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ユグドラシルの樹医師  作者: 海原 瑛紀
第1章 全ての始まり
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第5話 刃に想い込め#1 ★

挿絵(By みてみん)


 柱樹の中腹、幹の部分にフィンの姿が見える、ピッケルを両脇に刺し込み、その間にロープを張り体に巻き付け両足をしっかりと幹に押し当て体を支えている、目の前には黒褐色に変色した部分、トレー程の大きさで治療の最中だった。


「ここまで硬化してる樹皮だと簡単には剥がせないか、少し薬をかけて柔らかくしないと」


 周りを飛んでいるスティンクが背中に背負っている鞄に入り薬を探す。


「ねぇフィン、どの薬?」


 鞄の隙間から顔を出し、種類を訪ねるスティンク、少し首を後ろに回し。


「えっと―、黄色のラベルが張ってある、銀色の筒だよ」

「黄色の銀色だね」


 鞄に再び潜り込むのを確認すると、フィンは顔を正面に向け硬化した樹皮を見つめる、他の部分とは異なり、鉄のような滑らかな肌触り、そこの一部だけそうなっている、ナイフを手にその部位に突き立てるが、刺さるどころか跳ね返され、甲高い金属音が響き渡り耳に戻ってくる。


「すごいなぁ、本当に鉄みたい―」

「フィン、これでいいのかな?」


 感心するその後ろで、ラベルの張られた瓶を手にフラフラと飛んでくる、受け取りラベルに書かれている説明文や内容を目で追う。


「うん、これで合ってる、ありがとスティンク」


 筒の蓋を開け腰に刺し込んである刷毛(はけ)を手に、瓶に入れると丁寧に掻き混ぜる、取り出した刷毛には濃い黄緑色の半液状のものが付着しており、それを硬化している部位に塗り付けていく。


「うぅ、これ酷い匂い―」


 鼻を押さえながら涙目で話すスティンク、そんな事はお構いなしに黙々と作業を続けるフィン、全体に塗り終わると今度はそれを丁寧に均(なら)していく、徐々に黄緑色だったそれは白みを帯びていき、やがて固まる、それを確認したフィンは塗りたくった部位の淵をなぞるようにナイフを入れ切れ込みを入れていく。


「んん―、かったいなぁ」


 両手で力一杯ナイフを少しずつ動かしていき、やがて一周すると今度はナイフを先程入れた切れ込みに挿し、手前に引く、梃子(てこ)の原理を利用し一気に剥がしに掛かる、その時ナイフが根元から折れ、勢いよく体勢を崩すフィン。


「わっ!」

「フィン!」


 慌ててフィンの背中を押し支える、呼吸が乱れたフィンは胸に手を当て深呼吸し体制を戻す、スティンクも突然の事に驚き呼吸が乱れるがこちらも深呼吸をし、お互いに落ち着きを取り戻す。


「ふぅ、びっくりした、ありがとう」

「おいらも驚いたよ、でもさフィン――少しふと」


 急に首を掴まれフィンに睨まれる、瞳の奥そこには激しい怒りが感じ取れた。


「ご、ごめんなさい」


 そっと手を放し作業の続きに戻る、先程の衝撃で半分程剥がれただろうか、残りを手で剥がしていく、スティンクも手伝い何とか残りの部位を剥がし終わるとそれをスティンクに預け。


「じゃぁそれ持って先に降りてて、僕はここに薬塗ってから降りるから」

「ほーい」


 足元にある樹街に向かって羽を広げ降下していくスティンク、目で追い無事に地上に着いた事を確認すると、腰袋から瓶を取りそれを樹皮を剥がした部分に塗っていく、全ての工程を終え降りる準備の際、自分のお腹を擦る。


「太った――のかな」


 大きな溜息を吐き出し、地上に向かって降りていく。


◇◇◇


 地上ではフィンが降りて来るのを待っている人達でごった返していた、地に足を付けピッケルを腰にあるフックに引っ掛けると町長へと近寄る。


「硬化した樹皮を取り除き、薬を塗っておきましたこれで鉱炭化病(こうたんかびょう)は大丈夫です、拡大する事も無いので安心してください」


 長い顎鬚を生やした中年の男性、この街の町長である、胸を撫で下ろし安堵の息を吐く、それを見ていたフィンはポケットから折れたナイフの柄を手に取り。


「あの、それと――このナイフを直せる鍛冶師さんはこの街にはいますか?」


 折れたナイフを町長に見せると、町長は残念そうな表情を浮かべ。


「すいません、この街には鍛冶師はいないんですよ」


 視線は下を向き悲しそうな顔をするフィン、スティンクも手を肩に掛け励まそうとする、集まっていた住民の中から思い出したように口を開く人物。


「そういえばこの先、二つ目の樹街では鍛冶職が盛んだと聞いてます、そちらに行ってみてはどうです?」


 進む先を指差し情報を教える男性、フィンは柄を握りしめ礼を述べると駅へと走り出す。


「あ、樹医師さん! 食事はよろしいですか?」


 その声はフィンの耳には届いていないようだった、ただ真っ直ぐに駅を目指し駆ける。


「あのナイフ、そんなに大事な物だったのかねぇ」


 不思議そうな表情をする町長フィンの背中を見つめる住民、不意に住民の女性のスカートの裾(すそ)が引っ張られた、視線を引っ張られた方へと向けると、そこには革袋の口を広げ満面の笑みを浮かべたスティンクがいた。


