同棲 OR DIE
同棲。
なんというか、エロく、廃頽的でもありまた青臭さも感じられる、素敵な言葉だ。
突然部屋に現れた悪魔っ娘と一つ屋根の下で暮らす事になった。
昨晩はとりあえずネージュをベッドに寝かせ、俺は毛布に包まって床で寝た。
彼女は恐縮していたのだが、じゃあ一緒にベッドで寝るかと提案したら、それは即座に却下された。
今日はバイトが休みなのをいい事に、ネージュがこれから必要になる物なんかを買いに、駅前まで出てきている。
布団や服、日用品を選ぶのは彼女に任せたのだが、好みは非常にシンプルで、そして素晴らしいことに、安価な物ばかり選んでくれた。
「ごめんね。お金いっぱい使わせちゃって」
買い物袋を抱えて隣を歩いているネージュが、本当に申し訳無さそうな顔で言った。
いや、いい子だな。
彼女が着ていたゴスロリ服はあまりに目立つので、今は俺のジャージの下とパーカーという格好で、しかもブカブカなのだが、それでも可愛い。
もちろん、尻尾は上手く隠してある。
「別にいいよ。俺、普段ほとんど金使わないし」
「そ、そうなんだ……」
俺には趣味と言えるようなものは無い。人付き合いもろくにしない。酒は飲まないしギャンブルもしない。言うまでもないが、女遊びなんてのもしたことがない。
うむ。俺は何が楽しくて生きているのだろう。
つまらなくも無いが、楽しくもないんだよな。
でも、今はわりと楽しい。
女の子と一緒に歩いているだけで、まともな人間になった様な気分にさえなる。
周りからはどう見えるんだろう。
歳はけっこう離れてるからな。恋人や兄妹と言うより、援交に見えはしないだろうか。
俺は26で、ネージュは15、6くらいかな。
あれ?年齢も知らないのか。
横を見るとネージュは珍しそうに辺りを見回していて、好奇心いっぱいの子供のようだ。
そうだよな。人間界には初めて来たって言ってたし。珍しいものばかりだろうな。
この娘の事を、俺はまだ何も知らない。
ネージュも俺の事なんか全然知らないのに、よく一緒に住む気になったな。
彼女は、俺がいつか誰かとセックスをするその日まで、この人間界で俺と暮らすのだという。
帰れないのではないのか?大丈夫か?
俺がセックスできるなんて本当に思ってるのだろうか。
色々聞きたい事もあるし、ちょっと落ち着いて話をしてみよう。
***
適当に入った喫茶店で、俺はネージュが無言でソフトクリームを頬張るのを観察している。
熱いデニッシュパンの上に山の様に盛られたソフトクリーム。それにシロップをかけて食べる、このチェーンの名物だ。
甘いものが好きなのだろうと思い、与えてみたら案の定。
他に何も目に入らないかの如く、夢中でスプーンを口に運んでいる。
一口ごとに至福の表情を浮かべるネージュを見ていると、いくらでも食べさせてやりたくなる。
俺は普段は決して注文しないのだが、ネージュが食べてみたいと言った味噌カツサンドという、食べ物の常識を色々と覆す代物をもそもそと食べる。
旨いのだが、何か腑に落ちないというか納得のいかない食い物だ。
しかし、女の子と食べ物を「半分こ」するというこの状況は、なかなか素晴らしい。
「おいしかったね」
にこにこと満足そうに笑い、オレンジジュースを啜るネージュ。
他にもサンドイッチを頼み、けっこう量はあったのだが、彼女は完食していた。
よく食うな。食費が嵩むかもしれない。
少し心配になりながら、俺は質問をぶつけてみる事にした。
「えーと、ネージュは……」
そう言いながら、俺は口をつぐんだ。
「?」
ストローを咥えたまま、ネージュは不思議そうにしている。
この悪魔っ娘は、見た目はまんま日本人なんだよな。
黒髪のショートカット。ぱっちりとした目。なんとなく、田舎の純朴な美少女って感じだ。
部屋の中ならともかく、こうして人目のある場所で『ネージュ』とか呼ぶのは、恥ずかしいというか少し痛い感じがする。
「ネージュって名前、どんな意味なの?」
小声で尋ねてみた。
「え、え? 雪っていう意味なんだけど……」
「そうか。じゃあ、雪子だな」
「え、えええ?」
俺が事情を説明し、人前では『雪子』と呼ぶ、と言うと、
「えへへ、ユキコ……ユキコ」
なんだか嬉しそうだった。
それはいいとして、本題に入る。
「雪子はいま、何歳?」
「人間の歳で、16歳」
……人間の歳?それは、犬だと3歳で人間の成人くらいとか、そういうのか?
「実年齢は?」
「……16歳」
もうこの件について言う事は無い、とばかりに口をぎゅっと結んだ。
「いや、だって悪魔だし、何百年とか生きてるんじゃないの?」
「16歳だもん」
むぅ〜、と唸りながら睨んでくる。じゃあいいや。16歳。
俺が次の質問を考えていると、先にネージュが口を開いた。
「あの……こんな事、聞いてもいいのかわからないけど。トモヤは、どうしてあんなにエッチをしたいと思ってるの? わざわざ悪魔の力を借りなくても、普通に恋人を作ればよかったんじゃないかな?」
純真無垢な瞳。小首を傾げて、真っすぐに俺を見つめる。
その純粋さが、どれだけ俺の心を傷つけるのか、わかっているのか。
ツッコミ所としては、まず、ネージュを呼び出したのは偶然だという事。
セックスをしたいという願いは本物だけどな。
それに現状では「悪魔の力を借りる」どころでなく、セックスすると死ぬようになっただけで、状況は悪化したのだが。
そして。
普通に恋人を作ればよかったのに?
はあ?
「作れればな、作ってるよ」
震える声を絞り出す。
「モテないってのは、どうしようもないんだ」
ふう。喫茶店なんかで話す内容じゃないな。
「……」
ネージュは黙ってしまい、それから店を出るまで口をきかなかった。
「おい、どうしたんだよ。何で怒ってんの?」
アパートへの帰り道。
駅前からは20分程の道のりだが、ネージュは無言でスタスタと歩いて行き、俺を見向きもしなかった。
アパートに近づいた頃、ピタッと足を止めて振り返った。
やっぱり、怒ってる。ぷくっと頬が膨らんでいる。なんだか悲しそうでもあるな。なんなんだ?
「トモヤは、今までに女の子とお付き合いする為に、何か努力はしたの?」
唐突に、そんな事を言った。
言葉に詰まる。
えーと、無いかな?
まあ、告白とかもしたことないし。
「女の子の気持ちを真剣に考えてみた事とか、無いでしょ?」
無いな。女なんか意味わからん。
「……トモヤは、自分が怖がって何もしてないのを、モテないとか言い訳してるだけだよ。そんな人、死ぬまで誰もエッチなんてしてくれないから」
ネージュはクルッと向きを変えて、アパートへ一人で歩きだした。
そうだな。
ネージュの言う通りなんだけど、どうしようもない。
それが、モテないってことなんだ。
死ぬまで誰もエッチしてくれない、か。
そうだろうな。
しかも、セックスしても死ぬっていうんだから、俺の人生はなんなのだろう。