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童貞 OR DIE  作者: 呂目呂
5/8

同棲 OR DIE

 同棲。

 なんというか、エロく、廃頽的でもありまた青臭さも感じられる、素敵な言葉だ。

 突然部屋に現れた悪魔っ娘と一つ屋根の下で暮らす事になった。

 昨晩はとりあえずネージュをベッドに寝かせ、俺は毛布に包まって床で寝た。

 彼女は恐縮していたのだが、じゃあ一緒にベッドで寝るかと提案したら、それは即座に却下された。


 今日はバイトが休みなのをいい事に、ネージュがこれから必要になる物なんかを買いに、駅前まで出てきている。

 布団や服、日用品を選ぶのは彼女に任せたのだが、好みは非常にシンプルで、そして素晴らしいことに、安価な物ばかり選んでくれた。


「ごめんね。お金いっぱい使わせちゃって」

 買い物袋を抱えて隣を歩いているネージュが、本当に申し訳無さそうな顔で言った。

 いや、いい子だな。

 彼女が着ていたゴスロリ服はあまりに目立つので、今は俺のジャージの下とパーカーという格好で、しかもブカブカなのだが、それでも可愛い。

 もちろん、尻尾は上手く隠してある。


「別にいいよ。俺、普段ほとんど金使わないし」

「そ、そうなんだ……」

 俺には趣味と言えるようなものは無い。人付き合いもろくにしない。酒は飲まないしギャンブルもしない。言うまでもないが、女遊びなんてのもしたことがない。

 うむ。俺は何が楽しくて生きているのだろう。


 つまらなくも無いが、楽しくもないんだよな。


 でも、今はわりと楽しい。

 女の子と一緒に歩いているだけで、まともな人間になった様な気分にさえなる。

 周りからはどう見えるんだろう。

 歳はけっこう離れてるからな。恋人や兄妹と言うより、援交に見えはしないだろうか。

 俺は26で、ネージュは15、6くらいかな。

 あれ?年齢も知らないのか。


 横を見るとネージュは珍しそうに辺りを見回していて、好奇心いっぱいの子供のようだ。

 そうだよな。人間界には初めて来たって言ってたし。珍しいものばかりだろうな。

 この娘の事を、俺はまだ何も知らない。

 ネージュも俺の事なんか全然知らないのに、よく一緒に住む気になったな。


 彼女は、俺がいつか誰かとセックスをするその日まで、この人間界で俺と暮らすのだという。


 帰れないのではないのか?大丈夫か?

 俺がセックスできるなんて本当に思ってるのだろうか。

 色々聞きたい事もあるし、ちょっと落ち着いて話をしてみよう。


     ***


 適当に入った喫茶店で、俺はネージュが無言でソフトクリームを頬張るのを観察している。

 熱いデニッシュパンの上に山の様に盛られたソフトクリーム。それにシロップをかけて食べる、このチェーンの名物だ。

 甘いものが好きなのだろうと思い、与えてみたら案の定。

 他に何も目に入らないかの如く、夢中でスプーンを口に運んでいる。

 一口ごとに至福の表情を浮かべるネージュを見ていると、いくらでも食べさせてやりたくなる。


 俺は普段は決して注文しないのだが、ネージュが食べてみたいと言った味噌カツサンドという、食べ物の常識を色々と覆す代物をもそもそと食べる。

 旨いのだが、何か腑に落ちないというか納得のいかない食い物だ。

 

 しかし、女の子と食べ物を「半分こ」するというこの状況は、なかなか素晴らしい。



「おいしかったね」

 にこにこと満足そうに笑い、オレンジジュースを啜るネージュ。

 他にもサンドイッチを頼み、けっこう量はあったのだが、彼女は完食していた。

 よく食うな。食費が嵩むかもしれない。

 少し心配になりながら、俺は質問をぶつけてみる事にした。


「えーと、ネージュは……」

 そう言いながら、俺は口をつぐんだ。

「?」

 ストローを咥えたまま、ネージュは不思議そうにしている。

 この悪魔っ娘は、見た目はまんま日本人なんだよな。

 黒髪のショートカット。ぱっちりとした目。なんとなく、田舎の純朴な美少女って感じだ。

 部屋の中ならともかく、こうして人目のある場所で『ネージュ』とか呼ぶのは、恥ずかしいというか少し痛い感じがする。


「ネージュって名前、どんな意味なの?」

 小声で尋ねてみた。

「え、え? 雪っていう意味なんだけど……」

「そうか。じゃあ、雪子だな」

「え、えええ?」


 俺が事情を説明し、人前では『雪子』と呼ぶ、と言うと、

「えへへ、ユキコ……ユキコ」

 なんだか嬉しそうだった。

 それはいいとして、本題に入る。


「雪子はいま、何歳?」

「人間の歳で、16歳」

 ……人間の歳?それは、犬だと3歳で人間の成人くらいとか、そういうのか?


「実年齢は?」

「……16歳」

 もうこの件について言う事は無い、とばかりに口をぎゅっと結んだ。


「いや、だって悪魔だし、何百年とか生きてるんじゃないの?」

「16歳だもん」

 むぅ〜、と唸りながら睨んでくる。じゃあいいや。16歳。


 俺が次の質問を考えていると、先にネージュが口を開いた。


「あの……こんな事、聞いてもいいのかわからないけど。トモヤは、どうしてあんなにエッチをしたいと思ってるの? わざわざ悪魔の力を借りなくても、普通に恋人を作ればよかったんじゃないかな?」


 純真無垢な瞳。小首を傾げて、真っすぐに俺を見つめる。

 その純粋さが、どれだけ俺の心を傷つけるのか、わかっているのか。

 ツッコミ所としては、まず、ネージュを呼び出したのは偶然だという事。

 セックスをしたいという願いは本物だけどな。

 それに現状では「悪魔の力を借りる」どころでなく、セックスすると死ぬようになっただけで、状況は悪化したのだが。


 そして。

 普通に恋人を作ればよかったのに?

 はあ?


「作れればな、作ってるよ」

 震える声を絞り出す。

「モテないってのは、どうしようもないんだ」

 ふう。喫茶店なんかで話す内容じゃないな。

「……」

 ネージュは黙ってしまい、それから店を出るまで口をきかなかった。



「おい、どうしたんだよ。何で怒ってんの?」

 アパートへの帰り道。

 駅前からは20分程の道のりだが、ネージュは無言でスタスタと歩いて行き、俺を見向きもしなかった。

 アパートに近づいた頃、ピタッと足を止めて振り返った。

 やっぱり、怒ってる。ぷくっと頬が膨らんでいる。なんだか悲しそうでもあるな。なんなんだ?


「トモヤは、今までに女の子とお付き合いする為に、何か努力はしたの?」


 唐突に、そんな事を言った。

 言葉に詰まる。

 えーと、無いかな?

 まあ、告白とかもしたことないし。


「女の子の気持ちを真剣に考えてみた事とか、無いでしょ?」


 無いな。女なんか意味わからん。


「……トモヤは、自分が怖がって何もしてないのを、モテないとか言い訳してるだけだよ。そんな人、死ぬまで誰もエッチなんてしてくれないから」


 ネージュはクルッと向きを変えて、アパートへ一人で歩きだした。



 そうだな。

 ネージュの言う通りなんだけど、どうしようもない。

 それが、モテないってことなんだ。

 死ぬまで誰もエッチしてくれない、か。

 そうだろうな。

 しかも、セックスしても死ぬっていうんだから、俺の人生はなんなのだろう。

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