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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第1話 少女と白竜#2

 中心部から遠ざかり人の気配がほぼなくなった辺り、緑があった風景は街外れに進むにつれて寂しい景色に変わった、草の代わりに砂地が広がり、無機質な岩がゴロゴロとあちこちに散乱している、水の流れる音や人の声すらもはや聞こえない、先程までの活気が懐かしくさえ思う。


「もう根から出たんだ」


 そう呟くと、首に巻いていたマフラーを伸ばし口元を覆い隠す、荒野というのが正しいだろう細かな砂を含んだ空気を吸い込まない様にする、帽子の上で寝ていたスティンクも目を覚ますと。


「ん、もう樹街を出たの?」


 眠そうな声でフィンに話しかける。


「うん、もう出たよ、さぁこの中においで」


 コートのポケットから小さな別の鞄が出て来る、それは折りたたんだ肩掛け鞄だった、口を開けると寝ぼけているのか、フラフラしながらやっと鞄の中に納まったスティンク。


 優しく鞄を閉じると、今度は別の胸ポケットから青色に染められた羅針盤にも似た器機を手に、それを眺める、二つ折りになっているそれは上部が本来の羅針盤の役目をしておりその下の盤面の針はぐるぐると回るだけで何処かに止まる訳でもなく、ただただ回り続けていた。


「うーん、近くにはいないかな」


 腰にぶら下げている懐中時計を見ると午後を回っていた、地図を取り出し図上の線を指でなぞっていく。


「ここが今いるところだから―、もう少し先か」


 取り出したものを全て仕舞うとまた歩き出す、乾いた風が髪を撫で、直射日光が容赦なく照り付ける、先程とは大違いでジリジリと肌が焼けるような痛みを感じる程だ。


 やはりそこは女の子日焼けを気にしてコートを脱ごうとしない、相変わらず腰の位置辺りにいるスティンクが眠っている鞄からはいびきが聞こえてくる、気を紛らわす様に鼻歌を歌いながら足を止めない。


◇◇◇


 歩き続ける事三十分、視界に小さな小屋が入って来る、野ざらしにされ所々朽ちてはいるが、それは間違いなく目指していた駅だった、構内に入るとくたびれたベンチがフィンを迎える、背負っていた荷物を全部ベンチに置くと、ようやく自分も腰を下ろした。


「ふぅ、疲れたぁ―あんたはいいよね鞄の中で寝てられるし」


 肩掛け鞄を膝の上に静かに運び中を覗き込むと、小さく丸まりながら気持ちよさそうに眠るスティンクの姿があった。


「―――こいつめ」


 悔しそうにスティンクを見つめるフィン、そっと鞄の蓋を閉じ背もたれに寄りかかり、穴だらけの天井を見つめる、昔はこの駅も活気があったのだろうか、それとも出来た当初からこんな感じだったのか、老朽化が進みあちこち穴が開いている、この状況ではどちらとも言えない。


 風が開いた穴から流れ込み音を立てる、窓があるが長年使われていないせいか角の部分にはヒビが入っているのがわかる、誰も手入れをしている様子も伺えない、樹街からここまでの距離を考えると当然と言えば当然なのかもしれない、鞄を手に中から一冊の本を取り出すと読書を始める、静かな午後の昼下がり、穏やかな時間が流れている―。


◇◇◇


 どれ程時間が過ぎただろうか、遠方から汽笛の音が聞こえて来た、その方へ首を向けると砂煙が上がり、それは徐々に近づいてくる。


「もうそんな時間か、続きはまた今度―」


 本を鞄に仕舞うと下ろした荷物を再び担ぎ始める、音がどんどん大きくなり眼前を鉄の塊が通過しそれと同時に、錆と土の匂いが構内に充満し始め、顔に土埃が掛かり思わずむせ返す。


 甲高い金属が擦れる音をまき散らしながら減速しやがて停車した、今度は重い鉄製の扉が稼働部を軋ませながらゆっくりと口を開け、中からは車掌らしき人物が顔を出す。


「やぁお嬢さん、どこまで乗っていくんだい?」


「えっと、この先にある樹街まで―」


 そういうと車掌らしき男は懐から一枚の紙を取り出しまじまじと見つめ。


「それなら到着予定は夜になるかな、で運賃は1800ソルになるね」


 この世界では乗車前に行先と運賃を支払う事になっている、長距離の移動手段がこの蒸気列車しかない為に乗り込む乗客も多い、その為の前払いである、更に列車らしからぬ異様な光景もある。


 客室にある窓には全て鉄格子が張られていることだ、連結部分も全て鉄格子が張ってある、これは盗賊の襲撃を防ぐ事にも一役買っている、それでも尚盗賊に襲われた列車も後を絶たない、それ故関係者は腰に短刀と鈍く輝く銃を下げている。


