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童貞 OR DIE  作者: 呂目呂
4/8

契約 OR DIE

 さて。再び悪魔っ娘と向かい合って座っているわけだが。

 俺にキスされて泣きわめいていた彼女もようやく落ち着き、まだぐすぐすと鼻を鳴らしているが、もう通報を心配しなくてもよいだろう。


「ごめんなさい」

 何度目かわからないが、頂垂れて謝る。

 今まで女を泣かせた事が無いというのが自慢だったのだが、とうとう泣かせてしまった。いや、女と関わった経験が皆無だっただけなんだけどな。


「……ぐすっ……わたし、初めてだったのに」

 ——そうだったんだ。

 ネージュは唇をとがらせて真っ赤な顔で俺を睨む。目も赤く腫れていて、かわいそうな事しちゃったなとは思うけど——


「あのさ、俺の勘違いだったのかな? 君が、セックスさせてくれるって言った気がするんだけど」

 そうじゃなければ童貞紳士のこの俺が、女の子に抱きついてキスをするなんて有り得ないのだ。

「ち、ちがうの! え、えーと、あれ? ちがわないかな?」


 首をかしげながらわたわたと手を動かして、なにかを伝えようとしているが、俺は微笑ましくそれを見守る。

 ああ、やっぱり女の子というのは可愛らしいものだな。そして、わけがわからん。


 この悪魔っ子にもう一杯麦茶を出してやり、わかり易く説明をしてくれるように頼んだ。

 さっき言ってた、俺との“契約”ってなんだ?と。


「うん。さっき言った通りなんだけど——」

 ネージュは何か、言いづらそうにしている。

「セックスするのと引き換えに俺の魂が欲しいんだよね? あげるよ?」

 すると彼女は仰け反りながら目を剥いた。

「な、なななな、なんで? なんで、そんなに簡単に言えるの? し、死んじゃうんだよ?」

「構わない」

 俺は彼女の目をしっかり見つめてそう言った。

 こんな可愛い子とセックスできるなら。

 命なんかどうでもいい。


「ごめんなさい」

 ネージュが、正座した膝の前に両手を揃え、深く頭を下げた。

 なんだ?謝るのは俺の方じゃないのか?

「やめてくれよ、ど、どうしたの?」

 ひどい事をしたのは俺なのに。

「……あのね。ほ、ほんとは、もし、トモヤが望むなら……エッチ、しなきゃいけないんだけど……」

 悪魔っ子は顔を上げて、申し訳なさそうに言った。


「わたし……あなたと、エッチしたくないの」


     ***


 ひどい話だ。


 本当に済まなさそうに、彼女はこう説明した。

 初めて悪魔として“召還”されたネージュは俺の願いを聞いて、実際に命と引き換えだと言えば、セックスを諦めるだろうと思ったのだとか。

 そのまま、魔界とやらへ帰るつもりだったらしい。


「だって、わ、わわわ、わたし、経験ないし……。わたしとエッチなんてしたくないと思ったんだもん……」


 処女だったか。純情処女サキュバス。

 いや、それは置いといて——


 それなのに俺は彼女に襲いかかった。

 ネージュは、命を犠牲にしてまで自分とセックスをしたいという俺の願いを、今でも信じられないのだという。


 そして。

 一度契約してしまったからには、もう取り消す事はできない、と彼女は言った。


「じゃあさ、万が一、これから俺になぜか彼女が出来て、セックスしたら、死ぬの?」

「死にます」

「ひどくない?」

「えへっ。悪魔ですから」

 なぜ照れているのか。


 本当にひどい話だ。



 頭を抱える俺を、ネージュはじっと見つめていたが、やがて静かにこう尋ねた。

「じゃあ、トモヤは死ぬのがわかってるのに、それでもエッチがしたいの?」

 俺は力強くうなずいた。

 当然だろう。

 セックスせずに死ねるか。常々そう思っていた。言い換えるなら、セックスさえできれば死んでもいい、そういう事なのだ。


「……」

 沈黙し、真剣な顔で考えこむネージュ。

 それから、なにかを決心した様に顔を俺に向けた。

「わかりました。そんなに決意が硬いなら――、ま、待って! ストップ!!」

 反射的に彼女へ飛びかかろうとした俺を、必死の形相で制止する。

 そんなに俺とセックスしたくないか。サキュバスにさえ、こんなに全力で拒否られる俺とは一体。


 どうどう、と動物を手なずけようとするみたいにネージュは俺をあやし、やや距離を取って座り直してから言葉の続きを言った。


「トモヤが、誰か女の子とエッチできるように、お手伝いします」

「……どんな?」

「えーとね、ほら、女心とか、そういうの教えてあげるよ?」

「……それって、記念日を覚えろとか、髪型が変わったら褒めろとか、ちょっとした気遣いがどうとかそんなのか?」

「なんだ、わかってるじゃない!」

 ニコニコと笑い、胸の前でパチンと掌を合わせるネージュ。

 いやいや、むしろ童貞の方がそういうの知ってるんだよ。

 俺には、記念日が出来たり、髪型を気にしたり、気遣いをする間柄の女がいないんだ。

 そこまで進む方法を教えてくれよ。

「手っ取り早く、魔術とかでなんとかならないの?」

 俺の言葉にネージュは表情を曇らせた。


「……ねえ、――エッチって、そんなことじゃないでしょ? 互いに心を許して、将来を誓った相手と……愛を確かめ合う為のものだと、わたしは思うの」


 じっと俺を見つめる目は真剣そのもので、口調にも熱がこもっていた。

 ……真面目か。

 それに、俺には誓う様な将来が無いのだが。死ぬんだろ?セックスすると。

 大体、この娘、処女なんだが。

 処女に、童貞を捨てる為のアドバイスとか出来るのかよ?

 いま喋った感じだと女心とやらも、童貞おれと同じくらいしかわかってないっぽいのだが。女なのに。

 彼女が熱く語ったセックス観は、童貞の妄想そのものだった。


 だがしかし。

 俺もまさにそう思う。

 セックスは、愛を確かめ合うもの。

 その通り。

 だから、愛を確かめ合う相手を魔術とかでなんとかしてくれないものだろうか。


「今日からわたし、トモヤが願いを叶えるまで一緒に住むね。きっと、魔術なんか使わなくても、いい人が見つかるよ」


 そう言ってネージュはにっこりと、素晴らしい笑顔を見せた。

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