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童貞 OR DIE  作者: 呂目呂
7/8

お隣さん OR DIE

 悪魔っ娘と暮らし始めて、3日目だ。

 人間界に来るのが初めてだという彼女に、とりあえず日常生活が送れるくらいの常識を教えてやった。

 ある程度の事は知っていたし、彼女の住んでいた“魔界”と共通点も多く、心配には及ばなかった。

 生活費の入ったがま口をネージュに預け、食料の買い出しと料理を任せられる程だ。


 そんなわけで、バイトから帰れば女の子が待っていて、夕飯を作ってくれるという夢のような生活を送っている。


 ——なんか、この頃楽しいな。


 バイト先の工場からの送迎バスを降り、駅からアパートへの道すがら、俺は自分の心が浮ついている事に気付いた。

 俺は今までほとんど人付き合いもせず、一生ひとりで生きるものだと、人生はそんなものだと思っていた。

 だが。恋愛関係では無いとはいえ、人間ですら無いけれど、女の子と暮らすっていうのは素晴らしい。


 自然、足取りも軽くなる。早く帰りたいなんて、思った事もなかったのに。

 今は、すぐにでも自分の部屋へ戻りたい気分だ。


 

 ——まてよ。

 今日は何曜日だったっけ?

 スマホを取り出して確認する。

 木曜日。

 いけねえ。忘れてた。

 俺は慌てて道を引き返し、ある場所へと向かって行った。


     ***


皐月さつきちゃん、今日はお兄ちゃんがお迎えだよ〜。やったねっ!」


 まだ二十歳そこそこといった感じの女の子が、元気よく教室の中へ入って行った。


 幼稚園。

 ここへ来る度に、俺のHP(ヒットポイント)がガリガリと削り取られるのを感じる。

 今日はお迎えのお母様方が他にいないのが幸いだ。

 何度来ても、変質者を見るようなあの視線には耐えられない。


 顔見知りになった『きょうこ先生』も、今では俺がやって来ると笑顔で接してくれるけど、初めて『皐月』を迎えに来た時には何でそんなものがあるのか知らんが、金属バットを構えてプルプルと震えていた。


