幹に勢いよく突き刺す、深く差し込んだピッケルのグリップ部分にあるボタンを押すと樹の中から小さな金属音が聞こえた、中でかえしが出た証拠だ。


「気を付けてねカラト、雨のせいで滑りやすくなってるから」

「あぁ分かってるよ、フィンもな」


 互いを気遣いながら上を目指し樹を登って行く、所々に生えた苔が水分を含み鮮やかな深い緑色を発し、雨上がりの適度な湿気がある空気はどこか清々しい。


◇◇◇


 登り始めてどれ程経っただろうか、眼下に広がる広大な大地は果てしなく広がりそれを柱樹の枝から伸びている葉が彩る、フィンと同じ目線で鳥が羽ばたき、目の前を小さな蜥蜴とかげがカラトのピッケルの横を我が物顔で通り過ぎる。


「何て言うか、治療課メディックってすごいな」


 フィンの少し下を進んでいたカラトが言葉を掛ける。


「何がすごいの?」


 フィンは目線を上に向けたまま返事を返す。


駆除課バスターはここまで登らないからさ、大体は呼び寄せたり道具を使って追い払うからな」

「僕達はもっと上まで登ったりするよ、もしかして怖いの?」

「はは、まさか――ただここまで来たのは初めてってだけさ」

「そうなんだ――あ、あそこ休憩できそう」


 登っている少し先、他の枝よりも太い堂々とした枝が視界に入る、それを見付けたフィンはすかさず休憩を促した。


「いやでも、俺はまだいけるぜ?」

「食べられる時に食べる、僕はそう教わったの――休むのも大事だよ」


 目的の枝に手を掛け体を勢いよく乗せる、そこは座るには申し分ない広さだった、更に。


「はいおやつだよ!」


 いつの間にか傍に寄っていたスティンクが差し出してきた黄色い、野球ボール程の大きさの木の実、初めて見るそれに少々戸惑うカラト。


「何だこれ? 初めて見るな」

「食べて食べて! おいしいよ!」


 鼻に近づけ嗅ぐと爽やかな酸味を含んだ香りがする、だがやはり手が進まない、フィンに視線を送ると既に頬張っていた、とても幸せそうな表情で――するとフィンもこちらを向き思わず視線を逸らすカラト。


「これは柱樹の上の方でしか食べられない木の実だよ、甘酸っぱくてすごく美味しいの」


 以前別の樹街で診察の為に登った先で偶然発見した食料だと言う、だからフィンは必要な診療具だけを持って来たのかと思った、確かに樹の上で食料が手に入るなら不必要な物は置いてきた方が身軽になれる。


「なるほど、どれどれ」


 一口齧る、果汁が霧の様に弾け最初に酸味が口の中に広がる、そしてそのまま口を動かし続けると今度は甘味が優しく舌を包んだ。


「美味い」思わず零れる、こんなにも美味しい木の実があったのかとカラトは感動すると同時に。


「これは樹医師おれたちしか味わえない食べ物だな」

「ふふ、そういう事さて、お腹も膨れたしそろそろ行こっか」


 枝の上で立ち上がるとズボンを払いまた上を目指す、慣れた手つきでどんどん登って行くフィンの背中を見ていたカラトは小さく「負けてられねぇな」と口の端で笑い呟いた。


◇◇◇


 柱樹の高層部、雲が目の前を横切り空気が薄いせいか呼吸がし辛い、気温は下がり吐く息は白みを帯びる。


 数メートル登る度背中を丸め体を温めようと全身の筋肉が激しく震える、フィンはただでさえ小柄だ、その上女の子ともなれば体力もカラトより低い、消耗が激しいのが手に取る様に分かったカラトは。