◇◇◇


 列車に揺られ二つ先の樹街を目指す、席の前にはサンドイッチ等の軽食が置かれているがずっとナイフを見つめ口にしないフィン、スティンクは革袋に詰められた大量の食糧を眺め幸せなそうな時間を過ごす、揺られる事数時間、一つ目の樹街を過ぎしばらくすると徐々に焦げた様な匂いが車内に充満し始める、窓を閉める乗客を横目にフィンは窓のその先、白い煙が立ち上る樹街を視界に捉える。


「見えた、あの樹街だ」


 嬉しそうに外を眺めるフィンに対し。


「何か煙臭くておいらは嫌だなぁ」


 スティンクは不満なようだ、鼻歌を歌いながら降りる準備を始めるフィン、細めた目でフィンを眺めていると前に置かれたサンドイッチを咥え荷物を背負い歩を進める、その後を飛んで追いかけて行く。


 駅から出ると大きな門がフィン達を迎える、大きな石が積み重なり上部には鉄製の看板が鎖で繋げられゆらゆらと揺れている。


「鍛冶師の街――ニダベリールっていうのか、名前付きの樹街なんて初めて来たよ」


 樹街にも様々な街が存在するがこの名前付きというのは二つの条件を満たした樹街にのみ贈られる、何かしら一つの産業が盛んな樹街で他の街にも影響を与える程の経済力がある事が一つ目の条件である、二つ目の条件として柱樹が大きくかつ人口密集地域である事。


 つまりこの世界の貿易の拠点である樹街に名前が付いているのだ、ここニダベリールの他にも強大な軍事力を持つアスガルド、農産業が盛んなミッドガルド、この世界で一番文明が発達しているヴァナヘイム等様々な街がある。


 初めてユグドラシル以外の大きな都市に来たフィンは少しばかり緊張しているようだ、往来する人々の群れ、あちこちに並んでいる露店、列車も降りる人乗る人で駅は大繁盛だ、茫然と立ち尽くすだけのフィンに声を掛ける露天商人。


「そこのお嬢ちゃん! 良かったら林檎買って行かないかい? 一袋四個入り百ソルだよ」


 威勢の良い声に捕まったフィンはふらふらと歩いて行き、一袋手に凝視(み)つめる、真っ赤に熟し艶もある何とも美味しそうな林檎だった、更には袋に詰められている筈なのに香りが顔までも届く。


「わぁいい匂い、すごく美味しそうです」

「はっはっは、そうだろう? なんたってミッドガルド産の林檎だからね、ここの柱樹は他の樹に比べて水がすごく美味いんだ、そんな水と太陽を浴びた林檎だマズイ訳がないってね」


 腰に手を当て大笑いする店主の体格のいい男性、袋を鼻の近くまで運び香りを堪能する、甘い香りがフィンを誘惑する、スティンクも鼻を近づけ香りを堪能する、それを見ていた男性は。


「おや? お嬢ちゃん変わったペット連れてるね、それは何だい? 栗鼠(りす)か? 鼬(いたち)か?」


 それを聞いたスティンクは飛び上がり男性に向かって声高らかに。


「栗鼠でも鼬でもない! おいらはスティンク、こう見えても聖獣なんだぞ!」


 唖然とした男性、少し視線を下げフィンを見つめる、困った表情を浮かべ顔を隠そうとすると。


「するってぇと、お嬢ちゃんまさか樹医師かい?」

「は、はい、フィンといいます」


 袋で顔半分を隠しながら遠慮がちに話すフィン、驚いた男性は後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべ。


「いやぁ、樹医師さんだったか、こいつは驚いたね、てっきりお使いに来たんだと思ってたよ」

「あはは、えっと、せっかくなのでこの林檎一袋下さい」

「毎度! それとこいつはサービスだ、後で食べてくれよな、俺の母ちゃんが作ったアップルパイだ、味は保証付きだぜ」


 紙袋に包まれたパイを受け取る、煮詰められた半透明な林檎とそれを包むサクサクの生地が何とも言えない、目を輝かせ紙袋の中を凝視するスティンク、口元からは涎が垂れてくる、見かねたフィンが布を手に口を拭う。


「ちょっとスティンク、涎」


 笑いながら林檎を一袋手渡し、その場を去ろうとした時思い出したように男性の元に近づき。


「あのすいません、一つ聞きたいのですが、このナイフを直してくれそうな鍛冶屋さんご存知ないですか?」


 ナイフを受け取り眺め、ある方向を指差す。


「だったら、この商店街を抜けて中心部に噴水がある広場があるんだが、その広場に鍛冶師協会っていう建物があるからそこを当たってみるといいぜ、ただ今の時期は見つけるの難しいかもしれないなぁ」

