召還 OR DIE
そんなわけで。
ぼろアパートの俺の狭い部屋に、女の子がいる。
26年間、不本意ながら童貞を貫いてきた俺にとって初めての出来事で、気が動転している。
ショートカットの黒髪。ふっくらとした頬。大きな瞳。
どう見ても10代半ばくらいにしか見えない彼女だが、白と黒を基調としたゴスロリ服に包まれた身体は女らしい起伏に富んでいる。
特にその胸元は、爆乳と言うほか無い。丸く柔らかそうなオッパイが白いレースに縁取られたドレスを押し上げ、大きく開いた胸元に魅惑的な谷間を形成していた。
そして。膝を揃えて正座する彼女の後ろに、ピョコ、ピョコ、と黒い紐状のモノが見え隠れする。先端は鏃状に尖っているようだ。
尻尾。
ちょっと緊張した面持ちの、彼女の言葉を信じるのなら。
この娘は、悪魔であるらしい。
***
かいつまんで説明すると、俺の悪友、岡崎武史が持ち込んだ一冊の本、それが発端だった。
オカルトマニアの武史が、ヨーロッパのどこだかの国で手に入れた。
こいつは昔から魔術書の類いが好きで、学生時代にも散々降霊術やら召還儀式だのに付き合わされてきた。
当然だが、天使や悪魔、悪霊、精霊、そんなものが現れた事は一度も無い。喜ぶべきことに。
今回も武史はわざわざ俺の部屋まで触媒を一式持ち込み、珍妙な儀式を行なった。
悪魔召還の儀式を。
武史が自分の部屋でそれをしない理由は、昨年初めて出来た彼女と一緒に暮らしているからであり、悪魔なんか呼び出したら怒られる、との事で、爆発しろと思った。
まあ、予想通り召還儀式とやらは失敗し、武史は残念そうに帰っていったわけだが、「記念に」と魔法陣を床に敷いたまま残していった。
なにが記念なのかわからないが、片付けるのが面倒だったのだろう。持って帰ると彼女に怒られるのかもしれない。氏ねばいい。
禍々しい魔法陣が床に広がる部屋に残された俺は、軽い疲労を感じてベッドに横たわった。
彼女か。
羨ましい。
俺にはかつて一度も、彼女なんてものがいた事がない。
出会いの機会がなかった、とは言えない。大学でもバイト先にも女はいた。相手にされなかっただけだ。
モテない、というのは才能なのだろうか。
俺はナチュラルに、当たり前のように女にモテない。
同じ境遇だった武史に彼女ができたと聞かされた時、絶望した。妬んだ。よかったな、なんて口では言ったが、ドロドロとした怨念が心の中では渦巻いていた。明日世界が終われば良い、そう思った。
武史の彼女には数回会った事がある。可愛らしく、優しそうな女の子だった。
もう一度言う。羨ましい。
容姿に贅沢は言わない。可愛くなくてもいいんだ。優しい子がいいけど、ちょっとくらい性格に難があったとしても俺は愛せる。オッパイも小さくたって問題ない。むしろ愛おしく感じるかもしれない。ヤリマン?ビッチ?上等だ。俺を好きになってくれるのなら。
彼女が欲しい。
彼女さえ出来れば。この歳で就職もせず、バイト暮らしのこの俺も、前向きな気持ちになれるだろう。
すべてがうまくいく気がする。
それが高望みだというのなら、セックスだけでもしたい。
風俗に行くという選択肢は何度か頭に浮かんだ。
しかし、実行には移せない。怖い。それに、なぜだか玄人を相手に童貞を捨てるのには躊躇いがあった。
…………。
本心を言う。
俺は、可愛くて、オッパイが大きくて、優しい、純情可憐な女の子、当然処女、とセックスがしたい。
それが実現するのなら、命と引き換えにしても構わない。
心の底からそう思った。
「セックスできたら死んでもいい」
思わず呟いていた。
俺は、もうヤバいのかもしれない。自己憐憫の情にかられながら、ぼんやりと天井を眺める。
その時、ポンッ、と間抜けな音が部屋に響いた。
モワッとした煙か靄のようなもので狭い室内が満たされる。
俺は体を起こして室内を見回した。
何だ?火事か?コンセントから漏電してショートした?
いや、焦げ臭くはないし、なにかが燃えている様子もない。
ただ、煙の中心に人らしきシルエットが浮かび上がっている。
その場所には、魔法陣が張られたままになっているはずだ。
煙が徐々に晴れてゆく。
しだいにはっきりとしていくその人物の姿。
女の子だ。
やがて、視界は完全にクリアーになった。
白と黒のフリフリなゴスロリのドレスに身を包んだ、まだ幼い顔立ちの少女が部屋の真ん中に立っていた。
彼女は俺を見て、目をぱちくりさせながら言った。
「はじめまして」
両手を体の前にあわせてペコリとお辞儀をする。
俺もつられて頭を下げた。
なにが起こっているんだろう。
「お願いごとは聞きました。……ええっと、命と引き換えに……エ、エエ、エッチ……をしたい、ということですね?」
ちょっと頬を赤らめながら、もじもじと恥ずかしそうに言った。
願い事?さっき俺の口から出た妄言の事か。
「君は何者だ? どうやって俺の部屋に入ったの?」
そう聞くと、彼女は「むっ」と頬をふくらませ、俺を睨みつけた。
「あなたがわたしを呼び出したんでしょ? ほら、この魔法陣で。きちんと魔術書通りに儀式をしてくれて、最後にお願いごとをしたじゃない。すごく切実な、魂のこもった言葉だったよ?」
「はあ!?」
なんだと?さっきの馬鹿な儀式は成功していたのか?
いや、俺のうわ言を願い事と捉え、それを言った時点で成立したと、そういうわけなのか。
驚きを隠せない俺を見て、少女は「んふふふ」と得意げな笑みを浮かべた。
「やっとわかった? わたしは、悪魔なのです♪」
そう言った彼女のお尻の辺りから、ピョコッ、と尻尾らしきものが覗いた。