悪魔 OR DIE
俺がすすめた座布団に「失礼します」と言ってちょこんと正座した悪魔っ娘と、向かい合って座った。
悪魔だという以前に、女の子である事が俺にとっては重要である。
プライベートで、女の子と1対1で話した事なんかこれまでにほとんど無い。
いや、例外もあった。
妹とか。キャッチセールスも。《嘘彼女》と《妄想嫁》も数に入れてよければハーレムもかくや、というモテっぷりな気がしてきたが虚しくもある。
どうしたらよいのだろう。まずこの子の目的を知りたいが。
——俺とセックスしたいのかもしれないな。
そうに違いない。夜更けに、男女が部屋で二人きりなんだし。セックスか。俺に抱いて欲しいのか。
……違うな。落ち着け、俺。
気を鎮めろ。深呼吸だ。
ああ、なんだか、女の子が部屋に居るっていうだけで、空気すらいつもと違う気がする。甘くて、良い匂いだ。
——ふう。
冷静に考えてみよう。
言ってたじゃないか、俺が呼んだから来たんだって。正確には俺じゃなくて武史のやつの仕業だけどな。
召還された悪魔ってのは、何をするんだっけ?
俺と武史は何の為に悪魔なんか呼んだんだ?
大体、この子が悪魔だなんて、そんな事を俺はこんなに簡単に信じてしまっていいのだろうか。
「あ、あの……、わたしの事とか説明したいんだけど、いい?」
少女は挙動不審な俺を見て警戒したのか、少し緊張している様子だ。
「わたしの名前はネージュ。よろしくね」
そう言ってちょっと首を傾け、ニッコリと笑った。
心がとろける様な、可憐な笑顔だった。
「……俺は、智也」
フルネームは刈谷智也。
「トモヤ? いいお名前だね」
社交辞令ではなく、本当にそう思っているような口ぶり。さっきの笑顔を崩さずに、大きな黒目がちの瞳で俺を見つめる。
邪気の無い、子犬の様な顔だ。
なんというか、この娘は、純真無垢という言葉がぴったりくる。
「えっとね、トモヤさん」
「呼び捨てでいいよ。智也って呼んで」
「え? う、うん。トモヤ……」
ちょっと恥ずかしそうにしている。それがまた可愛らしい。
俺は、ドキドキしていた。
こんな可愛い女の子から下の名前で呼ばれるなんて。
ネージュ、か。
ぱっと見は少しだけ鈍臭そうだが、よく見ると美少女と言ってもいい顔立ちである。
これから何が起こるんだ?
俺の視線を感じてネージュは照れたのか、頬を赤らめていた。
「あのね。わたしは悪魔なんだけど、その中でも淫魔っていう種族なの。
普段は魔界に住んでて、呼ばれたらこうして人間界に来てお仕事をするんだけど……」
サキュバス。
その言葉だけで勃起するに足る淫猥な響き。
彼女は口をつぐんだまま、逡巡したように下を向いた。
サキュバスのお仕事。
そんなのは決まっているだろう。ただ一つだ。アレ、だ。
「サキュバスってのは、人間とエロい事をするのが仕事なんだよね? “精”を搾り取るとか、そういう感じで」
俺はオカルトめいたことに興味は無いが、友人の武史にその手の事は吹き込まれている。
「え、えええ、ええっと、そ、そんなにはっきり言わないでよ……」
彼女は正座をしたまま、胸の下で腕を組んで恥ずかしそうに身悶えた。
真ん丸の形の良いオッパイが、たぷんたぷんふるふるぽよんぽよんと、腕の上で激しく飛び跳ねる。
なんという素晴らしい光景なのか。見ているだけで、その柔らかさや質感、たっぷりとした量感までが伝わってくる。
ネージュの顔は真っ赤で、頬を膨らませて睨みつけてくるが、まったく怖くなくて、むしろ非常に可愛らしい。
しかし、さっきの質問に対しこれだけ羞じらうという事は、俺の認識で合っているのだろう。
彼女はエロい事をしに来たのだ。
なんだろう。どうしたらいいんだ?