「何かあるんですか?」

「まぁ行ってみりゃ分かるさ、気を付けてな嬢ちゃん」


 男性に教えられた方向へと進む、荷馬車が激しく行き交い、人ひとり通るのがやっとの道幅の市場を抜ける、段々と開けて来たその先、噴水から流れる流水が辺りの空気を冷やしそこだけ涼しかった、様々な人が話し込み、一方では大道芸等が催されておりやはりここは都市だと改めて思い返すフィン、自然と笑顔になる。


「やっぱり都市はすごいね、人がいっぱいるし、お店も色んなのが並んでて」

「それに食べ物もおいしいしね」


 帽子の上の指定席で先程買った林檎を美味しそうに頬張るスティンク、それを見たフィンも林檎を一個取り出すと。


「僕も食べようかな、うーんいい香り」


 噴水の前に空いているベンチを見つけるとそこに腰掛け、行き交う人々を眺めながら一緒に林檎を頬張る、林檎の中心部には蜜がたっぷりと詰まっており、齧(かじ)る度に果汁が霧の様に飛び散る。


「パイも食べようか、こんなに美味しそうなんだもんすぐ食べないと勿体(もったい)ないよね」


 紙袋を広げると何度見ても美しい、黄金色に焼けたパイが食欲をそそる、半分に割るとスティンクに手渡し一口齧(かじ)る、先程の林檎とは違い生地が口の中で心地良い音を立てる。


「んー、サクサクだぁ」


 幸せそうな表情を浮かべ、目元口元が緩み切るフィン、それを見ていたスティンクは呆然とする、いつもならこの光景は逆だろう、困惑しながらもスティンクも一口含む、視線を何度もフィンに向けると。


「ねぇフィン、やっぱりふと」


 またしても首が掴まれる、冷や汗が噴き出すスティンク、笑顔の奥やはり激しい怒りを感じられる。


「何か言った? スティンク」

「ご、ごめんなさい」


 噴水の上そこには大きな時計が鎮座している、針は午後の一時を回っていた、ベンチを立ち人混みの流れに呑み込まれる、足音と会話が四方八方から聞こえすれ違う人とはぶつかりそうになる、周りに気を配りながら目的である鍛冶師協会の建物を目指すが人の往来が激しい為中々たどり着けずにいた。


「うぅ近いんだけど遠く感じる、すぐそこなのに」


 やっとの思いで建物の入り口に到達した、二階建てのそれは煉瓦で作られた深い赤色が特徴的な建物で入り口は木の両開きのドア、窓は規則正しき等間隔で配置されている。


「見つかると良いね、直してくれる人」

「大丈夫だよ、きっと見つかる」


 期待を込めドアを開ける、目の前には広間があり受付の長いカウンターがフィンを迎える、その左側には掲示板らしきものが掲げられ様々なチラシが張り付けられており、右側には待合室のような空間があり長椅子が規則正しく並べられている、カウンターまで足を運び受付に立っている女性に声を掛ける。


「あのすいません、鍛冶師さんを探してるんですけど」


 手元で書類にサインを書いて、それを後ろに流す、こちらにまだ気付いていないようだ、もう一度声を掛けようとした時後ろから押され横に弾き飛ばされるフィン、突然の事に体勢を崩し転びそうになる、フィンにぶつかって来たのは高身長の如何にも力仕事をやっていそうな男性だった、色黒で腕にはタトゥーが彫られている。


「おっと悪かったな嬢ちゃん、しかしまさかお前さんも鍛冶師品評会にエントリーする気じゃねえだろうな? そんな細腕じゃまともな物が打てるとは思わねえけど、まぁ精々頑張んな」


 大笑いしながらカウンターに紙を叩き付け受付の女性に渡すと体を揺らしながら出て行く男の背中を視線だけが追いかける。


「おいら、ああいう奴嫌いだ!」


 牙を剥き出し威嚇するスティンク、それを宥(なだ)め気を取り直しもう一度カウンターに向かおうとした時だった、横から聞こえた女性の声がフィンの足を止める。


「あんた、鍛冶師探してんのかい?」


 そこには亜麻色の長い髪を後ろで纏め上げ、革の手袋を纏い、オーバーオールの上半身を腰で縛り頑丈そうなブーツを履いた如何にも職人風の若い女性が立っていた、小走りで近づき話をする。


「はい、この街でならこのナイフを直せる方がいるかもしれないと聞いたので」

「ふぅん、どれ見せてみな」


 ナイフを手渡すとその女性はいろんな角度から観察する様に眺め始める、ニヤついた顔でフィンの肩を二度強く叩く、その度に前のめりになる。


「あはは、良かったねお嬢ちゃん丁度あんたの前にいるあたしがお目当ての鍛冶師だよ」

「そうなんですね、良かった」


 肩を擦りながら苦笑いを浮かべる、受け取ったナイフを返すと「ちょっと待ってて」と言い残しカウンターへと向かう、先程の男と同じく何かの用紙を差し出し戻って来ると外へと促された。

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