「あの―これ」


 徐に胸ポケットから手帳を取り出し男に見せる、すると男は顔色を変え。


「ん? これは―樹医師免許!まさかお嬢、じゃなくてあなた樹医師さん!」


「は、はい、一応樹医師です」


 慌てて手帳を返すと、襟を正し頭を下げ。


「これは失礼致しました! まさか樹医師様だったとは知らずなんとお詫びをすればいいか―」


 その姿を見たフィンも慌てて。


「い、いえこちらこそ! すいませんこんな格好で―」


 フィンの格好もとても樹医師には見えない、長いコートを羽織り首にはマフラー、帽子を深々と被り、ブーツは泥だらけ、どう見てもただの放浪者にしか見えなかった。

 

 列車の中へと通され奥へと進む、そこには綺麗に並んだ座席、それに座っている一般の乗客、空いている席を見つけ座ろうとした矢先「樹医師さん、こちらです」車掌が声を掛ける。


 促されるまま後を黙って付いて行くと、普通の客室ではなく特別待遇の客室へと通された、そこはまるでここで生活ができるような程の設備が整っていた、きちんと整理された家具類、折り目正しく新品のシーツが敷かれたベッド、テーブルには軽食が用意されトイレとシャワールームもあった、その豪華絢爛さに思わず口を塞ぐフィン。


「ああ、あの、僕向こうの車両の、一般の方と一緒で構わないんですが―」


 こんな部屋に通されるとは思っていなかったフィンは、動揺を隠しきれない。


「いやいや、樹医師様には樹街を救っていただいている恩があります、それに私の故郷も救っていただきましたし、これはその時のお礼という事で」


 この男性の住んでいた樹街も病気にやられていたのかと思った、しかしそれを治したのはフィンでは無く別の樹医師、当然フィンの性格ならこう答えるだろう。


「でも僕が治した訳じゃないし、直接その樹医師の方にお礼をした方がいいんじゃないでしょうか?」


 男は静まる、確かにフィンの言う事には一理ある、お礼をするべきは本来は樹街を救ったその樹医師だ、だがほとんどの樹医師は治療を終えるとすぐに別の樹街へと赴く、お礼をしたくてもすぐに出来ないのだ、お金を渡されても重くて邪魔になるだけ、だからこそすぐに摂れる食事と飲み物を提供する、樹医師という職業柄の暗黙のルールなのだ。


「そうですか、では食事だけでも如何です? お連れ様ももう召し上がっているようですし」


 首を傾げるフィン、ハッとし鞄を開けると中で眠っていたはずのスティンクの姿が無い。


「フィーンー、これおいしよー」


 後ろを振り向くとテーブルの上に置かれている食べ物に夢中でがっついている、一瞬言葉を失い我に戻ったフィンは恥ずかしさのあまり。


「す、すいません、成長期なものであの子いつもお腹空かせてて、えっと―」


 必死に言い訳を考えるフィンを横目に、遠慮なしに食べまくるスティンク挙句の果てに。


「ねぇねぇ、これおかわりある?」


 等と言い出す始末、耳まで赤くなったフィンは両手で顔を覆い隠す。


「あぁ、もう!」

 

 テーブルの上に横たわるスティンク、卓上は散らかりその上で膨れ上がった腹部を撫で舌なめずりをしながら。


「はぁうまかったー、今日一番のご馳走だね!」


 視線を送るその先、姿が無い事に気付き部屋中をくまなく探すと隅で小さくうずくまり、何を言っているのかブツブツ独り言を発しているフィン。


「フィンそんなに落ち込むなよー」


「誰のおかげでへこんでると思ってんのよ! もっと静かに旅しながら樹医師としてお仕事したかったのに――こんな大食いの、しかも遠慮どころかどんどんがめつくなっちゃって」


「まぁオイラも、まさか女の子のパートナーだったとは思わなかったしね、これも巡り合わせだと諦めるしかないね!」


 頬を膨らませ、細目でスティンクを睨むフィン、そんなフィンの事はお構いなしに大きな欠伸をする。


「また眠くなっちゃった、おやすみー」


 目を擦りながらフラフラと飛んでくるとフィンの肩の上に留まり、やがて寝息を立て始めた、横目でそんなスティンクを眺めると。


「どれだけ寝れば気が済むのよ―、大人しいと可愛いんだけどな、こいつも」


肩に乗せているスティンクを落とさないように気を付けながら伸びをする、懐中時計を眺めると到着までまだ時間がある。


「僕も少し寝ようかな」


 ベッドには行かず大きなソファに座り込む、そっと包むように肩で寝ている相棒を持ち上げると自分の脇に置き、手摺りに寄りかかると静かに目を閉じる。


 一人と一匹を乗せた列車は何も無い荒野を走り続ける、蒸気を垂れ流し、煙が通り道に残され先頭車両はいつの間にかライトを点灯させていた、その光は薄闇を裂き遥か彼方まで届きそうな程だ。


 そんな最中彼女は夢を見た、二年前のスティンクとの出会いを、そして樹医師になった時の夢を―。


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