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見習い術師イフのとある休日  作者: 氷魚彰人
4/5

とある休日-4-

 微動だにしない少年の頭をつま先で突き息が絶えた事を確認し、死を更に確実なものにする為隠し持っていたナイフを首筋に当て動脈を切り裂いた。

 イフだったモノが生命の抜け殻と成り果てたのを見て男は踵を返した。

 もう一人の少年、オズの生死を確認する為に数歩進んだ時だった。

 爆発音とともに大木が男に向かって倒れて来た。


 男は飛び込み前転でそれを回避するが、着地地点に仕掛けられていたトラップ発動用の糸に触れ、再び爆音とともに大木に襲われた。


 左右から倒れてくる大木に対し、前方に逃げた場合、再びトラップに引っかかる可能性を考慮し、男は後ろに飛び退いた。


「何なんだ一体!」

「死にたくなければ動かないで下さいと言いましたよ」


 頭上から聞こえる声に男は反射的に顔を上げた。


「そんな、バカな!」


 木の枝に悠然と立つ人物を視認し、男は冷たい汗を背に流した。


「確かに殺したぞ!」


 男は少年の死体が倒れている場所を振り返るが、其処には確かに血まみれの死体がある。

 どういう事だと混乱をしていると、更なる衝撃が男を襲った。

 死に絶え、ただのモノと化した少年が血を垂らしながら立ち上がったのである。

 声を発する間もなく、死体は男に猛然と迫って来た。


 男はナイフを構え、懐に飛び込んで来た死体に突き刺すが、死体は止まるどころか天使の微笑みを浮かべ、男の右膝を蹴り砕いた。

 鈍い骨折音と悲痛な叫びが響いた。

 死体は男の背後に回ると膝裏を蹴り強制的に正座させると左腕で首をホールドし、右手で男の腕を捻り上げ拘束した。

 砕かれた足の痛みと、拘束されている苦しみで呻く男の前に何時の間にかイフが立っていた。


「はっ、放せ」

「貴方、魔物に襲われている一般人を装う為に魔力を抑えているのではなく、本当にただの殺し屋なんですね」


 イフは呆れるように男を見下ろした。


「術師の端くれでも、相手が子供なら簡単に殺せると思いましたか?」


 男は低く唸る。


「浅はかですね」

「うるさい! 何が端くれだ! 見習い如きがこんな・・・・・・。一体何なんだコレは!」

「貴方を拘束しているソレは、僕が作った傀儡人形。糸の代わりに魔力で動かすのですが、何が一番大変かと言えば、表情を出す事ですかね」


 先程傀儡人形が見せたのと全く同じ天使の微笑を浮かべ、茶目っ気たっぷりに小首を傾げた。


「糞ガキ! テメェ、一体何者だ!」


 吐き捨てられるように問われ、少年は微笑を深めた。


「僕はただの術師見習いです。普通でないところがあるとすれば、術師学院に入る前から魔術に携わっていた。と、言う事くらいでしょうか?」

「フォルト卿め! 魔術には疎い、ただの子供だと言うから引き受けたと言うのに。契約違反だ!」


 依頼人の過失を責める前に、自分の調査不足と認識力の甘さと、非力さを後悔するのが先では? そう思ったが、あえて声にはしなかった。


「それで、何時から俺を疑っていた?」

「最初からですよ。確信したのはタチュランを見た時です。あれはこの辺りには生息しない魔物ですからね。そんなモノが現れたら、作意を感じるなと言う方が無理です」


 嫌味なくらい可愛らしく笑った次の瞬間、その顔に冷ややかな微笑を湛えた。


「貴方の策は全てが穴だらけでした。一緒に逃げる者として仲間意識を持たせようとした事も、ただ倒すのが困難という理由だけでタチュランを使った事も、オズの裏切り、或いは死をちらつかせて僕を動揺させようとした事も、ほんの僅かな時間とはいえ標的から目を放した事も失敗でした。だから傀儡人形と入れ替わった事にも気付けない」


 完璧だと思っていた計画を全否定され、男はショックを通り越して怒りを覚えた。


「よく今日まで殺し屋としてやってきたものだと呆れる反面、感心すらします。そして、何故貴方のような素人同然の人を叔父が雇ったのか不思議でなりません」


 計画だけならまだしも、殺し屋としての二十年間までも否定され、男はギリギリと歯噛みした。


 怒りに満ちた獰猛な眼で睨まれるが、少年は気にする事無く平然としている。


「依頼人の名前を教えて下さった事だけは感謝します」


 イフはゆっくりと右手を上げ、男の額に人差し指と中指を押し当てた。


「さようなら」

「俺を殺す気か?」


 イフは不思議なものでも見るような眼で男を見た。


「俺は拘束され、動けない。例えどんなに極悪非道な罪人でも捕まえた以上は警察に引き渡すのがこの国の法律だ」

「自分は法律を無視して僕を殺そうとしたのに、僕には法律を守れとおっしゃる?」

「お前に俺を裁く権利は無い!」


 男の身勝手な主張を聞き、少年は喉の奥で笑った。


「大人というのはどうしてそうなんでしょう。自分は嘘を吐き、人を欺き、貶め、時に奪い、時に殺す。外道と呼ばれる所業を平然とやってのけるくせに子供には正しくあれと諭す」


 子供とは思えない、暗く沈んだ声が男を威圧する。


「どんなに言い聞かせても無理な話です。何故なら子供は大人を見て育つのですから、ね」


 闇を纏ったイフの微笑みに男は恐怖で身体を震わせた。


「まっ待て! 魔物を殺すのとは違う! 人殺しだぞ。重罪だ!」

「殺し屋の言葉とも思えませんね。そんなに必死に訴えなくとも、よく分かっています」


 少年は眼を妖しく煌かせる。


「ですが、僕を殺そうとした人を許す気にはなれませんし、仮に許したとして貴方に二度と命を狙われない保障もありません。何より叔父に傀儡人形の事を知られたくないのです」

「た、助けてくれ!」

「貴方が僕の立場だったとして、助けますか?」


 冷艶と微笑む相手に慈悲を乞うても無駄だと悟った男は奇妙に顔を歪ませ恐怖から笑うが、眼は暗く絶望の影を落としていた。


 静かに紡がれ始まる呪文を聞き、男は死を予感して悲痛な叫びを上げた。

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