夢うつつ
『おかえり、ママ、アレ買って来た?』
玄関で靴を脱いでいる、焦げ茶色の髪を後ろ一つに結った女性の背中はよく見る光景だった。
彼女の脇には買い物袋が置いてある。
『はいはい、ただいま、じゃあこれ台所まで運んでくれる?』
緩んだ表情を向けたのは、僕のお母さんだ。
『うん!』
長い廊下に重い買い物袋を少し引きずりながらも、パタパタ裸足で走った。
台所に着くと、食卓用のテーブルの上に両手で買い物袋を乗せて、椅子の上に正座を崩したような座り方をしながら、袋の中身をテーブルの上に並べて行く。
卵に、牛乳、ねぎに‥‥『あっあった!』
取り出したのは猫用の缶詰とお皿だった。
『にー』
高い声でなく子猫に手を伸ばす。
その手の小ささに僕自身が驚いた。
ー『あれ?』
寝起きの頭を機動させるのには時間がかかった。
そう今のは夢のような夢だった。
見知らぬ場所に自分が居ることに気づく。
気がつけばどこかの屋内のベッドで寝ていたようだ。
その部屋は洋風な感じで、深い赤色をベースにしたようなデザインの壁でベッドも二人用っぽく、どこかの洋館を思わせるような広々とした空間だった。
窓からは日がさしていた。
『朝になったんだな』
ベッドの上でぼんやりしていると
今までの出来事を思い出して我に帰る。
誰もいない見知らぬ街に突然来てしまい帰ることが出来ないでいたのだった。
そうだ、あの人‥‥美樹さんは?!
『にー』
聞き覚えのある声が耳に響いた。
この声は‥‥
ベッドの端っこがもぞもぞと動いた。
おもいっきり掛け布団をめくってみるとそこには、見た事のある猫が体を丸くして寝ていた。
毛並みが整っていて、真っ黒だけど白い靴下を履いているかのような姿の綺麗な猫‥‥
『お前は!!!!』
すべて思い出した。
この猫の目を見て僕は気を失ったんだ。
それで気がついたらこの街に‥‥。
『お前、お前が僕をこんなとこに連れてきたのか』
猫は細目をしながら。
一つあくびをした。
つづく




