炎のクレープシュゼット
冬童話2017参加作品です。
世界の端の小さな島に、季節を司る王国がありました。
4人の女王様が季節の塔に交代で行くことで、世界中に季節が訪れます。
ところが、今年の冬は長く、春はなかなか訪れなかったのです。
*****
「おかしいわ。いつもならとっくに冬は終わっているはずよ。どうしたのかしら?」
窓の外を眺め、小さな魔女シルヴァはつぶやきました。
「本当ね。もうすぐお花見の季節なのに、まだ雪が積もってる。準備をしているのに、桜が咲かなかったら無駄になっちゃう」
シルヴァの言葉に答えたのは魔女見習いのティアラ。
2人は来週行われる魔女のお花見会の当番で、その準備をしていたのです。
「そうね。今やっていることが全て無駄になってしまう。もう、春の女王様は何をしているのかしら?」
「春の女王様?」
「季節を司る4人の女王様が季節の塔で過ごすことによって、季節は廻っているのよ。だから、今、冬の女王様が塔にいて、春の女王様が塔に行っていないのよ」
「ふーん。春の女王様が来ないなら、冬の女王様だけでも塔から出れば冬は終わるんじゃない?」
「そんなことをしたら季節が失われて、世界は暗黒に支配されてしまうのよ。当然だけれど、季節を飛ばすこともできないわ」
「じゃあ、春の女王様が塔に向かわれない限り、ずっと冬のままなのね」
「ええ。そういうことよ」
2人が見つめる窓の外は、しんしんと雪が降り続けています。
*****
その頃、お城の王様も異変に気付きました。
「のう、大臣や。今年はちと、冬が長いと思わぬか? 春の女王は何をしているのか、行ってみてきてくれぬかのう?」
「はい、かしこまりました。」
大臣は、お供の兵士を2人連れて春の女王様が住む宮殿に行くと、侍女を呼び付けました。
「私は大臣である。春の女王、プリマベーラ様にお目通りいただきたい」
「かしこまりました。こちらでお待ちくださいませ」
侍女が女王の元へと走ります。
大臣は辺りを見回しました。
華香宮殿は花が咲き、ここだけ春のようです。
「春の女王はここにいらっしゃるようだ。何故、季節の塔に向かわれないのだろうか?」
大臣の質問に兵士たちも頭を悩ませます。
誰一人、理由がわかりません。
しばらくして、先程の侍女が戻ってきました。
「申し訳ございません、大臣様。プリマベーラ様はお会いになられません。お帰りくださいませ」
「なんと! 大臣の私が来たと言うのに、帰れと申すのか? 私は、王様の命で来たのだぞ!」
「申し訳ございません。プリマベーラ様は、どなたともお会いになられません」
「仕方がない。本日は帰るとする。いつなら都合がよろしいのか?」
大臣が帰ると聞いて、侍女はほっと安堵の表情を浮かべましたが、大臣の次の言葉に再び顔を曇らせました。
「申し訳ございません。どなたが来ても、プリマベーラ様はお会いになられないでしょう」
「ふむ、春の女王に何かあったのか? けれども、このままでは世界は冬のまま、それは由々しき事態だ。何とかならぬか?」
「こればかりは、私からお伝えすることはできません」
大臣はお城に戻ると、王様に宮殿での出来事を話しました。
「かくかくしかじか、これこれ、この通りなのです」
「そうか。ご苦労であった。理由はともあれ、季節を止めることはできぬ。わしが行ってこよう」
*****
翌日、春の女王様の宮殿に春の嵐が吹き荒れました。
「プリマベーラ様、大変でございます。王様がお越しになられました」
「お引き取りいただきなさい」
「いえ、それが……」
2人が話す部屋に、王様が入ってきました。
「久しいの。プリマベーラ」
その言葉に、窓を見ていた女性が振り返りました。
王様は、目を見張ります。
なんと、花のように美しかった春の女王は、丸く太った姿をしていたのです。
「なっ! おぬし、プリマベーラなのか?」
春の女王は表情を変えずに頷きました。
「のう、何があったのか、話してはくれぬか? おぬしが季節の塔に行ってくれないと、世界は冬のままなのじゃ。世界中の民たちが困り果てておる」