 一人だけで教室に残っていた皐月は、先生の明るい呼びかけにも殆んど無反応で、感情のこもらない顔で俺を見ると、ゆっくり立ち上がった。

 まっすぐな黒髪と、整った顔。ありふれた言い方だが、まさに人形の様な可愛らしさである。

「……」

 まったくの無表情で俺へ歩み寄り、ぐっと上着の裾を握った。



 アパートのお隣さんの子供、皐月を週に二回だけ幼稚園へお迎えにくる習慣は、もう一年くらい続いていた。

 母親である寛奈かんなさんは漫画家で、女手ひとつで皐月を育てている。

 “なるべく陽を浴びたくない”という吸血鬼みたいな理由で極力外出を拒む彼女の為、バイトが早番の木曜と金曜だけ、こうして替わりを勤めるのだ。


「皐月は、今日はどんな様子でしたか?」

 きょうこ先生から“れんらくノート”を受け取りながら尋ねた。

「皐月ちゃんはっ、えーと、今日も…………いつも通りでした」

 がっくりと肩を落とし、世界が明日終わると聞かされたみたいな顔で、きょうこ先生は俺を見上げる。

 いつも通りか。それは、他の園児とまったく関わろうともせず、教室の隅で一人で絵本を読み、お絵描きをしていたと、そういうことだ。


「わ、私も、みんなと遊びましょうねって、がんばって声かけてるんです……。でも……」

 きょうこ先生は今にも泣き出しそうだ。

 さっきは元気だったのに。


「いえ、皐月の母親も、放っといてやってくれって言ってますし」

「そ、そうですけど……。絶対、みんなと仲良くした方がいいと思うんですっ! わたし、これからも頑張りますから!」


 拳を握りしめ、燃え上がる様な瞳で俺を見据える。

 このテンションの乱高下にはもう馴れているが、それでも少し戸惑う。



 皐月と手を繋ぎ、トコトコと歩き出す。

 大通りに出ようとすると、皐月は無言で俺を引っ張って人通りの少ない住宅街の道へと誘導した。


「そっちは だめ おまわりさんが いる」

「ああ。ありがとう、皐月」


 以前、ふたりで歩いていたら職務質問をされ、お隣りの子なんですと言ったが信じて貰えず、結局母親の寛奈さんに連絡して俺と皐月を引き取ってもらった事がある。

 世知辛い世の中だ。


「今日は楽しかったか?」

 答えはわかっているのだが、一応聞いてみる。

「つまらなかった」

 予想通りの返事だ。

「そうか。まあ、仕方ないよな」

「ともやは たのしかった?」


 楽しくもないし、つまらなくもない。

 皐月の質問に、いつもならそう答える。

 だけど、今日は違う返事ができる。


「うん。最近はけっこう楽しいかな」

 そう言うと、皐月はくいっと顔を上げて俺を見た。

 無表情は変わらないが、少しだけ目が見開かれ、口がちょっと開いている。

 判りづらいけど、驚いているのだ。

「俺の部屋に来るか? たぶん、皐月も気に入ると思うんだ」


     ***


 皐月を連れて部屋に帰ると、ネージュは顔を蒼白にしてあわあわと狼狽えた。


「と、とと、トモヤ……。そ、そんな人だったなんて……」

 目に涙を浮かべ、俺を睨みつける。

 ふう。世知辛い。

「わ、わたし、一緒に謝ってあげるから、その子、もと居た場所に返してあげよ? ね?」

 ネージュは皐月を俺から引き離そうと手を伸ばすが、するりとかわされた。

「あれ? ほら、お姉ちゃんと一緒にお家に帰ろ?」

 皐月は無表情のまま俺の後ろに回り、ぎゅっと腰に抱きついた。

「皐月、大丈夫だ。このお姉ちゃんは俺の友達だから」

 おそるおそる顔を上げた皐月の頭を撫で、それから溜息まじりにネージュへ事情を説明した。



「本当にごめんなさい」

 ぺったりと床に這いつくばる様にして、ネージュが謝った。

 なんか、この悪魔、毎日俺に謝ってる気がする。

「まあ、いいよ。先に説明しとけばよかったな」

 俺の横では皐月が雪○だいふくをもちゅもちゅと食べている。

 ネージュが大量購入してきて冷凍庫を占領されているので、減らさなければならないのだ。


 その後、一旦お隣に帰った皐月は、すぐに俺の部屋に戻ってきた。

 母である寛奈さんから、迎えに行くまでこの部屋に居る様に言われたそうだ。

 こんな事はよくある。たぶん仕事が忙しいのだろう。

 皐月は大人しいので邪魔にはならないが、寛奈さんは仕事に集中すると彼女の事をすっかり忘れてしまう。

 なので、忙しくなると皐月をこっちへ寄越し、彼女の世話は俺の役割となるのだ。



 夕飯はネージュが作ってくれた。

 俺はラーメンかカレー、せいぜい野菜炒めくらいしか作れないので期待して待っていた。

 女の子の手料理である。

 肉じゃがなんか出てきたら悶絶してしまうな。ロールキャベツとかでもいいし、生姜焼だったら惚れそうだ。


 出てきたのは野菜炒めだった。

 味は美味しかったけど、無念だった。皐月は無表情でもくもくと食べていた。



「刈谷、いつもすまないな」

 夕食後。

 インターフォンも鳴らさずにずかずかと部屋に上がり込んできた寛奈さんは、そう言った後、ネージュを見てピタッと動きを止めた。


「お前、そういう奴だったのか。悪い事は言わん。早く自首を——」

 ふう。本当に世知辛い。


 一応、ネージュの事は“いとこ”だということにして、しばらく泊めてやる事になったと説明したのだが、寛奈さんは信じたのかどうか、そのすっとぼけた表情からは何も伺えない。


「へえ。うちの娘だけじゃ飽き足らず、こんな子にまで手を出したのかい」

 色々と問題のある発言をしながら、勝手にベッドに寝そべっている。

 たぶん俺より四つくらい年上の寛奈さんからは、過剰なくらいの色気が漂って、それをおそらく無意識に撒き散らしている。

 薄いシャツの下はたぶんノーブラで、豊かな胸がふるふると揺れる。



(ね、ねえ、こんなに素敵な人と仲良しなの?)

 ネージュが俺の耳元でささやいた。

 ん?

(寛奈さんと、エッチできるようにがんばってみたら?)

 そう言ってから顔を離し、にっこりと微笑んだ。


 いやいやいや。

 何を言ってるんだ?

 無理だろう。

 確かに、こんなエロいお姉さんに手ほどきしてもらって童貞卒業なんて、理想的なんだが。

 俺の手には負えないだろう。


「なんだい? なにをコソコソ話してるんだ?」

 怪訝そうに寛奈さんがこちらを見ている。


「カンナさんは、トモヤの事をどう思ってますか?」

 ネージュがそんな事を言い放った。

 鼻水が出そうになった。


「ん? 下僕だと思っている」

 あっさりと答える寛奈さん。しかし、その答えはさもありなん。下僕か。


「え? い、いえ、トモヤと、か、家族になるなんてどうですか?」

 馬鹿か、この悪魔は。言い方がストレート過ぎるだろう。頼む、やめてくれ。


「あん? あたしは構わないよ」

 寛奈さんは平然とそう答えた。

 鼻水が出そうになった。


「え、そ、それじゃ……」

 ネージュが素晴らしい笑顔で俺を見る。

 待て、なんだこの展開は。

 マジか。セックスできるのか?


「責任取るんだったら、うちの娘に何をしてくれても構わない。おい、皐月。お前、刈谷の嫁になるか?」

 大人しく絵本を読んでいた皐月が顔を上げた。


「なる」

 無表情で2ミリくらいうなずいて、また絵本へ目を落とした。



 ふたりが隣に帰った後、俺はネージュを床に正座させ、こんこんと言い聞かせた。

 頼むから、余計な事はしないでくれと。


「ごめんなさい」

 悪魔っ娘は、もう何度目になるのかわからない謝罪の言葉を言い、頭を下げた。


 まあ、この子もよかれと思ってやってくれたんだしな。

 ひょっとしたらセックスできるかもって、一瞬思ったし。

「……ありがとな」

 思わずそう言うと、ネージュはビックリした顔で俺を見つめた。

「俺も、モテないからとか言い訳してないで、セックスする相手くらい自分で探すよ」

 なんとなく、そんな気持ちになれた。

 上手くいく気はまったくしないけど。

「うんっ」

 ネージュは嬉しそうに笑ってくれた。

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