「フィン大丈夫か?」

「うん、大丈夫少し寒いけど」


 声からは元気とは程遠い、今にも消え入りそうな声色だった、コートのボタンを全て閉めていても隙間から冷たく冷やされた風が入り込み、容赦なく二人の体力を奪う。


「二人共本当に大丈夫? 一回戻った方がいいんじゃない?」


 フィンの周りを飛び回りながら一度街に戻る事を提案する、ポケットの中にいたドングリも顔を出し下にいるカラトを見ている。


「ようドングリ、寒いからポケットの中にいな」


 鼻を数回動かし素早く中に戻る、そのまま視線をフィンの顔に向けると目を閉じ動かずにいた。


「おいリンベル? 本当に大丈夫か?」

「え? うん大丈夫、平気だよ、平気」


 ピッケルを打ち込む手に力が入らない様はどうも平気には見えない、何度も何度も打ち込む―しかし虚しくもそれは樹の表面、樹皮を削り取る事しか出来なく無駄に体力を消費する結果となった、肩で息をし苦しそうな表情を浮かべ最早まともに握る力も残されていない。


 すると、ふと手が軽くなる、目線だけが手を捉えるとそれはカラトがフィンのピッケルを代わりに打ち込み固定していたのだ。


「無理するな、フィンが倒れたら誰が治療する? 俺は駆除しか出来ないんだぜ?」


 そこには頼もしい笑顔があった、腰に手を回しロープを巻くとそれを自分の腰に巻き付け。


「俺が引っ張ってやる、もう少し頑張れ」

「ありがとう、ごめん」

「気にするな、行くぜ―日も傾き始めてる、早く休める所探さないとな」


 今度はカラトが先頭を行く、スティンクはフィンのコートの襟足を掴み引っ張り上げるようにしながら、時折首にマフラーの様にくるまり温めまたコートを引っ張る。



「どうしようもないくらい僕って卑怯者だね」

「うん? どうした急に」

「こんなに気を使ってもらって、僕には力も何も無くて―男の人だったらどんなにいいかって、僕が女の子だとわかると皆が手を貸してくれて、嬉しいけどでも同時に自分がとても卑怯な人間に見えるんだ」


