とある休日-2-
「依頼、確かに承りました」
入金を確認したイフは丁寧にお辞儀をしてみせた。
それが男には自分をおちょくっているように見え、怒りで顔を真っ赤にさせて睨むが、ガリガリと不吉な物音を聞くや否や顔を真っ青にし、情けない悲鳴を上ると無駄に大きな身体を精一杯縮こまらせて、イフの小さな背中に隠れた。
「き、来た。早くなんとかしろ」
まだ姿は見えない為、男は忙しなく辺りを窺いながら小声で少年を急かすが、少年は男の言葉など無視し、携帯端末を操作し続ける。
徐々に近付く足音に自分だけでも逃げるべきか、頼りなくはあっても術師の側を離れない方が良いのかを決めあぐねていると、ついに魔物の姿が見える距離まで来ていた。
男は小さな悲鳴を上げると、物音を立てないようにか、忍び足で徐々に後ろへ下がって行く。
携帯端末の作業を終えたイフは、タチュランを視認すると続いて友人へ天使の微笑みを向けた。
「オズ。タチュランは任せてもいい?」
「是」
先程、硬すぎて中級術師であっても退治は難しいと言っていた魔物の相手を一人でしろと言われるが、オズは眉一つ動かさずそれを了承した。
速度は遅いが、確実に距離を詰めてくる魔物。
漆黒の少年はイフの頼みを遂行する為、呪文を唱えながら両手を合わせた。
青白い火花が散り、右手を離すのに呼応するして左の掌から剣の柄が現れる。オズは右手で柄を引き、左手から剣を引きずり出すと、正眼に構えた。
「オズ・イルバの名において命ずる。吼えろ『創竜』」
使い手の命により剣は振動し、青い光を放ちながら刃に竜の姿を映した。
それとほぼ同時に魔物は獲物に襲い掛かるべく、高々と飛び上がる。
鋼鉄がぶつかり合うような硬質の音を響かせ、目前まで迫っていた魔物を弾き返す。
「それじゃ、僕はこのおじさんを安全な場所まで連れて行くから、魔物は任せたよ」
「是」
オズの返事を聞くと同時に、男の手を取りイフは森へと走り出していた。
鬱蒼とする木々の合間を転ばないように気遣いながらも、魔物との距離を稼ぐために手を引き、急かすが、走っているのか歩いているのか分からないような状態で、男は息を切らせながら必死に訴えた。
「お、おい、じゅつ・・・・・・師。俺はこれ以上、は、走れな、い」
泣き言を漏らす男に対し、大人が駄々をこねる子供を諭すように少年は静かに言う。
「オズが時間稼ぎをしてくれている間に、魔物から少しでも離れて下さい。おじさんが安全な所に非難できれば、オズもタチュランを撒いて逃げられますからね」
「た、退治、できないのか?」
「中級術師でも難しいとお話したのを聞いていなかったんですか?」
非難めいた視線を向けられ、居心地の悪さを感じてか、男は視線を彷徨わせた。
「なら、ガキ一人を置いて、来て・・・・・・だい、大丈夫なのかよ?」
「オズは出来ない事は出来ないと言う人間です。『是』と言ったからには何とかしますよ」
少年の言いは、信頼からくるものだろうが、大人である男には素直に頷く事など出来るわけもなく、眉をひそめた。
「が、ガキは、手前の力、量を・・・・・・大きく、見積もるもんだぜ・・・・・・」
「オズは謙虚ですよ」
「そっ・・・・・・そう、かよ」
男は嘲るように少年を一瞥すると、暫く無言で下流へに向かって足を動かした。
だが、それから程なくして男は再び泣き言を漏らし、今度は完全に足を止めてしまった。
「もう・・・・・・絶対に・・・・・・む、無理だ。ちょっ、と・・・・・・休ませろ」
そう言うと、男は木に背を凭れさせ座り込み、ゼェゼェと肩と言うよりも全身で息をし、苦しそうにした。
「仕様のない人だな」
少年は呆れ顔で男を見た。
「お金を貰った以上、依頼を遂行しないといけないのに、これじゃあ難し過ぎるよ」
「な、泣き言・・・・・・を言うな。術師なんだから、魔術でなんとかしろ」
「気安く言わないで下さい。僕は術師学院に今年入ったばかりの新入生なんですよ。そんな人間に使える魔術なんか、拳程の石を浮かせるくらいなものです」
「なっ! さっきのガキは物を消したり、手から剣を出したりしていたじゃないか?」
「オズは剣術師科の三年生。しかも『ファートゥス』と呼ばれるエリートなんです」
「エリートと新入生がなんでつるんでいるんだよ?」
「そんなの僕らの勝手じゃないですか」
まったく持ってその通りである。
男もその事は無理矢理納得をするが、どうしても腑に落ちない事がある。
「それはいいけどよ、なんで新入生がエリートに命令してんだ?」
男の質問は当たり前のもので、これまでにも幾度となくされたのだろう。少年はうんざりと言わんばかりに溜息を吐いた。
「僕、オズに命令なんかした事ないですけど」
そんな会話をしながらも、少年はウェストポーチから札を取り出して、周りの木々に貼り付けていた。
「ところで、さっきから何やってんだ?」
「術師学院で貰った魔物除けの札を貼っています」
「効くのか?」
「使った事がないので分かりません。まぁ、気休めにはなるでしょう」
それを聞き、男は顔を引き攣らせ「はは」と乾いた笑いを漏らした。
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