胸が高鳴る。
もしかしたら。
この子は、本当に、俺とセックスがしたいんじゃないか?
セックスをする為にここへ来たのではないだろうか?
「なんか飲み物でも飲む?」
俺は唐突に立ち上がって彼女に聞いた。
「えっ、い、いえ、どうぞお構いなく……」
ネージュは慌てて両手をパタパタと振っているが、俺は台所へ向かい、冷蔵庫の中を検分する。
コーラ。麦茶。それくらいしか選択肢が無いのはわかっていたのだが、一応覗いてみたのだ。
「麦茶でいい? インスタントのコーヒーもあるけど」
「えええ、えと、その、な、なんでもいいです……」
遠慮深い子なのかな。育ちがいいのかもしれない。悪魔なのに。
麦茶と、冷凍庫にたまたま残っていた雪○だいふくを皿に載せて彼女の前に置いた。
「わ、わざわざこんなおもてなしをして貰って……。ありがとう。い、頂きます」
これくらいの事で大げさだな。ネージュは本当に恐縮そうな表情で、おそるおそる皿の上のだいふくを手に取った。
「ん。んっ」
口に運んだはいいが、その硬さに戸惑っている。食べた事ないのか?
「ちょっとそのまま置いといて。少し柔らかくなってから食べなよ」
日本人なら全員がマスターしているはずの作法を知らないとは。
不思議そうに目の前の雪○だいふくへ視線を注ぐネージュ。
俺は自分の分の麦茶を飲みながら、彼女に尋ねた。
「あのさ。ネージュは悪魔なんだよね? それなら、“魔術”とか使えるのかな? たとえば……この麦茶を他の飲み物に変えたりできる?」
言っていてアホらしくなった。急に。俺は何をしてるんだ。
ネージュはキョトンとした顔で俺を見て、
「えっ? 出来るけど、本当にそんなことしていいの?」
と首を傾けながら言った。
ん?できるの?
「じゃあやってみて」
俺の言葉に、彼女はやや躊躇いながらも、何やら小声でぶつぶつと唱え始めた。
これは。ヤバイ子と関わっちゃったかな。
そんな事を思ったが。
手に持ったグラスに目をやると——。
赤くなっていた。
マジか。一口飲んで、うえっ、と嘔吐きながらグラスを置く。
ワインだ、これ。
俺、酒って苦手なんだけど。他のにしてくれたら良かったのに。
いや、そんな事問題じゃない。これは、魔術だろう。
この子は——。本当に悪魔なのか。
「んむっ、むっ、むぅ〜」
あむあむ、むちゅむちゅと、ネージュは一心不乱に雪○だいふくに舌鼓を打っている。
味わいながら、両手に持ったそれをちょっとずつ齧る様子は、何か小動物めいていて、とても和む光景である。
「ごちそうさまでした」
深々と頭を下げる悪魔っ娘に、俺もお粗末様ですと返す。
さて。俺は、この娘が“悪魔”であると八割くらい信じている。さっきは話の腰を折ってしまったが、その続きを聞きたい。
彼女は、こほん、となんだかわざとらしい咳払いをした。あまりに美味しそうに、夢中でだいふくを食べていたのが恥ずかしくなったのかもしれない。
そして、ネージュはゆっくりと慎重に言葉を発した。
「トモヤは、わたしと契約したの。エ……エッチをするのと引き換えに、命を……”魂”を貰います」
俺はすべてを聞き終えるや否や、彼女に飛びかかっていた。
いま、言ったよな?
エッチ、すなわちセックスを、してもよいと。
引き換えに、なんだ?『命』?『魂』を貰う?
く れ て や る!
イヤッッホォォォオオォオウ!
セックス!
セックス!
セックスだ!!!
セックスが来たぞおおおーーーーー!!!
俺はネージュに飛びつくと身体を抱きすくめ、そのまま床へ押し倒した。
「わわわわ、ま、ままま、待っ」
その拍子に、ちゅっ、と唇が重なり合った。