 小さく零れた本音がカラトの手を止める、少し考え。


「それで自分の事を僕とか言ったり、男の子みたいな恰好したりしてるのか?」

「そうかもしれない、うぅん、違う―きっとそうしてるんだ、自分の奥底の臆病な心がそうさせてるんだ、強くなりたいから」

「確かに初めて会った時は驚いたよ、男の子かと思ったからな―でもそんな事は関係ない!」


 勢いよくピッケルを振り下ろし樹に刺し込み。


「君は卑怯者でも臆病者でもない、フィン――君は決して弱い人間なんかじゃないさ」


 柱樹の上で心の内を曝け出した、人前であまり弱気な姿を見せた事がなかったフィンが溢した心の内、それをカラトは否定する決して弱くないと。


「それに――うっ、何だ? 水滴?」


 顔に何かが触れる感触、それを拭うと手袋がほんのりと色を変える、水分を含み少し色濃くなった。


「カラトあそこ! 何かあるよ!」


 スティンクが声を上げる、柱樹から脇に伸びている枝の先、そこに柔らかな光を放つ物。


「おいフィン、あれじゃないか? 原因になってるのは」

「可能性はあるね、行ってみよう」


 伸びた枝に足を付けると二人は光差す方へと歩み出す、微かに七色を帯び、照らされた葉は透けて見え、そこだけ雰囲気が違う、別の空間の様な。


 腰からナイフを手にそっと触れる、それはとても温かかった。


「これ――種だ、柱樹の種だ!」


 初めて見る柱樹の種子、いくら樹医師といえど樹に生っている状態での発見例は今まで報告されたことが無い、興奮冷めやらぬ中様々な角度から眺め。


「うん、間違いない、大きさもこの独特の形も!」


 柱樹の種子は成熟すると厚い皮に覆われやがて地面へと落ちる、故に地上でなら運が良ければ見る事が出来る。


「これが柱樹の種、綺麗なもんだな」


 後ろから眺めているカラトが呟く、フィンはすぐに気持ちを切り替えまずは触診を行う。


「問題なしっと、後は――痛いけど我慢してね」


 診療鞄から注射器を取り出し、種子とそれを支える枝に刺し込み樹液を採取する。


 透明度の高いまるで湧き水の様な樹液で満たされると別容器に移し替え、少量の粉末を加え大きく振る。


「それは何してるんだ」

「種が何かの病気に掛かってないか調べる薬だよ、色が濃くなればなるほど重い病気に掛かってるの、後は色によってもどんな種類か大体の目安は付けられるし」

「へぇ、フィンやっぱり君はすごいよ」


 振り終わった容器の樹液は少し水色掛かっていた、振り向き柱樹を見詰めそして結論が出る。


「うん、これはあれだね―病気じゃないね、何て言うか僕達で言う所の」

「所の?」

「えっと、過保護っていうのかな」


 過保護と聞いたカラトは膝を付く、鼻で笑いながら。


「なんだよそれ、自分のこどもに対して過保護になってるってか、はは」

「でも良かった、病気じゃなかったし―カラトこの種取るの手伝って」

「え? でもまだ熟してないんじゃ?」

「だから言ったでしょ、過保護だって、もう落ちてもいい位に成熟してるよ」


 樹に生った種子を優しく切り落とすとそこに出来た、切り口に小さな赤い球をねじ込む、オレンジ色の夕焼けにも似たその光は冷えた体を温め、間もなくやってくる夜に備える。


「これは何だ? これも診療具の一つなのかい?」

「うん、これは本来は温度が下がった柱樹を温める物なんだけど、こうやって樹の上で一晩過ごす時にも使えるの」

「便利な物があるんだな、俺達のナイフとかじゃ食べ物集めたりとかそれくらいしか出来ないよ」


 薄闇が辺りを包み、やがて夜が全てを支配する、しかし見上げれば小さく輝く星々が地上に比べ何倍もの光を放ち、遠目に見える樹街の僅かな光がまるで地上の星に見え、宇宙を漂っているような。


 凍える夜、柔らかい光と温かさに守られながら二人の樹医師は眠りにつく。


◇◇◇


「つまり雨が降らない原因というのが」


 太陽が昇り光に照らされる樹街、朝日と共に樹を降りて来た二人は種を抱え町長宅へと足を運んでいた、今回の原因について話をしている最中である。


「はい、今回の原因それは」


 雨が降らない、それは種子を守るが為の現象だった。


 今回の柱樹はこの樹街に雨を振らせる雨雲をも呑み込み、更には湧き出る水すら内部に溜め込んでいる、故に雨が降らず慢性的な水不足に陥った。


 では何故旅人が訪れると雨が降るのか、それは。


「僕達のような外から来た人間から種を守る為だったんです」


 豪雨を降らせる理由、それは外部から来た人間から種子を守る為、この土地に住んでいる人間には無くて、外部の人間が持ってくるもの―それは他地域からの塵やその地域にしか自生しない植物の花粉等に他ならない、それを洗い流す為に訪れた時の様な豪雨を降らせたのだ。


 つまり種を守る為の過剰なまでの防衛本能なのである、だからフィンは過保護と表現したのだ。


「ですが上層部で種を見つけそれを持って来たので、もう心配ありません」

「ではもう雨の心配をしなくてもいいと?」

「はい、もう大丈夫です」

「そうですか、ありがとうございます―樹医師さん」


 深々と頭を下げ礼を述べる町長、別れを告げ次の樹街へ向かおうとするが。


「あぁそうそう、今日は列車は来ませんよ」

 

 生憎の定期整備により今日一日列車は走らないという。


「そうなんですか? どうしよう」

「如何でしょうもう一日泊まられては? 柱樹も診て戴いた事ですし、お礼も兼ねて」

「せっかくだ甘えさせて貰おうぜフィン、どのみち列車も来ない訳だし、な?」

「うん――それじゃお言葉に甘えて」

 