「申し訳ございません」
そう言うと、春の女王は顔を背けて、口を閉ざしてしまいました。
*****
「困ったのう。話してくれないと、どうしようもできぬではないか。そなたは何か知っているか?」
王様の問いかけに、侍女は静かに話し始めました。
「原因かどうかわかりませんが、あれは、冬になったばかりの頃でした。この庭にも霜柱ができ、サクッサクッとプリマベーラ様が楽しまれていたのです。ですが、その日からプリマベーラ様は変わられてしまいました。何もする気が起きないとおっしゃって、お部屋に塞ぎ込んでしまわれたのです。今ではお食事も召し上がろうとはしません」
「む? 食事をしないのに、あのような姿になるのか? これは何かあるのう。ワシは城に戻って調べてこよう。そなたは、プリマベーラのことをよろしく頼む」
「かしこまりました」
王様はお城に戻ると、ありとあらゆる国中の偉い人を集めて言いました。
「皆も、季節の異変に気付いていると思う。春が来ないのは、冬の初めに霜柱で遊んだ日から、春の女王は自分の宮殿から出ようとしないのじゃ。そればかりか何もしようとしないのじゃ。かと言って、季節を廻らせることを妨げてはならぬ。誰か、冬の女王と春の女王を交替させた者には褒美を取らせようぞ」
最初にお医者様は言いました。
「春の女王様は、ココロの病気でしょう。この薬を飲めば治ります」
「いや、違うよ。春の女王様は神へのお祈りが足りないのです。私が祈りましょう」
と、神父様が言ったと思えば、勇者様が反論します。
「違う、そうじゃない! 春の女王様は根性が足りないんだ! 俺が特訓してくる!」
他の者たちも口々に言い、大騒ぎになりました。
王様は全ての事を試そうと、記録係にメモを取らせるのに必死です。
「フン。人を呼び付けたと思ったら、何が褒美よ。バカバカしいったらありゃしない」
シルヴァはそうつぶやくと、1人、お城から出ました。
「あっ!」
固く圧雪した道に足を滑らせ、シルヴァは転んでしまいました。
いつもでしたら若葉が芽吹き、野の花が咲き、愛らしい様子を見せる森も、一面、銀世界のままです。
所々立っている針葉樹との緑と銀白の世界は美しいけれども、様々な色にあふれた春の森の姿が懐かしく思います。
「イタタ。確かに、このまま春が来なかったら少し困るわね」
シルヴァは身体を起こし、マントに付いた雪を払いました。
「変ね。季節の女王様の宮殿は、司る季節が1年中続くと聞くわ。常春の庭に、霜柱が起こるかしら? それに、食事もしていないのに丸く太るなんてありえないわ」
*****
家に着くと、シルヴァは1冊の本と熱い紅茶を用意しました。
「何か理由があるはずよ。春の女王様が何もしなくなった理由が」
沢山あった本のページも残りわずかとなった頃、ようやく原因がわかりました。
「ジャック・オー・フロストが現れた所に霜柱が起きる。間違いない。コイツが原因ね」
ページには、氷柱で出来た服に帽子を被った雪だるまが載っています。
「春の女王様の心を凍らせ、姿を雪だるまに変えたんだわ」
理由がわかれば解決方法もわかります。
「弱点は炎!」
シルヴァは、ほうきに乗って春の女王様の宮殿へ向かいました。
*****
「ごめんください」
シルヴァが呼ぶと、侍女がやってきました。
「これはこれは、小さな魔女様。こんな夜更けにいかがなされましたか?」
「春の女王様を助けに来たわ」
「女王様を? それはありがとうございます。けれど、今日はもう遅い時刻です。明日の朝、お越しくださいませ」
「明日の朝、大勢の人が来るわよ。王様が褒美を出すとおっしゃっていたから」
「それは、まことですか?」
「ええ。だから急いで来たの。けれど、通さないなら帰るわ」
「大変、失礼致しました、小さな魔女様。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう。準備する物があるから、キッチンへ案内してちょうだい」
「かしこまりました。こちらです」
*****
キッチンに着くと、シルヴァはイチゴを洗い始めます。
「イチゴはキレイに洗って、ヘタを取りのぞいてスライスする」
飾り用に5つほど取りおくと、同じ厚さにスライスします。
ソースパンにスライスしたイチゴ、ブランデー、はちみつを入れてゆっくりと煮詰めてコンフィチュールを作ります。
次に、ボウルに卵と牛乳に砂糖を入れてよくかき混ぜ、振るった小麦粉を入れてよく混ぜ合わせます。
フライパンにバターを溶かし入れ、静かに生地を流し、薄くなるように丁寧にクレープ生地を焼き上げます。
焼きあがったクレープの生地に、イチゴのコンフィチュールを入れてくるりと巻いてお皿に並べます。
飾り用に取っておいたイチゴ、カスタードクリーム、生クリームを盛り付け、クレープの上に星やハートの形をしたかわいい砂糖を振りかけました。
「仕上げは春の女王様がいる部屋で行いましょう。さぁ、春の女王様の所へ案内してちょうだい」
「はい、こちらでございます」
シルヴァの手際の良さに見惚れていた侍女が慌てて返事をしました。
*****
侍女は、春の女王様の部屋前で止まりました。
「春の女王様はこの部屋にいらっしゃいます。……プリマベーラ様」
「なに?」
「失礼致します。小さな魔女様がお越しになられました」
「……帰っていただきなさい」
冷たい言葉がドア越しに聞こえました。
侍女は振り返ると、
「よろしくお願い致します。小さな魔女様」
と言って、深々とお辞儀をしました。
「ええ、よくってよ」
クレープを持ってシルヴァは部屋へ入りました。
春の女王様はソファーに座り、ぼんやりとした瞳をシルヴァと侍女に向けましたが、何も言いません。
「こんばんは、春の女王様。あなたを助けに来たわ。」
シルヴァは魔法の杖を取り出すと、呪文を唱えました。
「エル・ディ・サージュ・フォーグ」
クレープが青い炎に包まれ、砂糖でできた星たちがキラキラと輝きます。
「何をしているのですか?」
侍女は驚いて炎を消そうとしますが、消えません。
「これは、魔法の炎だから消えないし、熱くもないわ。春の女王様、このイチゴのクレープシュゼットを召し上がりなさい。そうすれば、ジャック・オー・フロストの呪いは解けるはずよ」
シルヴァはそう言うと、春の女王様の前にクレープシュゼットを置きました。
春の女王様の瞳に、炎に包まれたクレープシュゼットが映ります。
「プリマベーラ様」
侍女の声に、春の女王様はのろのろとした動きでナイフとフォークを持つと、小さく小さく切り分けたクレープを口に運びました。
「……おいしい」
春の女王様は言いました。
「当然よ。このシルヴァ様が作ったのだから」
ツンっとした口調でシルヴァが言います。
春の女王様は頷くと、今度はさっきより大きく切り分けて口へ運びました。
「甘酸っぱい。……これは、イチゴ。そう、春の香り……。甘い花の蜜」
一口、また一口と食べ進むにつれて、春の女王様の瞳が輝きます。
食べ終わった春の女王様は、花の様に美しい元の姿に戻りました。
*****
「えー! もったいないじゃない。ご褒美をもらわなかったなんて」
「うるさくてよ。ティアラ」
今日は、魔女のお花見会。
キレイに咲いた桜の下で、大勢の魔女たちが楽しんでいます。
シルヴァとティアラが準備したお花見会は成功のようです。
「だって、シルヴァが春の女王様の呪いを解いたのでしょう? 王様からのご褒美よ? 称号だって金銀財宝だって望めたのに、名乗り出なかったせいで、祈ったって言っていた胡散臭い神父にご褒美を取られたなんて!」
「私は、小さな魔女の称号のままで十分よ」
「今からでも、言いに行こうよ。春の女王様を戻したのは私ですって言えば、王様だってわかってくれるわ」
「私がいいって言ってるのよ。それに、お花見会にキレイな桜が咲いたのよ。十分だわ」
シルヴァの言葉に答えるように風が吹くと、見事な桜吹雪を起こしました。
お読みいただきありがとうございました。