 初日に訪れた宿屋、同じように各々の部屋に入り思い思いの時間を過ごす、フィンは道具の手入れや本を読み、カラトはひたすらに体を動かす。



 外は暗くなり家からの灯りが優しく道を照らし、空の星は昨晩に比べると少々暗く感じる、静寂が訪れ草木の呼吸すら聞こえそうな。


 だがそれを掻き消すようにスティンクとドングリが騒ぎ立てる、背にドングリを乗せ部屋を縦横無人に飛び回り、ベッドに勢いよく飛び込むとシーツの中に隠れ動き回るドングリの影をスティンクは楽しそうに追いかけ回す、その様子を見ていたフィンは興奮気味の二匹を抱き上げ。


「ほら、もうそろそろ寝る時間だよ? 大人しくするの」


 ベッドの毛布を上げ、並べるように寝せるとそっと掛け直す。


「まだ眠くないよぅ」


 その言葉とは裏腹に大きな欠伸をする。


「いいから、目をつぶって――おやすみ」

「うん、おやすみ」


 寝返りを打ちやがて寝息を立てた、それを確認する様に顔をそっと近付け聞き耳を立てる、どうやら本当に眠ったようだ、クスクスと笑いながら。


「ふふ、さて続きしなきゃ」


 鞄の中を漁りある物を取り出す、テーブルの上に置いてある三本の蝋燭の内、二本を吹き消すと一本のまだ火が付いている蝋燭を床に置き、二匹の顔に灯りを当てないようにすると、作業を始めた。


「こうかな? ううん? こっちを通して――っと、痛っ!」


 一人小さな蝋燭の下、部屋の窓から漏れる灯りは夜遅くまで灯っていた。


◇◇◇


 駅の構内で列車の到着を待つ一行、時間が緩やかに流れ、鳥が空を横切って行く。


 だがフィンだけは様子がおかしい、何か隠し事をしているような落ち着かない様子だ、すると。


「あ、あのねスティンク」

「うん? なぁに?」


 ベンチに逆さまになるようにだらけているスティンクが這うように近付いてくる。


「うんとね、これ作ってみたんだ」


 手に納まっている物、それは以前スティンクが寝る時に使っていたあの肩掛け鞄、それを小さなスティンクの体に合うように作り直された肩掛け鞄だった、初めての裁縫に手古摺てこずっていたのか指のあちこちに絆創膏が見える、とても不格好な鞄―しかし。


「わぁ! ありがとう! おいらの鞄だよね?」

「うんそうだよ、スティンクだけの鞄」


 目を輝かせ嬉しそうに腕を通す、何度も蓋を開け閉めしフィンの鞄から思い出の品を取り出すと丁寧に今度は自分の鞄に詰め直す。


「よかったな、スティンク似合ってるぜ」

「ありがとうカラト! へへへ、おいらの鞄!」


 何度も鞄を撫でる姿は幼子が玩具を買ってもらったような、微笑ましい光景だ。


 清々しいまでの何も無い風景はどこか心落ち着く、体が列車に揺られ窓に額を付けていると一粒の雨が窓に掛かる。


「あ、雨だ」


 次々に降りて来る雨粒は窓を濡らし車窓からの景色をぼやけさせる。


「雨を運ぶ旅人か――ふふ、そういうのも素敵だね」


◇◇◇


「おぉ! 雨が降ったぞ!」

「これでもう大丈夫だ! 水不足の心配も無くなった!」


 活気づく樹街の中心地、旅人の姿は無く自然と振り出した雨に住民達は歓喜の声を上げる。


「樹医師さん――この街を救ってくれて本当にありがとう」


 優しく降り注ぐ雨の中、届くかどうかは分からない、それでも町長は小さく礼を述べる、空に広がる曇天に向かって。


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